2016年06月19日13時01分掲載  無料記事
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人権/反差別/司法

ハンセン病元患者たちの追悼式典に最高裁事務総長が出席  根本行雄

 2016年6月16日、国の強制隔離政策でハンセン病療養所に収容されたまま亡くなった元患者の名誉を回復し、追悼する式典が東京・霞が関の厚生労働省で開かれた。患者の裁判を裁判所外の「特別法廷」で開いていた運用を違法と認めた最高裁の今崎幸彦事務総長が出席し、献花をした。式典は厚労省主催で2009年から毎年開かれているが、最高裁関係者の出席は初めてである。差別や偏見をなくすための闘いは、まだまだ、続く。 
 
 ハンセン病患者の療養所への隔離を定めた「らい予防法」が1996年4月に廃止されてから20年が経過した。らい予防法が廃止され、偏見は少しずつなくなってきているという。しかし、差別や偏見は一朝一夕ではなくならない。98年、大島青松園がある庵治町(現高松市庵治町)では、町営公衆浴場を他の町民と別の日に利用するよう求めた問題が起きた。2003年には熊本県の黒川温泉で療養所入所者の宿泊を拒否する事件が起きた。その後、こうしたあからさまな差別はなくなってきているが、一般国民の多くはハンセン病のことをよく知らないままだ。国が隔離政策をとり、一般国民の目に付かないようにしたからである。しかし、ハンセン病について知らなければ、偏見や差別をなくすことはできない。その点では、国や自治体には啓発活動に取り組む責任があり、それを継続していく責任がある。 
 
 毎日新聞(2016年6月10日)は、「論点 らい予防法廃止20年」という題名で、森和男(全国ハンセン病療養所入所者協議会会長)、徳田靖之(ハンセン病国賠訴訟西日本弁護団共同代表)、片山善博(前鳥取県知事)の3人の意見を伝えている。 
 
□ 入所者の高齢化 
 
森和男(全国ハンセン病療養所入所者協議会会長)は、入所者の高齢化の問題について意見を述べている。 
 
 全国13の国立療養所では、入所者の高齢化が進んでいる。16年5月現在、全国の入所者は計1577人で、平均84・8歳。入所者は減り続けるが、国は療養所の体制を維持してほしい。一番は医療や介護だ。5月現在、全国の療養所の定員146人に対して医師は115人と、31人の欠員がある。厚生労働省は医師確保に向けて努力してほしい。療養所の医師の処遇が改善されれば、今いる医師の離職防止にもつながる。 
 
 医療・介護の体制維持のためにも、全国の療養所では、保育所や高齢者施設の誘致が進むが、療養所によって差がある。施設誘致のためには、療養所だけでなく、所在する自治体を巻き込んで誘致しなければならない。だが、両者のやる気によって誘致できたり、できなかったりしている。 
 
 入所者数の減少で、自治会の運営は限界に達しつつある。特に、奄美和光園(鹿児島県奄美市)と宮古南静園(沖縄県宮古島市)では会長のなり手がおらず、活動休止に陥っている。入所者の人権を守る意味からも、邑久光明(おくこうみょう)園(岡山県瀬戸内市)に設置された、弁護士など外部有識者を加えた「人権擁護委員会」のような第三者的組織が必要になってくるだろう。 
 
□ 自治体は当事者のニーズをくみ取って必要な施策を実施していくべきだ 
 
 片山善博(前鳥取県知事)は、自治体は当事者のニーズをくみ取って必要な施策を実施していくべきだと主張し、「当事者は高齢者が多く、いずれはおられなくなる。当事者の状況の変化に応じて、国や自治体の施策を変えていかなければならない。これをやったら、当事者がおられなくなったら終わりというわけでなく、一種の運動として続けなければならない。」と述べている。 
 
