2016年11月23日21時10分掲載  無料記事
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検証・メディア

ブルキニ騒動で私たちが聞き逃したこと  シャードルト・ジャヴァンによる「共和国にかかったベール」 Chahdortt Djavann (翻訳・紹介 Ryoka 在仏 )

   今年の8月、フランスは「ブルキニ(イスラム教徒の女性のためにデザインされた水着)」の話題で持ちきりでした。日本でも大手各紙を始めとするあらゆる媒体が報道したので、日本人の多くが地球の裏側で起きた“騒動”に注目していたと思います。 
 
  ただし、大々的に伝えられたとはいえ、明らかに間違った報道、または誤解を生む報道が多かったのが実情です。まず、シャルリー・エブドの風刺画論争でもそうだったように、「イスラム教徒は被害者、そしてフランス人は加害者」という構図を読み手に押し付け、まるでフランス人全員が差別主義者でイスラム教徒は全くの無実だと思わせる書き方が散見されました。実際のところ、フランス国内では政治家の間でも、国民の間でも意見が分かれ、特に与党の社会党内で意見が真っ二つに割れていました。にも関わらず、それを報道した媒体はほとんどなかったのです。 
 
  そしてもう一つ、これはフランス国内でも同じことが言えるのですが、イスラム教を自己弁護するムスリムばかりが注目され、棄教した元イスラム教徒の声が聞かれることは滅多にありません。“元イスラム教徒”と言っても、日本人には馴染みがないかもしれませんが、生まれたときに自動的にイスラム教という信仰が与えられるイスラム教徒の中には、大人になってから自身の信仰に疑問を持つようになるケースがあります。ただし、イスラム教では棄教することが禁止されていて、やめることは命を危険にさらすことに値します。 
 
  イスラム教諸国においては彼らの居場所はないに等しく、実名で意見を述べるなどもってのほかで、匿名でブログなどを開設しても住居を突き止められたり、最悪の場合には殺されてしまう、ということが各地でまかり通っているのが現状なのです。自分の命を守るために残された選択肢はただ一つ、それは棄教が許され、表現の自由が保障されている国に亡命すること。その結果、フランスを亡命先に選び、フランスから意見を発信している元イスラム教徒は少なくありません。 
 
  そのうちの一人で、1993年の渡仏以来、精力的に執筆活動を続けているイラン出身の作家・シャードルト・ジャヴァンChahdortt Djavannが、ブルキニ騒動について、元イスラム教徒らしい辛辣ながら的確な意見を述べていました。ブルキニ騒動から随分時間が経ってしまいましたが、本人の承諾を得ることができたので、翻訳文を紹介します。日本では滅多に報道されない貴重な意見です。是非ご一読を。 
( Ryoka 在仏ブロガー ) 
 
 
 「共和国にかかったベール」 
 
2016年9月14日 
シャードルト・ジャヴァン 
 
  私は、フランスの国務院(コンセイユ・デタ)が≪個人の自由≫を保障することにしたブルキニについて、長い間口を閉ざしてきた。この場合の自由は、何を意味するのだろうか?裸体主義者(ヌーディスト)は一般のビーチを自由に行き来することができるだろうか?できないはずだ。ところが国務院は、≪公共の秩序を乱さない≫範囲でイスラム主義を見せびらかしたい者たちに対して、より寛容な態度を示した。ブルキニは、無頓着にも上の空にも起因しない、露出癖の一つだというのに。 
 
  イスラム主義者たちにとっては絶好のタイミングだ。オランド大統領は4月15日、テレビで≪(イスラム教徒の女性が被る)スカーフは問題ではない。それをどう着用するかが問題だ≫と発言。その五日後の4月20日、イスラム主義者たちは、パリ政治学院で≪Hijab Day(ヒジャブ(スカーフ)の日≫を祝った。 
 
  そして7月14日に起きた惨いテロの後、同じニースの地、殺戮の街の近郊に、ブルキニを来た女たちがこれ見よがしに現れた。ブルキニをひけらかす彼女たちが本気で慎ましさを追求しているのならば、水泳帽を被って普段のTシャツとズボンで現れたはずだ。しかしそれでは政治的なインパクトが得られない。これらは、オランド大統領を始めとするフランスの政治家たちが直視しようとしない、久しく続くイスラム主義の攻勢の一環であり、ブルキニを前面に押し出したれっきとした挑発行為の一つである。 
 
