2016年08月12日12時21分掲載  無料記事
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人権/反差別/司法

東住吉区の女児焼死事件、 母親ら再審無罪確定  根本行雄

 1995年、大阪市東住吉区で起きた、小学6年の女児(当時11歳)が焼死した民家火災の再審で、大阪地裁(西野吾一裁判長)は8月10日、殺人罪などで無期懲役となった母親の青木恵子さん(52)に続き、内縁の夫だった朴龍晧(ぼくたつひろ)さん(50)にも無罪判決を言い渡した。判決は「恐怖心を抱かせ、心理的強制を与えた取り調べだった」などと認定し、大阪府警の捜査を厳しく非難した。大阪地検は上訴権(控訴)を放棄し、2人の無罪が即日確定した。無実の人を有罪にするのは国家権力の犯罪である。冤罪を防止するためには、誤判を徹底検証することが必要だ。 
 
 現在も進んでいる、日本の司法制度改革は、冤罪をなくすためのものではない。冤罪を生み出す構造、メカニズムをなくす努力はほとんどされていないからだ。刑事司法改革関連法案は、警察権力を強めるばかりで、人権を守るためのものではない。安倍政権が作り出そうとしているのは、戦前の「特高警察」ような組織だ。人権よりも、治安維持を優先するための組織がどのような社会を作り出すかは、すでに証明済みだ。そのような組織を作り出すことなく、また、再び、横行させないようにするために日本国憲法がつくられたのだ。日本国憲法の前文には、「わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」と書かれている。また、日本国憲法には、冤罪を防ぐための人類史のさまざまな知恵がこめられている。その一つは、「無罪推定の原則」である。日本国憲法の31条から40条は刑事手続きに関する規定であり、全103条の約1割を占めている。「国民の権利及び義務」を定めている第3章では、約3分の1を占めている。 
 
 刑事手続きにこれだけ多くの条文が割かれている例はめずらしい。 
 
 刑事手続きに関する主な憲法の条文を明記しておこう。 
 
31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪は 
れ、又はその他の刑罰を科せられない。 
 
33条 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且(か)つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。 
 
36条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。 
 
38条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。 
 
  2 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。 
 
  3 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。 
 
 
 
□ 英米、進む検証制度 
 
 毎日新聞2016年8月11日(大阪朝刊)には、向畑泰司、三上健太郎両記者による「英米、すすむ検証制度」という記事がある。 
 
 冤罪(えんざい)研究が専門の成城大の指宿(いぶすき)信教授は「第三者が誤判を徹底検証する機関の創設が、日本にも必要だ」と指摘する。 
 
 指宿教授によると、陪審制を導入するカナダや英米では、誤判に対して裁判官や検事、遺族らがメンバーに入った独立した調査委員会があり、公に検証を行うシステムが確立している。結果をもとに、証拠の全面開示など誤判を防ぐ制度改革が実現している。指宿教授は「それと比べ、日本は冤罪から教訓を学び取る意識が欠けている」と警鐘を鳴らす。今回の女児焼死火災で、2人が無期懲役となった確定審に関わった元裁判官も「将来の刑事司法のために誤判の検証は必要だ」と話すが、裁判所が検証作業に乗り出す動きは今のところない。 
 
 日本弁護士連合会は2011年1月、警察や検察、裁判官を調査する第三者機関の設置を政府などに要望。日弁連の特別部会は原発事故を巡る国会事故調査委員会をモデルに、国政調査権を持たせた機関を国会に創設する要綱案をまとめた。 
 
 特別部会の事務局長の泉沢章弁護士は「日本も誤判原因を究明する対策を取らなければ、過ちは繰り返されてしまう」と語る。 
 
□ 東住吉区の女児焼死事件で、明らかになったこと 
 
 その1 警察・検察による証拠隠し 
 
 弁護団は確定審の段階から取り調べ状況が分かる書類の開示を求めたが、検察側は長年、日誌の存在を明確に答えず、裁判所も開示を促さなかった。 
 
 取り調べ日誌の存在は2012年6月、弁護団の求めに応じた大阪高裁の勧告で初めて明らかになった。青木さんらの裁判開始から16年半が経過していた。 
 
 
 その2 密室での取調べは拷問だ 
 
 毎日新聞2016年8月11日(東京朝刊)の記事を引用する。 
 
 西野裁判長はまず、再審請求過程で検察側が初めて開示した2人に関する府警の取り調べ日誌の内容などを検討した。 
 
 日誌には、青木さんがしゃがみ込んで吐きそうになっても調べを続けたり、朴さんに「罪を償え」と書かれた父親の手紙を見せて自白を促したりしたことがうかがえる記述があった。 
 
 府警の取調官は確定審で「手紙を見せていない」などと証言し、同僚も同様の説明をした。西野裁判長は「取調官の証言は虚偽で、口裏合わせをした疑いが認められる」と指摘した。 
 
 そのうえで、朴さんが自白した経緯について「首を絞められるなど恐怖心を抱く取り調べがあった」と認定。青木さんについても「最初から犯人扱いし、相当な精神的圧迫を加える取り調べだった」と認め、自白の任意性を否定した。 
 
 
□ 裁判では、書証を排除すべきだ 
 
 裁判員裁判においては、原則として、すべての書証は排除すべきである。密室での取り調べで作成された証拠を採用するから、違法な取調べが横行するのだ。陪審制を採用すべきだという理由である。裁判員制はまだまだ不十分だ。 
 
 違法に収集された証拠はすべて排除すべきである。東住吉女児焼死事件裁判では、大阪府警は2人の逮捕前後、計70通の自供書や自白調書を作成したが、西野裁判長はこれらを証拠から排除した。 
 
