2016年10月13日20時37分掲載  無料記事
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社会

送電ケーブル火災と広域停電   谷克彦(数学月間の会 世話人)

  10月12日,午後3時半ごろ東京都内で58万戸が停電した.都心中心部も停電した.埼玉県,新座付近の地下送電線の火災が原因という.東京の送電網ネットワークは,限界ぎりぎりで稼動している社会インフラです.ネットワークに流れ込む交流電力を繋ぐには,電圧をそろえるだけではなく,交流の周波数も位相もそろえなければなりません.つまり,流れ込む交流の山と山が重なるようにタイミングを合わせて合流させる(山と谷が重なったら一瞬で電流が流れて危ない).ネットワークの結合点には,このような調整装置があり,ネットワークを作っています.このようなネットワークは一部分を切り取って理解するのは正しくない.予想もしない部分が影響する可能性があり,ネットワーク全体として理解する必要があります.このような系を「複雑系」といいます.複雑系のネットワークでは,どこかで起きた些細な事故が引き金となり,次々と被害が雪崩を打ってネットワーク全体に広がる性質があります. 
 
  些細な事故が,広域の大停電になった例は色々あります. 
2003年8月14日,午恨1時42分,米国中西部の独立システム送電網オペレータの1人が異変に気付き,ルイビルのガスと電気のオペレータに向かって,「おい,どうした?」と問いかけた.その2時間半後には,北東合衆国から南東カナダにかけて,5千万人の人々が送電網からの電力を失っうことになった.その3年後の2006年11月4日,夜の9:30に,ドイツの送電網オベレータが,クルーズ・ボードノルウェーの真珠号"の安全通行を許すために,Ems川をよぎる1対の配電線の接続を切り,それから半時間以内に,1千5百万人のヨーロッパ人が暗やみに座ることになった. 
 
  日本でも,2006年8月に大規模停電が起きている. 
2006年8月14日,午前7時38分(日本時間).旧江戸川を航行中のクレーン船がアームを高圧線に接触させこれを切断した.アーム長33mのクレーン船が,現場に到着後すぐに浚渫作業にかかりたいので,曳航中にアームを上げたため,旧江戸川上の高さ16mの位置にある高圧線を破損したのである.米国の大規模停電は,乾燥した樹木が送電線にふれスパークしたという些細なことが引き金になったのかもしれない.ドイツや日本の原因は人為的な誤操作である.いずれにしても些細なことがトリガーとなり,事故が雪崩を打って広域の大規模停電につながった例です. 
 
  送電網は複雑系なので,その部分部分を切り離して見たのでは,正しい理解にはならない.送電網全体を対象にしなければだめなのでとても面倒だ.送電網は,何百万という物理的なハードウェア/ソフトウェアと行為者(人間)によって構成されている.大きな事故の引き金は,ほんの些細なイベントなのだ.今回の火災は,ケーブル周囲の油紙の劣化で絶縁性能が低下し過大な電流が流れたためと伝えられる.あるコンポーネントで事故(例えば送電線の火災)が起こり,送電線回路のブレーカが落ちる.そして,そのコンポーネントにかかっていた負荷は,ネットワークの残りを介して直ちに再分配される.再分配された負荷は別のコンポーネントを事故に導くかも知れない.この過程は,雪崩のように繰り返され,広域な大規模停電となる可能性を持っている.今回は,新座から離れた場所のケーブルにも負荷がかかったらしいが,大きな事故雪崩にならずに済んだのは幸運であった. 
 
谷克彦(数学月間の会 世話人) 
 
 
 
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