2016年08月08日21時55分掲載  無料記事
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経済自立の原理と方向性を見据える ――屋嘉宗彦著『沖縄自立の経済学』  大野和興

 辺野古新基地阻止を掲げる米軍基地をめぐる沖縄の島ぐるみの闘いは、個別課題を超えて沖縄の戦前・戦後史を包みこむ全体的総合的な運動へと進んでいる。それは政治的自立、さらには沖縄独立ということまでも射程に置いた議論として、いま沖縄の人々の心をとらえつつある。本書冒頭の「はじめに」で、著者は次のように記す。 
 
 「沖縄の政治的独立・自立論は日本への経済的依存を許さないものになりつつあるとみるべきだろう」 
 
 日本への経済的依存を「なくす」とか「解消する」といった生易しいのもではなく「許さない」と表現するところに、本書の立ち位置をみる。次いで著者は次のように書く。 
 
 「政治的独立は、必然的に経済的自立を要請する。沖縄の日本からの経済的自立は可能か、またその時間的距離範囲をどう考えるか、本書は、この完全な経済的自立の可能性の検討までを射程に置くものとする」 
 
 政治的自立は経済的自立と両輪となってはじめて成り立つ。本書は、沖縄の日本からの経済的自立は可能なのか、その道筋を戦後の沖縄と日本の経済関係を綿密に追うことによって明らかにすることを意図した。著者は現代資本主義論を専門とする経済学者であり、長年法政大学沖縄文化研究所を拠点に沖縄研究に従事してきた沖縄出身の沖縄研究者でもある。冷徹な経済学者の目と熱い沖縄研究者の心が融合して、沖縄の今と未来を見据える読みごたえのある本が出来上がった。 
 
◆いびつな沖縄経済 
 
 本書は、沖縄経済の現状をどう見るかという問いから出発する。この分析がとてもおもしろい。そのまま沖縄経済自立の処方箋になっているのだ。著者の分析によると、沖縄経済は以下のような特徴を持っている。 
 
(1)県際収支の大幅な入超。県外に売るのが八四一三億円なのに対し、県外から一兆五七一〇億円買っている。 
(2)経済活動における県・市町村の占める割合が異例に高く、県内総生産三兆八〇六六億円の約四〇%を占める。沖縄以外の都府県は二五%程度。しかも県の財政の七割以上を国からの財政移転に依存している。 
 
 この数字だけ見ると、著者も言う通り、沖縄の状況は「地域的な経済的自立からほど遠い」ところにあるということができる。だが、別の見方をすると、そうとはいえない側面も浮かび上がる。著者は次のような分析を紹介する(『沖縄タイムス』』2010年12月6日、宮田裕)。宮田氏によると、「復帰」後39年間の国から沖縄への財政移転は一五兆八〇〇〇億円で、戦後三九年間の日本の一般会計歳出総額の〇・六%にしか相当しない。沖縄は人口比で日本の総人口の一%を占めるから、財政移転はもっと多くてよい。八兆八〇〇〇億円の不足となる。復帰前の二七年間を含めて計算すれば、不足額はもっと多くなると著者は付け足している。その意味でみれば、なぞこうしたいびつな経済構造になってしまったのかを改めて問い直すことが重要になる。 
 
 著者は三つの要因を挙げている。第一は、戦後二七年間にわたって沖縄がアメリカの占領下におかれたこと。このため、日本における戦後復興や高度経済成長の効果が及ばず、基地依存の経済の下で輸入に依存して住民の生活を維持するのが精一杯であった。第二は、戦後の日米関係のもとで日本経済は農業と地方経済を切り捨て重化学工業中心の産業構造を構築してきたこと。これは日本の農業と地方経済の衰退という現状と重なる。第三は、そういう経済構造に組み込まれる中で、古い沖縄がもっていた食料自給的第一次産業と自給的第二次産業と工芸的製造業が破壊され、近隣地域との交易関係も消滅、市場を失った。 
 
◆自給と移(輸)出 
 
 沖縄経済の現段階をこうしたこととしてつかみ取った著者は、さらに綿密に日本の戦後構造を作ってきた国土総合開発計画の足取りを追いながら、沖縄開発とそれがどうかかわってきたかを分析する。一九七二年にはじまる第一次から第三次までの沖縄振興開発計画、二〇〇二年から二〇一一年までの沖縄振興計画、二〇一二年から始まる二一世紀沖縄ビジョン基本計画を日本の経済・開発計画とからませながら述べている。さらに、沖縄県が沖縄振興のリーディング産業と位置付けている観光・リゾート産業の分析を行う。 
こうした実証をへて、著者は基地と開発という日本の押しつけが沖縄経済をいかにゆがめてきたかを摘出する。その上で沖縄経済自立に向けて、その原理と方向性を明らかにするために理論を実行方策という難題に向かう。著者はまずこれまでの沖縄経済自立論を検証する。主に検討の対象となるのは原田誠司・矢下徳治氏による沖縄経済自立論(『新沖縄文学』39号)である。両氏はサミンの理論に準拠しつつ、沖縄は日本という中心国から収奪を受けている国内植民地であると規定する。ではそこから自立するにはいかなる道筋があるか、両氏の議論では 
そのあたりが一向に見えてこない。 
 
