2016年08月23日11時12分掲載  無料記事
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細部の記憶を掘り起こすための努力   クロード・ランズマン監督のドキュメンタリー「生者が通る」(Un vivant qui passe ) 

   クロード・ランズマン監督のドキュメンタリー「生者が通る」(Un vivant qui passe )は医師とインタビュアーのランズマン監督の二人の質疑応答が作品の核になっていて文字通り、インタビューが作品そのものになっています。ランズマン氏がインタビューしたスイス人の医師は第二次大戦末期の1944年にチェコのテレジエンシュタット強制収容所を赤十字国際委員会の視察団団長として訪れました。また、その前の年は飛び込みで独力でポーランドのアウシュビッツ強制収容所を訪ねています。このインタビューが撮影されたのは1979年ですから、35〜36年の歳月を隔てています。 
 
  35年という歳月は今日から振り返ると、1981年のことでその当時のことを細かく思い出してくれ、と言われてもどの程度、デテールが蘇るかはその経験の強度とか、その後の人生で記憶が反復されたかどうか、などの要因が作用するのではないかと思います。しかし、第二次大戦中に自分が体験した空襲や戦場での光景を忘れない人々も世界中にまた存在して貴重な証言者になっています。 
 
  このドキュメンタリー「生者が通る」(Un vivant qui passe )でランズマン監督は医師にできるだけ、デテールを聞き出そうとします。どの程度、デテールが蘇るかが証言の説得力や価値を生むからでもあり、そのためにランズマン監督自身が、戦時中のアウシュビッツは未体験であっても、何人もの証言を集めて独自に調べ上げた準備が今回のインタビューでもデテールを洗い出す作業で力を発揮しているように思います。とはいえ、自分が調べた世界に医師を誘導しているのではもちろんありません。ここではアウシュビッツを訪ねて司令官と面会したときのことを子細に訪ねています。特にランズマン監督がここでこだわっているのは、非公式に医師が一人で訪ねたという場所が本当にアウシュビッツ強制収容所だったのか、それとも近くにあったドイツ軍の別の施設だったのか、そこをおさえるためでした。 
 
 
  CL クロード・ランズマン監督 
 
 
CL「待ってください。いえ、とても興味深い話です。お二人の会見はどのくらいの時間でしたか?」 
 
医師「30分か、45分か、そのあたりでしょう」 
 
CL「それで、収容所はご覧になったのですか?」 
 
医師「いえ、まったく。バラックを目にしたのみです。私がそれを見たのは・・・」 
 
CL「何のバラックだったんです?」 
 
医師「軍の宿舎でしょう・・・」 
 
CL「木製でしたか?」 
 
医師「・・・木製のバラックでした。それは警備兵のものですか? しかし、いずれにせよ、焼却炉が稼働しているのは目にしていません。」 
 
CL「なぜなら、アウシュビッツは木製のバラックではないからです。アウシュビッツは赤レンガ作りなんですよ。」 
 
医師「ええ、レンガです。しかし、私が見たバラックは通常の兵士用のバラックでした。私は収容者たちの一群もそこで見ました。行き違ったのです。たくさんの人々を目にしました。」 
 
CL「横縞模様のパジャマ姿でしたか?」 
 
医師「横縞模様のパジャマでした。頭に小さなカロ帽をかぶっていました。彼らは口にするのもおぞましいほど痩せこけていましたよ!彼らは赤十字国際委員会の旗をつけた車が走りすぎていくのを見つめていました。その目はといえば・・・」 
 
CL「で、あなたはあの有名な標語はご覧になったんですか、門に掲げられていたものです。 <労働は自由にする>という言葉です」 
 
医師「それは見ていません。見ていないですね」 
 
CL「つまり、その門は通らなかったんですか?」 
 
 
  この作品はいろんな意味で、取材の1つのお手本とも言える内容だと思えます。できる限り、ビジュアルにどのような空間でどのような匂いがあったのか、そういった視聴覚や嗅覚などに訴えかけるデテールを1つ1つ積み上げながら、当時の「現場」を再現する努力が行われています。漠然と「思い出したことを話してください」と言っても、漠然とした答えしか返ってこないことがよくありますが、聞き手が細かくデテールに渡って質問を繰り広げることで、話し手の記憶も詳細になっていくことがあると思います。その意味でも、インタビューをする人がどの程度、「現場」についての情報を前もって集めているかが、大切になってくるでしょう。あまりにも無知であれば、的確な質問もできないからです。 
 
 
 
■新訳 ジョージ・オーウェル著「1984年」 〜近未来の人間の言葉とは?〜 
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■焚書の光景 
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