2016年10月23日09時41分掲載  無料記事
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鯉登潤著 「人物デッサンの基本」 (ナツメ社)  内部の骨格から把握する人物の作画法

 最近、漫画の描き方の入門書を10数冊手にしてみました。漫画の入門書にはストーリー展開を軸にした台本の作り方の部類と、作画方法をメインにした部類と大別されるのですが、印象深かったのは後者の出版物がたくさん出ている印象であり、漫画と言っても相当に正確な描写力が今日求められているのだな、と思ったことです。子供の頃、手塚治虫の「漫画の描き方」を手にした頃と比べると、作画に関しては雲泥の差です。 
 
  手塚治虫の「漫画の描き方」が後年、文庫本になったとき、漫画評論家の夏目房之介氏が手塚治虫は自分の作画力、デッサン力にコンプレックスを持っていた、と指摘していました。「AKIRA」など天才的な描写力をもって登場してきた大友克洋のような新しい漫画家たちに嫉妬していたとすら言います。だからこそ、手塚治虫は逆に漫画は美術ではなく、落書きなんだ、ということを「漫画の描き方」で強調したのだと夏目氏は推測していました。確かに手塚治虫は漫画を専門家のものにせず、学校の教師でも、家庭の母親でも誰でもコミュニケーションに使えるものだ、という視点で入門書を作っていました。 
 
  今日、「SLAM DUNK」や「バガボンド」で知られる井上雄彦のように高度の作画力、デッサン力を持った漫画家が多数出ており、作画力はレベルが上がっているんだな、と感じます。遠近法の描き方だけでも何冊も漫画の入門書が書かれており、そのほか、人間の体の描き方、重心のつかみ方、動作の描き方、男女の絡み方の描き方、ゲイの絡み方の描き方、背景の描き方、近未来SF用の背景の描き方などなど、実にたくさんあります。講師の漫画家たち自身がどうしたらもっと早く、的確なデッサンができるのか、相当苦労してきたと打ち明けていたりします。そして美術の入門書やルーブル美術館の名作などが参照されていたりします。漫画入門も、こと作画に関して言えば芸術入門に近づいている印象を受けました。フランスなどを中心とした欧州諸国の漫画BD(バンドデシネ)も1コマ1コマが美術作品のように力が入っていますが、日本もそれに近くなっている気がします。 
 
  前置きが長くなりましたが、そんな漫画入門を手にしたときに、一番デッサンの本で面白かったのが鯉登潤著「人物デッサンの基本」(ナツメ社)でした。実はこの本は漫画入門書ではなく、あくまでデッサンの入門書であり、漫画に限らず、美術家でもファッション業界の人間でもデッサンを必要とするすべての人に向けられたものです。この本の独自性は人体を様々に分解しながら、上辺の肉付きや輪郭だけでなく、骨格を示していることです。漫画家が苦労する手の描き方や首から肩へのライン、足の関節や足のつけ根の位置など作画上のポイントとなるところも、内部の骨の構造を示して、骨がどう動くかをもとにデッサンを指導しているのです。そして、着衣の像に関しても、骨格の把握に次いで裸体を描いて、それに衣類を着せていく、という発想をすれば対象の把握が正確になるとして、まず裸体を下書きしてその上に服をつけていけばよい、と言っています。なるほど、確かな方法に基づいています。 
 
  どんなシンプルな漫画であっても、体のちょっとしたくぼみなど凹凸の描写がリアリティの源になっていることはよくあります。で、この本が面白かったのはなぜ凸凹が体の表面にできるのか、ということを実証しているところにあります。これを読んで僕は世界の見方というか人の見方が変わりました。本当です。すごい本です。ただし、これは医者が見る解剖学の本とは異なり、骨格が描かれていても画家の視点から解説されているのです。細かいことでしょうが、骨盤と大腿骨の出っぱりの間で少し凹むところがあることを本書では骨格をもとに示しています。ひじに関しても上腕骨が作る出っぱりと尺骨が作る出っぱりと2つあって、普段はなんとなく大雑把にしか把握できませんが、骨をもとにして明示されると、なぜそうなっているのかが明瞭に頭に刻まれます。 
 
  漫画と言えば何よりもデフォルメであり、落書きである、と手塚治虫が説いていたのとは一見、大きな違いがあるのですが、しかし、共通するものもあります。というのはデフォルメする場合も落書きの場合も、まずはできるだけ対象を正確に把握して、その上で特徴を強調していくのであり、対象のデッサン力が的確である方がデフォルメした漫画もよいのではないか、と思えるからです。昔は女性と言えば胸や腰や尻を大きく強調すればよい、と言われていましたが、デッサンが精密になって来るということは人体を見る時も、リアルな把握が重視される傾向にあると思います。片や妄想をもとに女性の巨大な胸を強調するエロ本系の漫画もありますが、一方でよりリアルな人体を描こうとする漫画も発展していると思いました。 
 
 
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