2016年09月12日01時53分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201609120153491

みる・よむ・きく

マーティン・ファクラー著 「『本当のこと』を伝えない日本の新聞」  地方紙の可能性と沈下する全国紙

  ニューヨークタイムズ東京支局長(当時)のマーティン・ファクラー氏が書き下ろした日本メディア論「『本当のこと』を伝えない日本の新聞」は2012年7月に出版されました。2012年7月と言えば民主党の野田政権の時代で、東日本大震災から1年ほど経過した頃です。出版された当時は記者クラブのこととか、大手メディアの給料のことなどに目が行きましたが、今、再び手にしてみると、興味のポイントが変わっているのを感じました。 
 
  2009年に民主党が政権を取って以来、記者クラブ制度を変える試みなどが始まり、ようやく日本のメディアが変わるのか、と思いきや、その年の12月の衆院選挙で自民党が大勝、安倍政権が始まって報道の自由度が大幅に低下していきました。大手メディアの幹部がたびたび首相と夕食を共にしながら親睦を深める、という事態はまさに振り子が逆に大きく振れたことを意味します。しかし、本書が書かれたのは未だ、政権交代していない時点です。出版から4年が経過して、今、本書で興味深い点は日本の新聞の未来を論じている第五章です。そこではいくつかの可能性が語られているのですが、「地方紙にこそ大きなチャンスがある」として地方紙の可能性を論じていることです。 
 
  その象徴が去年6月の自民党の文化芸術懇話会で講師に招かれた作家の百田尚樹氏が「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」と発言して問題になった件でしょう。この2紙とは沖縄タイムスと琉球新報ですが、安倍政権に変わってメディア規制が強化されている中で、逆に存在感を高めています。それが政権と密接に関わってきた百田氏の発言につながったと言えます。大手メディアが、首相との会食や政府批判の自粛で信頼度を年々、低下させている中で、かつては二流扱いすら受けていた地方紙が逆に存在感を高めて、新聞の価値の上で逆転現象を起こし始めたと言っても過言ではありません。 
 
  実はファクラー氏はそれを予言するかのように、本書の中でこう書いていました。 
 
  「これからの日本では、地方の新聞にこそ大きなチャンスがある。牢固とした組織に閉じこもる朝日新聞や読売新聞、日本経済新聞などの”メガ新聞社”は、残念ながら新聞業界のチャレンジャーになることは難しいだろう。むしろ、地方紙が業界を変え、読者を増やす可能性を秘めている。アメリカには、実は朝日新聞や読売新聞のような全国紙は1紙もない。ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナル、ワシントン・ポストを含め、ほとんどの新聞は地方紙だ。その地方紙がさまざまなチャレンジに踏み切ったことによって、読者層をアメリカ全土、さらに今日では全世界へと拡大を続けている。」 
 
  ファクラー氏はこのように、地方紙の可能性を書いていたのですが、メディアの状況が厳しくなる中で、地方紙の価値が上がっているのがわかりやすくなっています。とはいえ、経営が決して楽になったわけではないはずでしょうが、記者の魂がうつろになりつつある全国紙が凋落していく中で、逆に気概のある地方紙が伸びていく可能性があるのかもしれません。 
 
  「沖縄に旅行に行ったことがある人は、琉球新報や沖縄タイムスの紙面を見て驚くだろう。彼らは全国紙とはまったく違ったスタンスで、独自の記事を沖縄県民に向かって発信している。また高知新聞や神戸新聞、愛媛新聞のように、地元警察の裏ガネ問題(捜査費の不正支出)を追求するなど、地方当局ともリスクを伴う戦いを続けている新聞もある。これまでは、地方紙のがんばりは地元読者でなければなかなか目にすることは難しかった。それが、インターネットによって距離と時間の壁を一気に越えられるようになった。」 
 
  実際、沖縄タイムスや琉球新報への信頼が増している背景にはインターネットで写真入りでそれらの記事を全国で、そして海外で読めるようになったことが決定的に大きく作用しています。そこで初めて、それらの新聞が日本の大手メディアよりも健全な精神をもって報道を行っているらしいことがチラチラと機会あるごとに見えてきたのです。それ以前なら、都心にある大きな図書館に行かなければ地方紙を読むことはできなかったのです。ファクラー氏が称賛していることですが、琉球新報は英語版も発信しており、地方からダイレクトに世界に発信しているのです。もし、その報道を自民党内の勉強会での発言のように「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」ということになれば、中国や北朝鮮のメディア統制を批判することは難しくなるはずです。 
 
  ファクラー氏が書いているように、琉球新報の英文サイトが以下です。 
http://english.ryukyushimpo.jp/2016/09/01/25677/ 
  この記事は見出しが’More than 100 protesters struggle to block US military’s helipad construction’(100人以上の人々がヘリパッド基地建設阻止のため人垣を作る)という記事ですが、世界各地でこれを読むことが可能になります。どの地方紙であれ、英語に堪能なスタッフが数人あるいは極論すれば1人でもいれば、記事の全部でなくとも、世界に発信したいものを選んで翻訳することは可能です。また、地方紙が記者クラブから離れて、独自の取材で紙面を作り始めれば、大手メディアとは違った新聞が生まれ、すでにそのような新聞なら読んでみたいという潜在読者が全国に増えているのではないでしょうか。首都圏や各地のフリージャーナリストやブロッガー、有識者、各分野のスペシャリスト、NGOやNPO、あるいは海外の地方紙(たとえば姉妹都市の新聞など)や海外の有識者、海外のNGOやジャーナリストと組めば、地方という壁を越える可能性もあると思います。インターネットによってそれが可能になったのです。 
 
  いま、全国紙にはワクワクするものがありません。そういう意味で本書を2012年に出版したマーティン・ファクラー氏は慧眼だと思わずにはいられません。政権と会食をしている全国メディアに対して、市民は次第に懐疑を深めており、遠からず存在感を失いつつあるこれらスポイルされた全国メディアを大きな変動が襲うと思います。 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。