2016年11月03日16時15分掲載  無料記事
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社会

毛髪1本でがん検診   谷克彦 (数学月間の会 世話人)

■毛髪1本でがん検診 
 
毛髪は約1cm/月の割合で伸びます.15cmの長さの毛髪ならその中に15ヶ月間の健康状態の記録が残されているはずです.毛髪中に含まれるいくつかの元素(カルシウム,ストロンチウム,カリウム,ナトリウム,など)の分布状態(濃度変化の記録)を調べて,がん検診(特に乳がん)ができるという新手法を,千川純一先生(ひょうご科学技術創造協会)が,2003年からSPring-8で研究を始め,結果を2015年に論文発表しています.毛髪1本を抜いて送れば,がんの検診ができるとなると画期的ですね.この検査は人体への負荷や危険は全くありません.現在,病院の先生方と協力して多くの臨床例を集め,実証研究を進める段階にあります. 
 
■測定方法 
 
毛髪1本(直径は100μm程度)に放射光X線を照射し,毛髪のX線照射点から出てくる蛍光X線を観測することで,その点に含まれる元素を検出することができます.そのとき観測されるバックグランドは,毛髪母体のタンパクによる散乱X線ですから,蛍光X線のピークの強度Pを,バックグランド強度Sで規格化したもの [X]=P/S を定義すると,これは,そのピークを与えた元素の濃度指標になります.この値は毛髪の太さや形状によらない値です. 
 
■放射光X線 
 
SPring-8というのを聞いたことがありますか.姫路にある大きな共用施設で,周囲1.5kmほどの真空なリング内を電子を走らせます.正確に言うと電子の軌道は多角形で,偏向磁石のある角々で曲げられ,その時その場所から強いX線が放射されます.実験室のX線源の輝度を1等星の明るさとすれば,SPring-8放射光は太陽の輝度に相当します.放射されたX線は指向性がよく広がりませんので,スポットに絞って照射でき,小さい場所の微量分析に威力を発揮できます. 
 
■発がんするとイオンチャンネルが阻害される 
 
細胞外液(血清)から細胞への各種イオンの取り込みは,細胞膜のイオンチャンネル開閉で制御されます.血清から毛根の細胞への各種イオンの取り込みも同様です.毛根細胞に取り込まれた各元素は.成長して行く毛髪中に記録されて行きます. 
細胞にカルシウムが不足すると,副甲状腺ホルモンPTHが分泌されて,細胞のカルシウムチャンネルが開きカルシウムを細胞に取り込みます.イオンチャンネル開はデジタル的(PTHが細胞の受容体に付着するたびにパルス的にチャンネルが開く)に行われるそうです.がん細胞からは副甲状腺ホルモン関連タンパクPTHrPが分泌され,これは,細胞のPTH受容体にPTHの1,500倍も長く滞在するので,カルシウムチャンネルの開閉が阻害されるということです. 
 
■がん判定の仕組み 
 
正常な人は,カルシウムイオンチャンネル開の時は,毛髪中のカルシウム濃度は50(単位は,上記の濃度指標),カルシウムイオンチャンネル閉の時は,10です.がんが発生すると分泌されるPTHrPにより,イオンチャンネル機能が阻害されるために,カルシウム濃度が50と10の中間値を数ケ月かけてゆっくり低下します. 
毛髪中のカルシウム濃度変化のこのようなパターンを検出することにより,初期の乳がんの発見ができます.他の腫瘍マーカーには現れない初期がんも検出できる可能性があり,今後の検体数を増加した実証研究が期待されています. 
 
 
谷克彦(数学月間の会 世話人) 
 
 
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