2016年08月11日13時51分掲載  無料記事
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福島から

住まいを二度奪われる避難者 今、フクシマで憲法を考える   片岡輝美(日本キリスト教団若松栄町教会)

 2005年2月、キリスト者の同級生2名と「九条の会・西栄町学習会」を発足。「自分の言葉で平和を語る」を目標に、10年間毎月の学習会が開催された。「立憲主義とは」から始まった学びは多岐にわたったが、日本国憲法に触れる中で、私は日常生活に憲法を引き寄せて、考えるようになった。そして、2011年3月11日、東日本大震災が発生。東京電力福島第一原子力発電所核事故の起きたあの時、福島県民だけでなく、この国に生きる誰もの人権が原子炉建屋と共に、木っ端微塵に吹き飛ばされたと考えている。(今、憲法を考える会『ピスカートル』36号から) 
 
 福島県は、2017年3月末をもって避難住宅の無償提供打ち切りを決定した。帰還政策を粛々と進め、帰還困難地域以外からの避難者はいない、つまり、原発核事故は収束したと東京「復興」五輪で世界に示すのが目的である。今年5月半ばから6月末、県は県内避難約5600世帯、県外避難約5200世帯を対象とし、打ち切り後、住まいをどこにするのかを問う生活意向調査を行った。 
 しかし、意向調査とは言えない現状が、7月8日県庁で開かれた「第一回原発事故避難者の住宅無償提供継続を求める福島県との交渉」で次々と報告された。避難者を訪問した県職員は、冒頭からこの住居には来年3月までしか住めない、それ以降の移住先を決めるようにと高圧的に告げ、多くの避難者は不安と恐怖を覚え「身体が震える」と支援者に訴えている。この交渉は、本通信35で木村信彦氏が触れたひだんれん(原発事故被害者団体連絡会)と原訴連(原発被害者訴訟原告団全国連絡会)が共同で行った。私は、子ども脱被ばく裁判の会共同代表として、ひだんれんに加わっている。 
 
 この意向調査のやり方は、日本国憲法第22条「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」に違反する。東電福島原発核事故以前は、それぞれの暮らしや住まいがあった。それが、あの時を境に、放射能汚染に恐れを持つ人々は住居がありながらも、安全で安心できる住まいを求め始めた。そして、住宅支援無償提供の打ち切りが目の前に来ている。住まいは生命を育み生活を営む基盤である。住まいを失うのは生命の問題。にもかかわらず、権力者に二度も住まいを奪われるこの現実が、憲法違反でなくて、何であろう。私たちは、避難先を失った人々を路頭に迷わせてはならない、決して自死を選ばせてはならないと、県交渉を粘り強く続けていく。 
 
 第22条には「職業選択の自由」も謳われている。これは、経済活動の自由を保障すること。しかし、そのためには「公共の福祉に反しない」ことが大前提である。東京電力も一企業として、この自由を持っている。しかし、原発核事故によって発生し、止めることができない環境核汚染が「公共の福祉に反している」のは自明の理だ。なのに、この5年間、詳細で隠し事のない現場検証は行われておらず、誰も核事故の発生と拡大の責任を取っていない。これは、同時に第25条「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」第2項「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」にも違反しているではないか。 
今 


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