2016年10月24日15時42分掲載  無料記事
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人権/反差別/司法

「法人にも刑事責任を」 JR福知山線脱線事故で署名活動、始まる  根本行雄

 「106人の乗客が亡くなる事故を起こしたのに、JR西日本の関係者は誰も罰せられない現状はおかしい。組織罰を求める声があることを広く知ってほしい。」10月8日、JR福知山線脱線事故の遺族らでつくる「組織罰を実現する会」が、重大事故を起こした企業などに刑事罰を科す法律の制定などを求め、兵庫県尼崎市のJR尼崎駅前で署名活動を行った。人権獲得の歴史は人類の戦いの歴史である。遺族の戦いは正義の戦いである。 
 
 
 
 JR福知山線脱線事故から11年が経過した。2005年4月25日、兵庫県尼崎市で起きたJR福知山線の脱線事故では、乗客106人と運転士が死亡した。運転士は業務上過失致死傷容疑で書類送検されたが、被疑者死亡で不起訴となった。事故前に鉄道本部長も務めたJR西日本元社長も同罪で起訴されたが、「危険性を認識できたとは認められない」として無罪が確定した。同罪で強制起訴された歴代3社長は1審で無罪となり、検察官役の指定弁護士側は控訴したが2審も控訴棄却となり、上告している。 
 
 
 毎日新聞(2016年10月8日)は、JR福知山線脱線事故の遺族らでつくる「組織罰を実現する会」の活動を伝えている。 
 
 JR福知山線脱線事故の遺族らでつくる「組織罰を実現する会」が、重大事故を起こした企業などに刑事罰を科す法律の制定などを求め、兵庫県尼崎市のJR尼崎駅前で署名活動を行った。遺族らは2014年3月から勉強会を重ね、組織罰の必要性や課題を検討してきた。今年4月、刑法の業務上過失致死罪に法人への罰金刑を加える特別法の素案をまとめ、「実現する会」を設立した。国などに法制定を働きかけるため、10月8日、初めて街頭に立った。遺族ら約10人が通行人に理解を求めた。 
 
 
 日本の法制度では、重大な事故を起こした企業や団体について、幹部の刑事責任を問うことは極めてハードルが高い。大きな企業になるほど、責任の所在が分散するため司法で裁けないのが実情である。脱線事故であれだけの人が亡くなり傷ついたのに、JR西日本の組織や幹部の責任が問われない現状は、遺族には納得できない。 
 
 脱線事故では、ミスを重ね、現場で速度を大幅に超過して脱線させた運転士に直接、責任があるのは明らかだ。だが、事故の背景には、運転士に対する懲罰的な「日勤教育」や、他の鉄道会社との競争による過密ダイヤ、自動列車停止装置(ATS)の未設置など、組織内のさまざまな要因が指摘されている。運転士の刑事責任を問うことだけで終わっていいのか。 
 
 
 
 大森重美(おおもり・しげみ)は、脱線事故で長女の早織さん(当時23歳)を亡くしている。2014年に、他の脱線事故遺族らと「組織罰を考える勉強会」を設立し、代表を務めている。この会のHPから、大森の主張の一部を抜き出して紹介したい。 
 
 
 脱線事故の責任を問うJR西日本の歴代社長の裁判の傍聴や、被害者参加制度での意見陳述などを通じ、事故などの過失犯では、企業の幹部個人の責任は問えないと確信した。日本の法制度では予見可能性の有無の認定が厳しすぎ、極端に言うと、企業などは「過去に同様の事故が起きていなければ、危険性を認識できない」と考えているかのようだ。むしろ、安全対策にまじめに取り組むと「事故が起きる危険性を認識していたから対策に取り組んだ」とされて不利になり、対策を怠るほうが「危険性を認識していなかった」として罪が問われないのではないか。 
 
 福知山線列車脱線事故裁判で、山元社長や歴代3社長が無罪とされたのは、「危惧感説」ではなく、「具体的予見可能性説」によって、予測すべき範囲が確実なものに限定されたたためです。また、成立要件が厳格であればあるほど望ましいということになると、過失犯の成立範囲はどこまでも縮小してしまうことになるでしょう。「具体的予見可能性説」の「具体」性も、実際には解釈に相当の幅がある概念なのに、JR函館線でまったく類似の脱線事故がすでに発生していたことも、裁判所は確実な予測の根拠としては不十分であると切り捨てて、具体性の範囲を極限と言えるほどに縮小して解釈しています。 
 その結果、一般の常識とまったく違った判断になっています。民間企業は危険な業務を行う場合、「具体的な予見可能性がなければ事故が起きてもしかたがない」というような考え方で事業を展開していません。万が一にも事故が起きないよう、あらゆる事態を想定して対策を行っています。安全上の「予見による認識」とは、100%ではなく、50%から70%程度の確率で判断するものです。今回の3社長裁判において、「曲線における危険認識」は50%から70%程度はあったと認めるべきです。まったくなかったと言うのは不自然です。少しでも認識があったとしたら追及されるため、防衛線を張っているだけとしか思われません。安全に関する事故は「具体的予見可能性説」ではなく、社会一般の常識に近い「危惧感説」で判断するべきです。 
 
