2016年12月19日01時40分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201612190140401

コラム

現代人が筆をとるとき 〜なぜ書くことを人に勧めるのか〜

  日刊ベリタに書くようになっておよそ8年が過ぎました。最初は公の世界に自分の拙い文章を投じることに不安を感じていた筆者は、今では編集者の1人として他人に書くことをお願いする日々を送っています。その中には本職の作家もいれば、書くことは本業ではなく他に仕事を持っている人もいます。そして、日本ばかりでなく、海外の人にも、様々な大陸の住民にもベリタに書いて欲しい、とお願いをしています。僕は本業の物書きではありませんし、作文指導をする教師でもありません。ならば人に勧める資格があるんだろうか・・・ 
 
  いったいなぜそんな自分が人に書くことを勧めるのだろう、と考えてみました。ベリタの編集業務で1円の報酬も得ていませんので、クリック数が増えようと減ろうと、原稿本数が日に何本であろうとそれで収入が増えるわけではないのです。それでも人に書くことを勧める理由はその人について僕がもっと知りたい、と思っていることが理由としてまずあります。そのことはソーシャルメディアの発達した現代では「いいね」マークとか、2〜3行でしか意見表明のない時代に「なぜそうなのか、もっとがっつり教えて欲しい」という欲求不満を僕が抱えていることによります。これは僕自身の中の動機です。 
 
  現代はマスメディアの言説が大きな影響力を発揮していて、それへの人々の賛否があったとしてもその言論の対象は多くの場合マスメディアが提供しており〜博打に例えると博打の胴元をメディア産業が握っているということになります。ルールとか、場を産業界が設定していて、その枠の中でしか言論が許されないような印象を持ってしまうのです。本当はもっと人間は多彩であり、自由であり、もっと様々な考え方や観察があるのではないか、と思えるのです。自分自身の発想を突き詰めていくと必ずどこか他者と違ってくるものです。書くことはそのプロセスであり、石を積み上げていくようになぜ自分がそう考えるかを明らかにしていく絶え間ないプロセスに他なりません。つまりは個というものの物語は書くことによって初めて獲得できるのではないだろうか、と思っているのです。 
 
  自分自身の考えを持つ、ということは自分の物語を奪い返すという意味を持つのではないでしょうか。でないと、収入●百万円とか、偏差値●とか、派遣か社員かとか、どこの大学の出身者か、などそうした属性とか数字で人は判断され、判断されるその人自身も自分を規定してしまいかねません。(僕はそういう一切が単なる妄想だと考える人間です)そこに日々マスメディアの情報や意見が大量に浴びせられます。そして販売部数や「いいね」の数が多ければそれは無条件に素晴らしいのだ、という風に判断しがちです。すべて自分の心の核ではなく、その外側を取り囲む産業界の常識から自分が規定されていく構造になっています。まるで心の中に見えない検閲官がいて、社会が押し付ける役割に反する言動は控えるように目を光らせているかのごとくです。このことはいわゆる「下流」と称される人々だけでなく、「上流」の人々自身も縛り付けるものです。 
 
  これはミヒャエル・エンデの物語に例えるなら、現代人は普段から自分自身を盗まれる「自分泥棒」の被害に遭っているのです。だからこそ自分を取り戻すために書くのです。リツイートぐらいでは取り戻せるはずはありません。「いいね」マークぐらいではほとんど何も語ったことにはならないと思います。自分という存在は〇か×かで選択していくセンター試験のようなものではないと思います。 
 
  哲学の祖の一人、ソクラテスは「あなたの考えはつまりこういうことですか?」と町の議論の場で人に問いかけ、質問をしながら、その人の考えの核をつかもうとしていたと言います。その人の考えが誤っている場合もあれば正しい場合もあったでしょう。いずれにしてもソクラテスが質問を浴びせてその人に考えを掘っていってもらうことで、より考えを深化させることができたはずです。そして、書くということは書く人自身が自分の中にソクラテスをもって、書きながら自分自身の思考を発展させていくことだと思います。 
 
 
村上良太 
 
 
■パリの「立ち上がる夜」 フランス現代哲学と政治の関係を参加しているパリ大学准教授(哲学)に聞く Patrice Maniglier 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201605292331240 
■「レ・タン・モデルヌ誌」(Les Temps Modernes) サルトル、ボ―ヴォワール、メルロー・ポンティらが創刊 今も時代のテーマを取り上げる パトリス・マニグリエ(Patrice Maniglier パリ大学教授・哲学者) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201606241454415 
■私はなぜ刑務所の民営化と闘ってきたか  元受刑囚で「刑務所法律ニュース」のジャーナリストに聞く  Interview : Alex Friedmann , Managing Editor of "Prison Legal News." 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201612081813454 
■日本のアニメで育った第一世代のフランス人漫画家アレクサンドル・アキラクマさん Interview : Alexandre Akirakuma   日仏に共通する騎士道物語への郷愁 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201612160557175 
■イタリアの第一線のイラストレーター Davide Bonazzi (ダヴィデ・ボナッツィ) 氏のインタビュー 錯綜する世界をシンプルに表現して訴える 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201611091247583 
■作家ジャン=フィリップ・トゥーサン氏にインタビュー  〜衝撃的デビュー作「浴室」はどのようにして生まれたのか?〜 Interview : Jean-Philippe Toussaint 'How the masterpiece, " La salle de bain " was born ? " 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201611101342434 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。