 療養所で話を聞いたところ、無らい県運動でひどい目に遭ったということに加え、郷里の人や家族からも差別されたというトラウマがある人も多かった。忌み嫌うような「目」で見られつつ郷里を去ったという。長い間、偏見と差別があったわけで、ただ古里に帰るだけで済む問題ではなかった。帰ったらまたひどい目に遭うんじゃないか、2次被害を受けるかもしれないとの不安を入所していた人たちから感じ取った。やはり、偏見を無くすことを始めなければならないと気付かされた。 
 
 熊本地裁判決を受けても国のハンセン病施策の方針が定まらない中、県の事業として元患者との交流事業や啓発のための講演会などの補正予算を組んだ。ただ、01年の段階で、すでに国も鳥取県も遅きに失していた。交流事業やその前提となる偏見解消のための啓発事業などを、もっと大々的にやっておくべきだった。無らい県運動が拡大した背景には、地域でハンセン病患者が多いのは恥ずべきことだとする強迫観念があったのではないか。特に鳥取県では生真面目な県民性が加わって、運動を徹底したという印象だ。 
 
 科学的根拠に乏しいまま理由無くハンセン病への恐怖に多くの一般市民が陥ったという問題点もあった。国や自治体は病気の研究段階に応じて誤解を解消していかなければならなかったのに、国は怠り、当事者に近い自治体も動かなかった。つまり、行政が恐怖に陥らせていたということだ。そのためずっと偏見が続いた。常に新しい科学的根拠に基づいて施策を見直さなければならなかった。 
 
 自治体として、このハンセン病問題に限らず、国策にまい進して間違うことを繰り返さないため、国策を客観的に見る目を養わなければならないというのがハンセン病問題からの重要な教訓だ。ただ、今もその教訓が自治体で生かされているかどうかは疑問だ。 
 
□ 特別法廷について、最高裁が謝罪する 
 
 4月25日、ハンセン病患者の裁判が裁判所外の隔離施設などに設置された「特別法廷」で開かれていた問題で、最高裁は「差別的な取り扱いが強く疑われ、違法だった」とする調査報告書を公表し、「偏見、差別を助長し、人格と尊厳を傷つけたことを深く反省し、おわび申し上げる」と謝罪した。患者側が強く主張してきた憲法違反の指摘については、「法の下の平等に違反した疑いがある」と口頭で説明するにとどまった。「違憲」と言い切った有識者委員会の報告書に比べると、後退した内容になった。 
 
 5月3日、寺田逸郎最高裁長官は記者会見をし、ハンセン病患者の裁判が隔離施設などで開かれていた「特別法廷」の問題について、「憲法的価値の実現に大きな役割を担う裁判所が、その期待を裏切ったことは痛恨の思い。元患者の方々に加え、社会や国民の皆様にも深くおわびを申し上げなければならない」と謝罪した。 
 
 徳田靖之(ハンセン病国賠訴訟西日本弁護団共同代表)は、最高裁が特別法廷について、謝罪したことについて、次のような意見を述べている。 
 
 最高裁は4月25日、ハンセン病「特別法廷」の検証結果を公表し、特別法廷が「患者に対する偏見・差別を助長することにつながったこと」「当事者である患者の人格と尊厳を傷つけるものであったことを深く反省」した上で謝罪するという異例の対応を行ったが、あまりにも遅すぎたと指摘せざるを得ない。前述の熊本地裁判決が、予防法による隔離政策が憲法違反になったのは遅くとも1960年であるとしているのであるから、それから50年以上、最高裁は自らの犯した過ちを省みるということを怠ってきたことになる。 
 
 しかも、検証結果として公表された内容は、特別法廷の認可が遅くとも60年には憲法14条に規定する平等原則に違反することになったと「強く疑われる」と述べるにとどまり、憲法が定める公開原則に違反するかどうかについては、資料不足を理由に認めることを回避するなど、全く不十分なものになっている。 
 
