2016年09月10日07時41分掲載  無料記事
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コラム

パレスチナの演劇人と共同制作の舞台 「ミラー」  2016年の現実を映し出した鏡のような舞台  そして国境を越えるユーモア

  先週、東京で幕をこれから上げようとする「ミラー」という舞台について紹介する記事を書きました。パレスチナから2人の演劇人〜演出家と俳優〜を招いて、東京演劇アンサンブルが彼らと共同で舞台を作ったのです。その幕が昨日上がりました。限られた夏の時間枠の中で当初は脚本もなく、文化も状況も言語も異なる他者と舞台を作り上げて予定通りに幕を上げるのは相当に難しかったに違いありません。しかし、舞台は想像以上に面白い。パレスチナの演劇人の観察力とユーモアに日本の劇団員たちも(そして観客も)触発され、2016年の世界が映し出されていたと感じました。「ミラー」=鏡、というタイトルの通り、それはまさに今の私たち自身の自画像でもあります。 
 
  幕を上げようという直前に、パレスチナから招聘した2人の俳優のうちの1人が来ない。どうすればいいのだろう・・・ここからこの舞台は始まります。実際に今回「ミラー」という舞台を作るうえで、俳優たちと演出家たちはこのただ1つの設定から舞台づくりを始めたのだそうです。「なぜ彼は来ていないのか」「舞台を中止するべきか、それとも幕を上げるべきか」「幕を上げるとしたら、どうのようにして?」「いったい演劇とは何なのか」ここからこの1時間40分のノンストップの舞台が始まります。 
 
  この絶体絶命の状況が新しい演劇を可能にする、と言いましょうか。待っている人が来ない、なぜ来ないのか。待っている人が定刻に来ない、という状況は常に不条理です。しかし、その不条理は正面から取り組めば、想像力をかきたててくれるものなんだ、ということに気づかせられます。 
 
  「これまで真摯に舞台づくりに取り組んできたあの人が来れないのは何か理由があるはずだ」 
 
  この舞台のすべての参加者を支えたのは、誰かから発せられたこの言葉だったと思います。この舞台づくりを始めて、自分たちがこの夏に体験したことやそれぞれの演劇に対する思いが舞台に乗せられ、パレスチナの日常と日本の日常、さらにはその日本に生きている在日朝鮮人の日常が浮かび上がります。舞台づくりの過程で実際に稽古場で交わされた言葉を台本に取り込んでいったのだそうです。大切なのは、それらがどう関係しあっているのか、ということでしょう。 
 
  今回、パレスチナの演出家イハーブ・ザーハダ氏と共同で演出を行った公家義徳氏は舞台づくりの経験をこう表現しています。 
 
  「稽古場では、誰もがじぶん自身と、そしてじぶんとは違う他者の存在と向き合うことに毎日必死に挑戦している。(演出家の)イハーブは言う、かれらはまだずっと座ったままだと。(俳優の)ティティがはじめての即興の中で語った言葉は「ぼくたちの国には自由以外のものならなんでもある。自由だけがないんだ!ところが君たちにはこんなにも自由があるのに、なぜ自由に振る舞おうとしない?そしてなぜぼくに君たちと同じであるような言葉を教えようとするんだ!!」というものだった。もちろんこれは彼らの考えてきた冒頭シーンの中心の台詞になるのだが、ぼくは心の中に爆弾を落とされたような気分になった。自由であることを求め続け、人生の中でいつの間にかたどり着いたこの東京演劇アンサンブルで、ぼくが学んできたこと、信じてきたこと、そのつもりだったことが破壊されそうになった。目的を達成するための努力は惜しまない。しかし自由とはそのようなものではない。自分に対して自由であれと命令する自由、それを獲得しなければならないのはぼく自身なのだと。」 
 
   世界を取り巻く現実は基本的に息苦しいものですが、表現が軽さとユーモアをバネにしていたので、その弾力が国境を越えていくロケットのような推進力になっているように感じられました。そして「定刻に現れなくてはならない」という日本の常識が、常識ではない世界もまたあることに想像力の針が届いていくのを感じました。これまでのルールや行動原理とは異なる何かが求められ、生み出される必要がある、ということを感じさせてくれました。そのことは自分たちが想像以上に、何かに縛られている、何かに占領されている、ということでもあるのです。そうしたときに、パレスチナの俳優であるムハンマド・ティティ氏の肉体表現が道化師のような軽さをもっていたことは瞠目させられた点でした。葛藤を舞台に表現するときに、どのように表現すれば伝えられるのか。あるいは、より深く届けることができるのか。その点で、深く心に刻まれるような印象を残してくれたのだと思います。 
 
 
※写真提供 東京演劇アンサンブル 
 
■パレスチナの演劇人と共同制作の舞台 「ミラー」 9月9日から上演 
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