 ではどうすれば経済理論と沖縄経済の現実との間に橋をかけることができるのか。著者は沖縄経済の現実を規定する市場経済、新自由主義グローバリゼーションをどうとらえるかについて理論的検討を加えたうえで、「沖縄経済自立にための方策と経済学」(最終章)の検討に入る。 
 
 著者が注目するのは嘉数啓氏の論文「沖縄経済自立への道」(『新沖縄文学』56号)である。嘉数氏はヌルクセの途上国発展論を基礎に「ローカル産業複合」という道筋を提起する。著者が要約するその道筋とは次のようなものだ。 
 
 まずローカル産業とは何か。それは、農業を主とした第一次産業に加えて、第一次産業の延長線上に位置づけられ、地域の資源を加工し、地域住民のニーズを満たす地域産業、地域的独自性を有する財を供給する特産品工業、といったものだ。いい方を変えれば沖縄の資源、第一次産業と有機的な連関をもった地場産業ということになる。 
 
 こうした地場産業は規模の拡大や技術の発展によって将来的に対外的競争力を持ちうる、という前提が付く。さらにその市場は地域をベースとしながらも、全国市場、さらに外国市場へと展開する。よくいわれる地産地消といった、ある意味で“限られた“市場ではなく、地場産業間の連関を重視しながらも自由貿易を組み込んだ開かれた市場を想定する。そうでなければ一〇〇万人を超す人々に当たり前の生活を提供できないからだ。このローカル産業複合を実現するためには、沖縄独自の高度な独創性と、対外競争力を身につけるための一定の時間が必要になる。出来るだけ外から買わないための自給力のアップと、それを移(輸)出する力量とが問われるのである。 
 
◆地場から世界へ 
 
 ではどうするのか。著者は、ペティ、アダム・スミス、リカード、マルサス、リストらの論を批判的に検証した上で、まず可能な限り自給をめざすべき、と提起する。といってもすべてを自給できるわけはない。 
 
 「自給というときもっとも問題とされるべきは衣食住に関わるものと医療、教育である。そして、これらについては、自給率を高めることは現実的選択として可能であり、100%は難しくても現在より高くすることができる」 
 
 過去四〇年にわたる沖縄振興計画がみるべき成果を生まなかったのは、この視点がなかったからだと著者は述べる。 
「振興開発の方向として、沖縄の住民が営んでいる農業や製造業を衰退させることなく、その発展を助成する道を選び、そこに力を注ぐべきであった」 
 
 生産者だけで自給率を上げることはできない。消費者としての住民の自覚と努力と協力は欠かせない。「少々高くても地元産を買う」。また、原料は自給できなくても輸入して地元で加工する。かつて沖縄で自給していたものが、いつの間にか日本産品にとって代わられている例も多い。これは元に戻そう。 
 
「一般食品が沖縄ブランドをまとって、自立・独立の精神とともに住民の生活に入り込んでいく」 
「作り手が頑張ると同時に地域住民、消費者が誇りを持って自分たちの産物を利用するということが、第一の実践的・具体的な沖縄自立の姿勢であり戦略である」 
 
 次の課題は「移(輸)出産業をどう育てていくかである。スミス的な自足経済も、リカード的な国際分業も沖縄では実現不可能だ。著者は沖縄が大きな優位性を持つ観光・リゾート産業の重要性を指摘する。それはいかなる観光・リゾート産業なのかが問われる。著者は、地域と観光とが共存し助け合う、自然や歴史文化を背景とした人間の交流、の二点をその条件として上げている。 
 
 同時に大切なことがある。日本からの財政移転を獲得するのではなく、減額できる政治家を選ぶことだと著者はいう。こうした提言の底流に流れている著者の視点に最後に目をむける。本書の最終章で著者はなぜ自立が必要なのかという根本問題を立てる。経済的自立によって何を実現するのか、と言い換えてもよい。それは人権という視点である。人びとの絶え間ないたたかいの成果として、人びとは生存権、幸福追求の権利を公共社会が保障すべき社会原理として獲得してきた。それは自助原則と互助原則という二つの原則で支えられる。この社会原理の具体的表現を私たちは憲法という形で手にしている。なぜ政治的経済的自立が大事なのか、それは沖縄で憲法を実現するためなのだと。 
 
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