□ 裁判官の目は節穴か 
 
 青木さんと朴さんの公判は分離されたため、無期懲役が決まった確定審は、最高裁まで計6回の判断を重ねた。関わった裁判官は約40人だが、誤判を許し続けた。 
 
 青木さんは記者会見において、「裁判長はこれまで私のことを『被告人』と呼んでいたのに、今日は私の目を見て『青木さん』と言ってくれた。それを謝罪と受け止めたい」と評価した。 
 
 警察や検察の提出した証拠や証言を頭から信じ込んでしまう裁判官が多すぎるの 
だ。これもまた、陪審制を採用すべき理由だ。 
 
□ 志布志事件原告団が勝訴報告会 「真相解明できていない」 
 
 毎日新聞2016年8月6日(地方版)、新開良一記者の記事を引用する。 
 
 2003年の県議選を巡る公職選挙法違反事件(志布志事件)で、起訴されなかった住民全員についても県警の違法捜査があったと認めた5日の控訴審判決。志布志市の南大原公民館では、判決の報告会が開かれ、住民ら約30人が拍手とお茶の乾杯で勝訴を祝った。 
 
 1審で退けられた自身の訴えが今回認められた原告団長の浜野博さん(77)はあいさつで「人を人とも思わない警察は許せない」と改めて怒りを表し、「やぶれかぶれの気持ちで家を出たが、判決の瞬間は涙が出た」とかみ締めるように語った。 
 
 事件の元被告らによる損害賠償訴訟(昨年5月に勝訴判決が確定)で原告団長を務めた藤山忠さん(68)は「警察は我々に直接謝罪もしていないし、我々が望んでいる真相解明は全くできていない」と指摘。「事件を風化させてはいけない」と語気を強めた。 
 
□ 県警の「証拠隠し」 鹿児島の強姦事件控訴審 
 
 鹿児島市で2012年、当時17歳だった女性に暴行したとして強姦罪に問われた元飲食店男性従業員の控訴審で、福岡高裁宮崎支部は2016年1月12日、逆転無罪とする判決を言い渡し、無罪が確定した。控訴審でのDNA型鑑定で、女性の体内に残された精液から男性とは別人の型が検出されたためだ。判決は、県警の捜査を厳しく批判した。DNA型鑑定については、鑑定に使用したDNA溶液の残りを全て廃棄していることや、鑑定経過を記載したメモを廃棄していることから「信用性に疑義がある」と指摘した。さらに、県警の鑑定ではDNA型が特定されなかったにもかかわらず、控訴審では簡単に第三者のDNA型が鑑定されたことから「実際には第三者のDNA型を検出していたのに、被告の型と整合せず『鑑定ができなかった』とした可能性を否定できない」と「証拠隠し」に言及する踏み込んだ判断を示した。 
 
 裁判における証拠とは、「反証」できるように証拠を保全しておかなければ、それは「裁判の証拠」とはできない。鑑定資料を全量、使用したり、残りを総て廃棄するというというのは言語道断である。当然、そういう証拠は「裁判の証拠」とはすることはできない。裁判官は、そういう証拠を採用してはならない。そういう刑事裁判のイロハを知らない裁判官がいるのだ。 
 
 長年にわたって裁判官をされてきた下村幸雄さんは、「刑事裁判の目的は無実の発見である。」と述べている。下村幸雄著『刑事裁判を問う』勁草書房 
 
□ 青地晨の慧眼 
 
 青地晨には、冤罪事件を題材にした2冊の有名な図書がある。『冤罪の恐怖(無実の叫び)』(現代教養文庫)、『魔の時間(六つの冤罪事件)』(現代教養文庫)である。 
 
 『冤罪の恐怖』と『魔の時間 六つの冤罪事件』で取り上げた合計11の事件は執 
筆時点ではいずれも冤罪を訴えて再審請求を起こしたり裁判中だったりした事件である。再審請求中に被疑者が死亡した4件(竜門事件、帝銀事件、丸正事件、名張毒ぶどう酒事件)以外全て(免田事件、徳島事件、仁保事件、島田事件、松山事件、梅田事件、弘前大学教授夫人殺人事件)で被告の無罪が確定している。これは驚くべきことであると言えるだろう。青地晨の慧眼に感心するばかりだ。 
 免田事件、島田事件、松山事件、梅田事件の4つは、死刑判決の確定後の再審請求によって、無罪判決が勝ち取られたものだ。日本の司法関係者は、この事実をもっともっと重く受けとめるべきである。無実の人が死刑囚にされ、死刑執行の恐怖におびえる日々を何年も何十年も強制されたのだ。これは国家権力の犯罪である。 
 
○ 免田事件 
○ 梅田事件 
○ 島田事件 
○ 松山事件 
 
 この4つの事件のほかにも、再審による無罪判決を勝ち取った事件はいくつかあ 
る。 
 
○ 財田川事件 
○ 米谷事件 
○ 松尾事件 
○ 徳島ラジオ商殺し事件 
○ 布川事件 
○ 足利事件 
○ 東電OL殺人事件 
 
 このリストに、「東住吉事件」が加わった。 
 
 
□ まとめ 
 
 冤罪を防止し、人権を擁護するために、すぐにでも、できることがある。法律をいじる必要がなく、やろうと決めれば、できることだからだ。それを次に列記することにする。 
 
密室での取調べ 
弁護士の立会いのない取調べ 
弁護士の立会いのない取調べは証拠として採用しない 
代用監獄(密室での取調べ)を利用して作成された調書類は裁判の証拠としては採用しない 
別件逮捕 
証拠物の捏造 
証人の捏造 
証人の買収 
証人への脅迫 
証人隠し 
証拠の全面開示 
検察の上訴権の放棄 


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