 組織を罰するための法制化が必要と考えます。乗客106人が死亡し、500人以上が負傷するという大事故であっても、直接の原因者(運転士)だけの責任となり、会社あるいは役員の責任は問えていません。 
 現在の日本では、業務上過失致死傷罪において、個人責任は問えますが、組織責任を問う法律の条文は存在しません。ですから、組織の責任は原則として問えません。山崎裁判の判決では、「組織としての鉄道事業者に要求される安全対策という点からみれば、本件曲線の設計やJR西日本の転覆のリスクの解析及びATS整備の在り方に問題が存在し、大規模鉄道事業者としてのJR西日本に期待される水準に及ばないところがあったといわざるを得ない。」としていました。 
 組織として安全管理が低レベルだったことが、事故発生の一因であったとは認めていますが、判決としては組織責任は問えていないのです。 
 
 
 大森が主張するように、「企業の幹部個人の責任は問えない」ことには問題がある。また、会社という法人組織に対する責任が問えないことにも、大きな問題があると言わざるをえない。 
 
 
 現在、「ブラック企業」と呼ばれる法人組織がある。日本の労働環境は依然として劣悪である。大企業においても、「ブラック企業」は少なくない。 
 つい先日、電通の劣悪な労務環境が明らかになった。毎日新聞(2016年10月7日)の早川健人記者は次のように伝えている。 
 
 広告代理店最大手・電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24歳)が昨年末に自殺したのは、仕事量の著しい増加で残業時間が急増してうつ病を発症したためとして、東京労働局三田労働基準監督署は労災と認定し、労災保険の支給を決定した。遺族代理人らが7日、明らかにした。昨年10月9日から1カ月間の時間外労働は約105時間で、その前の1カ月間の約40時間から2.5倍以上に増えていた。 
 高橋さんは昨年4月に入社し、インターネット広告を担当。試用期間だった9月末まで残業は「遅くとも午後10時まで」と決められていたが、10月以降は業務が大幅に増加し、12月25日に東京都内の社宅から投身自殺した。労基署は11月上旬にうつ病を発症し、業務をこなすのに多くの労力が必要な状態になっていたと判断した。決定は先月30日付。 
 遺族代理人の川人博弁護士によると、電通は、社員本人が作成する「勤務状況報告表」の時間外労働が月70時間を超えないよう指導していた。高橋さんは10月に「69.9時間」、11月に「69.5時間」と記載した。 
 電通では1991年に入社2年目の男性社員が過労で自殺し、遺族が提訴。2000年に電通が損害賠償と謝罪をすることで和解している。 
 
 
 毎日新聞(2016年9月24日)は、電通がネット広告で掲載期間などを偽り、2億円余り過大請求をしたことを明らかにしている。 
 
 広告代理店最大手の電通は9月23日、インターネットの企業広告を契約通りに行わず、広告主に対する過大請求など不適切な取引があったと発表した。現時点で不正が疑われるのは、広告主111社から受注した633件で、取引総額は約2億3000万円に上る。同社の中本祥一副社長は記者会見で「ご迷惑をおかけし申し訳ない」と陳謝。過大請求分は全額、返金する方針だ。 
 
 不正があった広告は、インターネットの画面に帯状に表示される「バナー広告」や動画が流れる「動画広告」など。検索実績などをもとに、関心のありそうな広告を表示する仕組みだ。広告主との契約で掲載期間などが決まっているが、契約とは異なる期間に掲載されていた事例が散見されたほか、まったく掲載していないのに契約金額を請求していた悪質なケースも14件、約320万円分あった。 
 
 
 
 電通は一例であり、文字通りの「氷山の一角」である。 
 資本主義社会の企業法は経営者と投資家を擁護するものになっている。低賃金、長時間労働、無保険労働、労働組合活動の妨害など、「労働者」をこき使っていることが堂々と社会的に容認されているのが現状だ。「基本的人権」が日常的に侵害されているのである。それのような現状を労働者自身が十分に認識していない。一人一人の労働者、バラバラの個人に分断された労働者は自分の人権を守ることも困難になる。 
 資本主義の本質的な無道徳性をあきらかである。資本主義と賃金奴隷制を廃棄することは人類史の課題である。人権獲得の歴史は人類の戦いの歴史である。 
 
 さしあたりは、刑事罰だけに限定するのでなく、民事での裁判闘争も行い、懲罰的な損害賠償を獲得することによって企業の責任を問うという戦い方もある。いろいろな戦い方がある。知恵を出し、いろいろと工夫をして戦いを継続していかなければならない。 
 
 私たちはおかしいことはおかしいと主張し、抗議し、弾劾し、戦い続けていくしかない。 


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