 ただし、こうした限界を有しながらも、最高裁が、自らの過ちがハンセン病についての自らの偏見・差別に由来するということを認めた歴史的意義を過小評価することは正しくないと思う。同時に公表された「最高裁判所裁判官会議談話」には、「国民の基本的人権を擁護するために柱となるべき立場にありながら、このような差別的な姿勢に基づく運用を続けたことにつき、その責任を痛感します」と明記されているからだ。 
 
 検証結果について、多くの有識者が「内容が不十分である」とコメントしたことには深く感謝するところであるが、特別法廷の問題は最高裁だけでなく、弁護士、検察官、法学研究者、いわゆる法曹界全体が同様な過ちを犯し、あるいは見過ごしてきた問題であるということを肝に銘じる必要があると、私には感じられる。 
 
□ 菊池事件 検察官による再審請求要請 
 
 4月25日、最高裁は「特別法廷」について「差別的な取り扱いが強く疑われ、違法だった」とする調査報告書を公表し、「偏見、差別を助長し、人格と尊厳を傷つけたことを深く反省し、おわび申し上げる」と謝罪した。 
 
 全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)などは2012年、検察官自ら菊池事件の再審を請求するように要請した。今回、最高裁の報告書が公表されたことを受け、6月16日に、改めて最高検に対して、「最高裁の検証結果を尊重し、再審請求をすべきだ」と要請した。 
 
□ 家族被害訴訟控訴審 
 
 毎日新聞(2016年6月16日)は、鳥取地裁で行なわれている「家族被害訴訟」控訴審について、次のように伝えている。 
 
 国のハンセン病隔離政策で、療養所に入所していなかった元患者の母親(1994年に死亡)とともに差別を受けたとして鳥取県北栄町の男性(70)が国と県に計1925万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審第2回口頭弁論が6月15日、広島高裁松江支部(栂村明剛裁判長)であった。今回から原告側弁護団に加わった徳田靖之弁護士(大分県弁護士会)が意見陳述し、1審の鳥取地裁判決の全面見直しを求めた。 
 
 徳田弁護士は「家族は患者とは異なる深刻な被害を受けた」と主張。「97年まで母親が患者と認識していなかった」として原告男性への賠償を認めなかった1審鳥取地裁判決を「無理解に起因する差別そのもの」と批判した。 
 
 また1審判決は、原告男性が母親から相続した損害賠償請求権は、国と元患者らの基本合意(2002年)から3年以上経過して、民法上の消滅時効が適用されると判断。徳田弁護士は基本合意について「自分が対象になるか原告は判断できなかった」と時効を適用しないことを求めた。 
 
□ 差別や偏見をなくすための闘いは続く 
 
 ハンセン病の国立療養所では、入所者の高齢化が進んでいる。当然、退所者の高齢化も進んでいる。 
 
 現在、さまざまな問題が起こっている。 
 
 高齢化にともない保育所や高齢者施設が必要になっている。そのための施設を作るためには、療養所だけでなく、所在地である自治体を巻き込んで誘致をしなければならない。それには地域に住む住民のかかわりが大きく影響をする。 
 
 入所者数の減少で、自治会の運営は限界に達しつつある。会長のなり手がおらず、活動休止に陥っている自治会があるという。入所者の人権を守るためには、弁護士など外部の有識者を加えた「人権擁護委員会」のような第三者的組織が必要になってくる。 
 
 高齢化が進む入所者には時間がない。国や自治体は問題に迅速に対応していかなければならない。 
 
 ハンセン病の国立療養所では、入所者の高齢化が進んでいる。当事者が亡くなれば、問題はなくなるという短絡的な思い込みは差別や偏見を野放しにし、助長する発想である。わたしたち地域住民も、共に生きるものとして、差別と偏見のない社会を築いていく必要がある。 
 
 差別と偏見は、ほんとうに深く、深く根を張っているのだ。患者さんたちとその家族と共に、私たち一人ひとりが差別と偏見から目をそらさずに、共に生きるものとして、差別と偏見をなくしていく努力をしていかなければならない。 


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