2016年06月10日11時38分掲載  無料記事
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コラム

ネット記事の無料配信時代の終焉 今後は二分化か

  過去10年数年を振り返ると、ジャーナリズムの環境として前代未聞の時代だったと言えるのではないでしょうか。それはインターネットで外国の新聞が自由かつ無料で読めるようになったことです。これまで国内の新聞、それも紙媒体しか読んだことがなかった多くの人にとって、初めて海外の、特に欧米の有力新聞を直接、読むことができるようになったのです。英字紙ではニューヨークタイムズから、ロサンゼルスタイムズ、あるいはワシントンポストからシカゴサンまで。英国ではガーディアンや、インデペンデントなどなど。フランスではルモンド、ヌーベルオプセルバトゥール、ルポワン、リベラシオンなど。これらが自由に提供してくれた記事は情報の宝庫であり、現代世界のリアルな動きを如実に知るための貴重な手がかりでした。 
 
  それらの記事によって、日本の新聞には掲載されない外国事情がわかるようになったのです。国内の個人のブログも含めたネット媒体で〜日刊ベリタもそうですが〜外国の新聞の要約とか紹介記事が盛んに書かれるようになったのは、国内新聞と外国の新聞との間に広がる情報の圧倒的な格差を埋める努力としてでした。日本の国内新聞は海外の情報をあまり有機的に伝えてきませんでした。厳しい表現になりますが、国内新聞の外国事情の記事の大半は専門記者による分析を欠いた当局の「発表情報」の羅列に過ぎなかったと言っても過言ではありません。実際、日本の記者は定期的に移動になるため、現地に長くとどまって深く広い人脈を築き、現地事情をぶれなく伝えることのできる人が欧米の新聞に比べると圧倒的に少ないのが実情です。 
 
  たとえば「アラブの春」が持つ危険性はその始まる前の2010年の夏からすでに欧米の新聞では露見していました。さらに、リビア攻撃が次に何を生むか、ということも欧米の新聞には多数ヒントが書かれていました。たとえば武器の拡散とか、武器の闇市場です。リビアから出た兵器がシリアにわたっていくであろうことは初期から指摘されていました。ところが日本の国内新聞では2011年の春に大きなトレンドになった「アラブの春」を、民主化によって新しい時代が到来したとして、その先にあるリスクには触れず、ただただナイーブにも絶賛していたのです。つまり、国内新聞の報道では「アラブの春」のリアルな歴史的な位置づけと出来事の今後の展開へのパースペクティブが欠けていたのです。このように、欧米の新聞を読むと世界の流れが国内新聞よりも早く理解できます。 
 
  外国の新聞によって初めて拓けてきた視界ですが、今、1つの変化が出てきました。それはこれまでネットで無料で読めた記事に有料化の波が押し寄せてきていることです。ニューヨークタイムズ、ルモンド、ヌーベルオプセルバトゥール・・・こうした媒体はサンプルとして1か月15本とか、お試しに7記事までとか、無料購読に今、大きな制約をつけています。今後はお金を払わないと読めない新聞になるのです。これまで有料化の試みをこれらの媒体はしていたのですが、なかなか現実化に困難があったらしく、延び延びになっていました。そのおかげで私たちはよい記事を無料で読むチャンスが得られたのですが、ここに来ていよいよついに有料化の流れが不可逆になってきた印象があります。 
 
  これらの媒体にとってはこの20年ほどの間は経営が厳しく、倒産寸前に至ったり、あるいはかなりのリストラを余儀なくされてきました。記者を派遣して取材した記事から報酬を得ることは当然と言えば当然なのです。しかし、そうではあってもこれまで無料で読み放題だったことに慣れてしまった読者からすると、大きなため息でもあります。こうした記事を要約して日本語で紹介してきた日本のネット情報にも影響を与えるのではないでしょうか。 
 
  このことはいずれは日本の国内新聞事情にも同様の事態が訪れ、お金のある人とない人で情報の質と量で大きな差がつこうとしているように思われます。若者は紙の新聞をすでに読まずネットで読むようになっているそうですが、そうした場合でもお金を払わないと読めなくなっていく可能性があります。無料の媒体の場合は何がしかの理由で無料にしていることが考えられ、そこには商業主義か、政治的なバイアスがかかっている可能性もあります。また仮にお金を払ったとしても、日本の新聞は昨今の報道の自由度の劇的な低下が物語るように、そこから得られる情報だけでは世界のトレンドを知るには十分ではなくなってきています。優れた記事とは、単に事件が紹介されるだけでなく、それがどのような経緯で起きたのか、背景の分析もしっかりと書かれたものです。日本にいると新聞は1日ごとに締め切りがあるのだから、背後の事情の分析などは雑誌にまかせればよい、という意見をよく聞きますが、実は欧米の新聞は専門記者が背後の分析まで入れ込んで記事を書いています。その国に長くとどまり、情報の蓄積と多くの人脈があり、さらにそこに「報道の自由」があって初めてできるジャーナリズムです。 
 
  しかし、先述の通り、お金を払わないとこうした情報が得られない時代になりつつあります。それでも日刊ベリタは今年に入って、こうした事態に逆行するかのように記事の無料化を進めており、できる限り世界の流れを簡単にではあれ紹介したいと考えています。こうした記事を書いている日刊ベリタの記者は無報酬でペンを執っているのです。なぜそうするかと言えば、さしたる資源のない日本にとって、世界に関する的確な情報がないと、前の世界大戦の時のように再び道を誤ってしまうからです。そしてお金のない人が情報にアクセスできなくなる事態を避ける努力ができる限り、この社会において必要だと思うのです。 


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