  そもそもが彼女たちの目的が≪慎ましさ≫を求めることならば、裸体主義者と同様に、人気のないビーチに行ったはずだ。なぜならイスラムの道義は、女性が男性に自身の身体や髪を見せることだけでなく、女性が男性の裸体(上半身裸も含む)を見ることも禁じているからだ。サウジアラビアやイランでは男女混合のビーチは(一般的な)法律を代行するシャリーアで禁止されています!よって、彼女たちの関心は慎ましさの保持などでは全くなく、西洋的な生活に対する拒絶を宣言し、国民感情の対立を悪化させ、極右の台頭ゲームに興じることに他ならない。オランド大統領の密かな願いは、次回の大統領選(2017年5月)の決選投票でマリーヌ・ルペン(極右の党首)と一騎打ちになること。それが唯一の再選のチャンスなのだから。 
 
  自身が選んだ大臣たちにことごとく愛想をつかされ、大多数のフランス国民に大統領選への再出馬を嫌がられても、フランソワ・オランドはまだ、理屈では不可能とも言える景気回復という切り札に望みを託す。そのためには、イランのムッラー(イスラム聖職者などの呼称)たちの援護が欠かせない。あともう少しイランとやりとりすればフランスの懐が潤うだろう。そう考えたオランド大統領は、元妻で現環境大臣・セゴレーヌ・ロワイヤルをイランに送った。彼女はスカーフを被っていた(※)。被り方はどうだっただろう?大統領のお気に召しただろうか? 
 
(※2016年8月28日、チャドルを着たイランの女性副大統領と一緒に共同記者会見をするスカーフを被ったロワイヤル氏の姿がフランスの20時のニュースに映し出された。) 
 
  一方、≪(政府内の)歩調を合わせましょう≫と呼びかけながら、作り笑顔で社会党政権の広報を務めた我らの教育大臣(Najat Vallaud-Belkacem)は、自らに影を落とす首相・マニュエル・ヴァルスを、あと8か月で追いやりたいオランド大統領の専属広報に成り代わった。彼女は、国務院の判断が出るのを待たずして、ブルキニの着用が増えていることには触れずに、ブルキニが複数の自治体で禁止されたことをラジオ番組で非難した。ブルキニ禁止条例は彼女にとって、≪個人の自由を侵害することになりかねません。ある服装が道徳的に適しているかなど、一体どこまで点検したら気が済むのでしょう?このままでは差別的な発言を開放してしまいます≫。9月7日付けの週刊誌・L'Obsのインタビューでは更に、ヴァルス首相が反対しオランド大統領は認めたい“大学におけるスカーフ着用”に関して次のように発言、≪そもそもがフランス社会は、イスラム教徒を恨めしいと思う気持ちが行き過ぎて閉塞的なアイデンティティーにこだわりすぎです≫。あろうことか、イスラム教徒以外の5千500万人のフランス人を槍玉に挙げてしまった。思い込みで世の中が平静を取り戻せば苦労しない。 
 
著作権 Copyright : Chahdortt Djavann 
(CHARLIE HEBDO n°1260 14/09/2016) 
シャルリ・エブド(2016年9月14日号)から出版社・著者の了解を得て翻訳転載 
 
 
※ Chahdortt Djavann シャードルト・ジャヴァン 
 
 1967年イランに生まれる。教育熱心な父親の影響で読書に没頭する年少期を過ごすも、1979年のイラン革命後、本を没収され、コーランを読むこととスカーフを被ることを強制される。1980年、体制に反対したところ、わずか13歳で投獄される。1993年渡仏。独学でフランス語を習得し、大学で心理学と人類学を学ぶ。博士論文を書き上げることなく執筆活動開始。リベラシオン紙、ルモンド紙、フィガロ紙などに寄稿する。イスラム原理主義批判を中心に著書多数 
 
 
■フランスで命を狙われるタイ人たち    Ryoka (在仏ブロガー) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201611042136275 
 
■イタリア人の映画監督がイタリア中部アマトリーチェ地震の被災者らをパスタにたとえた風刺画を読み解く 〜母に捧げる風刺画の読み方〜 Francesco Mazza(翻訳 Ryoka) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201610200811454 
■シャルリー・エブドはなぜイタリア人被災者をラザニアに例えたのか 〜 風刺漫画について〜 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201610161954160 
■シャルリー・エブドのシリア難民を扱った風刺画について 〜批判に対する作者RISSの反論〜 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201510021439525 
■不可解な風刺画掲載本 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201503112107253 
■シャルリー・エブドは難民を馬鹿にしているのではない 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509161922143 
■拝啓 宮崎駿 様 〜風刺画について〜 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201503102218542 
 
 
■「日本 川内原発が3・11のトラウマを呼び覚ます」 社会学者 セシル・浅沼=ブリス Cecile Asanuma-Brice (翻訳・紹介Ryoka) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201604221513295 
■フランスの原子炉相次いで停止、電力不足の懸念も   Ryoka (在仏ブロガー) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201610200750554 


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