2016年12月17日13時30分掲載  無料記事
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国際

欧州連合と東アジア共同体構想  鳩山政権がつぶされた理由を今一度考える

  今、欧州連合は設立以来最大の危機に瀕しています。その始まりはギリシアの財政破綻に端を発するユーロ通貨危機と、アメリカ発の不良債権を欧州の諸銀行がロンドンのシティにある金融機関を介して大量に買い付け、リーマンショック前後から金融危機に陥り、欧州でも日本の90年代と同様の事態に陥ってしまったことがあります。こうした経済危機に加えて移民の問題も浮上し、さらに欧州連合という組織のあり方自体も疑問視されてきています。様々な国のロビイストが欧州委員会に参画して非民主主義的な方法で政策に圧力を加えてきたからです。こうしたいくつかの問題が今、どっと同時に浮上して今まで抱いていた不満が一気に爆発しそうな勢いです。 
 
  欧州連合不要論の論客の一人がフランスの歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏です。欧州連合はドイツが一人勝ち(図らずも)する構図になってしまっていて、フランスのオランド大統領は経済覇権国家としてのドイツのメルケル首相の副首相になりさがっていると批判しています。経済優等生のドイツはユーロに加入することで通貨価値を下げることができ、輸出に有利になっている。(その反対にギリシアのような経済的に発展途上の国々はユーロに加入したことで通貨価値が実力以上に上がり、輸出が不利になっています)ギリシアはドイツの声が強い欧州連合から緊縮策を強いられた結果、公務員の削減などの余波で失業者が増え、ドイツへの出稼ぎ労働者になっていると報じられています。 
 
  エマニュエル・トッド氏は欧州連合はなくても欧州の平和も欧州の国家相互協力も可能だから、と欧州連合はなくてもよいという持論を展開しています。このようなトッド氏の考え方は英国が欧州連合離脱を国民投票で決めたあのBrexitまでは極論のように見えていましたが、米大統領選でアメリカ一国主義を掲げるドナルド・トランプ氏が当選して以来、先見の明があったとして注目が集まってきています。そして、トッド氏は欧州連合がその発足の起源にあった仏独間の戦争原因の除去=国境地域の資源(石炭・鉄鋼)の共同管理=はもう過去であり、欧州で戦争が起きることなどありえないと言っています。 
 
  欧州で戦争が起きることはあり得ない、ということはそれほど自明なのだろうか、というのが私が抱いた疑問です。というのは二度の世界大戦だけでなく、近代以前も含めて欧州では限りなく戦争が行われてきたからです。そして近代以後は兵器の発達があり、戦争によるダメージは中世の戦争とはけた違いに大きくなって絶滅の危機すら孕んでいるのではないでしょうか。トランプ氏はそんな中で「ドイツが核兵器を持っても構わない」と言っているのです。近年、欧州連合域内で戦争が起きたのは90年代のコソボ紛争で、この時は民族と宗教が背景になって悲惨な内戦になったことは未だ記憶に新しいところです。トッド氏が自ら述べているようにフランスとドイツは文化も異なり、同じ政策を掲げること自体に無理があります。しかし、だからこそ平和が実現できる大きな構想が必要だったとも言えると思います。筆者がこのような疑問を抱いたのは〜実はトッド氏の説は貴重な示唆に富んでいて否定しがたい魅力を持っていながらも〜少なくとも大陸側の欧州人の中に、欧州連合を守りたいと思っている人が少なからず存在しているということ自体にあります。先日、インタビューをしたフランスの環境政党連合であるEELVの地方支部長も欧州連合には問題があって改善することが必要だが、欧州連合は維持する必要があると述べていました。 
 
  欧州連合危機はアジアにおいては東アジア共同体構想がその構想段階で米国の介入でつぶされてしまったことを思い出させるものです。東アジア共同体構想もその発想の起源は東アジアで戦争を二度と起こさない仕組みの探求だったはずです。そしてユーロと同様、東アジアでも共通通貨を探る試みもありました。こうした経済的、政治的なアメリカとは別個の枠組みはともにアメリカが国策的に許容できないものでもあります。 
 
  欧州連合のような国家を超える地域の枠組みを設定する場合は以下のようなことが要素として出てきます。 
 
・領土紛争回避のため係争中の国境地域の資源の共同管理 
・共通通貨構想 (ドルへの対抗のため) 
・経済的な共通基盤の育成と経済危機の際の助け合い 
・人の移動の自由化 
・歴史認識をできるだけ共通に持つようにする 
  (過去の戦争責任や史実を明らかにする) 
 
  これらの中には試行錯誤の中で、問題点が浮上しているものもあります。その最大のものは国家群の枠組みに入った時に、いかにそれぞれの国家の自決性や独自性を維持できるかということでしょう。 
 
   鳩山政権が東アジア共同体構想を掲げて2009年に選挙で勝って首相に就任した時、激しい巻き返しが行われ、アメリカとのつながりを優先したい外務官僚もサボタージュしたとされ、結果的に鳩山首相は辞職を余儀なくされました。このことは欧州連合危機と無縁と見てよいのでしょうか。欧州連合には統治構造上の問題と、経済構造上の問題とが2つ大きくあり、そこがギリシアというトロイの木馬的な新規加盟国を足掛かりとしてアメリカに攻め込まれ落城しつつある、という仮説もあります。財政問題だらけのギリシアに財政難をごまかして欧州連合加盟基準を満たす知恵を授けたのはアメリカの国策銀行と言っても過言ではないゴールドマンサックスでした。ゴールドマンサックスからはロバート・ルービン元財務長官やヘンリー・ポールソン元財務長官といった財務長官が出ていますし、今回、トランプ政権で財務長官に起用されたスティーヴン・マヌーチン氏もゴールドマンサックスの元幹部でした。 
  さらに今年、かつての欧州委員長だったジョゼ・マヌエル・ドゥラン・バローゾ氏がゴールドマンサックスに天下っています。欧州委員会幹部のゴールドマンサックスへの天下りはバローゾ氏に限りません。実は欧州委員会は民主的に選ばれた欧州議員よりはるかに巨大な権力を持っていて、欧州委員会の幹部たちは退職後しばしば自分たちが管轄していた様々な産業分野の大企業に天下っています。これは霞が関の官僚が天下りするのとまったく同じ構造です。そういうことも欧州人たちのプライドや欧州連合への誇りを傷つけているのです。とはいえ、いくつも問題があるから欧州連合は不要だと言い切れるのか、そこはそれほど簡単ではないように感じられます。 
 
村上良太 
 
 
■BBC「仏閣僚 バローゾ前欧州委員長のゴールドマン・サックス入りを非難」 
http://www.bbc.com/japanese/36791269 
 
■クリントン氏、ウォール街を賞賛する非公開講演 ウィキリークスが暴露 
http://www.huffingtonpost.jp/2016/10/08/clinton-wikileaks_n_12408366.html 
 
■そもそもなぜギリシャはユーロに加盟できたのか? 
http://blogos.com/article/40173/ 
 
■ヨーロッパエコロジー=緑の党(EELV)地方支部長に聞く 〜その3〜 来年のフランス大統領選とBrexit (英国のEU離脱 )について Interview : Nadine Reux, Secretaire regionale EELV Rhone-Alpes 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201611111331235 


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