2016年08月28日11時53分掲載  無料記事
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核・原子力

【たんぽぽ舎発】原発に警鐘を鳴らし続けた物理学者、藤田祐幸さんの偉業と数々の思い出      

 藤田祐幸さんが7月18日に亡くなられた(73歳・1942年生まれ)。藤田祐幸さんはたんぽぽ舎とも縁が深かった方で、私たちにも多くの思い出と一緒の活動がありました。活動を共にされた広瀬隆さん(作家)がデイズジャパン9月号に『藤田祐幸さんの偉業と数々の思い出』という一文を書かれています。藤田さんの活動の歴史−原発を中心とした−が簡潔に要を得てまとめられています。この一文だけでも、日本の原子力開発の何が問題だったか、闇の中の原発の歴史の暗部がよくわかる−祐幸さんが生涯をかけて闘ってきたものがわかる追悼文です。 
2頁の文章のさわりを紹介します。(柳田真) 
 
・1979年アメリカでスリーマイル島原発事故のあとのテレビに出た原発推進派の人を打ち負かしての活躍−広瀬さんが藤田さんとの最初の出会い 
 
・東京で食品汚染の測定をするためにたんぽぽ舎放射能汚染食品測定室をつくった−1986年チェルノブイリ事故のあと、現地調査をしての活動 
 
・1995年阪神大震災のあと、たんぽぽ舎の地震研究会に藤田さんと私も加わって原発の耐震性と危険性の解析に取り組んだ。 
・日本の原子力開発は電力のためではない。原爆の製造のためにスタートした⇒『藤田祐幸が検証する原発と原爆の間』(本の泉社、2011年)に単行本としてまとめられた。 
 
・藤田さんの最大の偉業は、日本で原発が動き出した時代の1965年から現在に至るまでの長期間にわたる電力供給のグラフを描いて、「日本の電力は、ずっと原発ナシで足りてきた」という歴史的なデータを示したことにあると思う。 
 
・2人でエネルギー問題を追及し、二酸化炭素温暖化説がまったくの嘘であるという理論的なデータを構築することができた。 
 
・2011年東電福島事故発生−「メルトダウンが起こっている可能性が高い」ことを、日本で最初に明言した、藤田さん。 
 
 ※9月21日(水)夕方、東京世田谷で藤田祐幸さんを偲ぶ会が開催されます。 
  たんぽぽ舎も何人かで参加します。 


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