2017年01月17日14時35分掲載  無料記事
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人権/反差別/司法

平成の治安維持法・共謀罪法案の国会提出に反対しよう!  弁護士・海渡雄一

■通常国会へ提出必至の情勢 
 
  昨年8月、朝日新聞が臨時国会への提案を検討と報じた。その発信源は法務省ではなく、官邸である。政府は、9月に臨時国会への法案の提案はひとまず断念した。1月4,5日官房長官と首相がそろって、法案の国会提案を最終調整中と報じた。私たちは、通常国会の予算明けには必ず提出されると見て反対の動きを準備しなければならない。 
 
  提出予定とされる法案では、「組織犯罪集団に係る実行準備行為を伴う犯罪遂行の計画罪」(以下「新法案」という)を新設し、その略称を「テロ等組織犯罪準備罪」とする。新法案を2003年の政府原案と比較すると、適用対象を「団体」とされていたものを「組織的な犯罪集団の活動」とし、団体のうち,その結合関係の基礎としての共同の目的が死刑若しくは無期若しくは長期4年以上の懲役若しくは禁固の刑が定められている罪等を実行することにある団体をいうと定義された。 
  また、犯罪の「遂行を二人以上で計画した者」を処罰することとし、「その計画をした者のいずれかによりその計画にかかる犯罪の実行のための資金又は物品の取得その他の当該犯罪の実行の準備行為が行われたとき」という要件を付した。対象犯罪の範囲については、自民党と公明党の間で協議が続いている。 
 
  しかし、ここに示されている修正は、対象犯罪の限定を含めて、もともと条約が適用対象を制限するために認めていた条件を具体化したものであり、また2006年に第三次与党修正案(以下「与党修正案」という)としてまとめられていたものとほとんど変わらず、何ら目新しい提案ではない。 
 
■なぜ共謀罪に反対してきたのか 
 
  どのような行為が刑罰の対象とされるかを定める要件を犯罪の「構成要件」と呼ぶ。刑法は犯罪構成要件にあてはまり、正当防衛などの違法性を否定する事由や心神喪失などの責任を否定する事由がない場合に、人を処罰すると定めている。つまり、犯罪構成要件に当たるような行為をしない限り、人は処罰されることはない。犯罪構成要件は、国家が刑事司法を通じて市民社会に介入するときの境界線を画すものといえる。近代刑法の父とされるアンゼルム・フォイエルバッハの言葉とされる「法律なければ犯罪なし、法律なければ刑罰なし」は罪刑法定主義と犯罪構成要件の人権保障機能を端的に表している。 
 
  約600以上の犯罪について共謀の段階から処罰できる「共謀罪法案」の本質的危険性は、この境界線である犯罪が成立する要件のレベルを大幅に引き下げ、どのような行為が犯罪として取締りの対象とされるかをあいまいにし、国家が市民の心の中にまで監視の眼を光らせ、犯罪構成要件の人権保障機能を破壊してしまうところにある。 
 
■盗聴捜査の拡大を招く危険 
 
  共謀罪は人と人との意思の合致によって成立する。したがって,その捜査は,会話,電話,メールなど人の意思を表明する手段を収集することとなる。そのため,捜査機関の恣意的な検挙が行われたり,日常的に市民のプライバシーに立ち入って監視したりするような捜査がなされるようになる可能性がある。既に産経新聞は8月31日の「主張」において、「(共謀罪)法案の創設だけでは効力を十分に発揮することはできない。刑事司法改革で導入された司法取引や対象罪種が拡大された通信傍受の対象にも共謀罪を加えるべきだ。テロを防ぐための、あらゆる手立てを検討してほしい。」とまで述べている。 
 
■秘密保護法には既に共謀罪が導入されている 
 
  私たちは、2013年12月に成立した「特定秘密保護法」が市民の知る権利を制限し、国にとって不都合な事実を明らかにする内部告発やこれを報ずるジャーナリズムに大きな萎縮効果をもたらし、民主主義の機能不全をもたらすことを指摘してきた。この秘密保護法にも、共謀や煽動を罰する規定が既に盛り込まれていた。秘密保護法違反の共謀罪が通信傍受(盗聴)の対象とされれば、政府の違法行為や腐敗を暴く内部告発・調査報道は極めて困難となる。 
 
■組織犯罪集団の関与を要件にしたら大丈夫? 
 
  旧法案では、適用対象が単に「団体」とされていたが、新法案では、「組織的犯罪集団」とされ、その定義は、「目的が長期4年以上の懲役・禁錮の罪を実行することにある団体」とされる。しかし、もともと適法な会社や団体でも、犯罪を犯したときに、共同の目的があれば、組織犯罪集団という認定は可能である。その認定は一次的には捜査機関が個別に行うため、法律の解釈によっては処罰される対象が拡大する危険性が高い。 
  例えば、いま高江ではヘリパットの建設に抵抗して、市民が座り込みを続けているが、これに対して警察は全国から機動隊を動員して警察権を濫用し、多数の市民を負傷させ、また不当逮捕・勾留している。原発の再稼働に抗議するような活動についても同様に組織的犯罪集団の活動と見なされ、摘発の対象とされる可能性がある。このような行為を未然に一網打尽にする意図が今の政府には明らかに存在している。政府の修正によって、人権侵害の危険性が除かれたとは到底評価できない。 
 
■準備行為を要件としても、曖昧さは解消されない 
 
  「新法案」では、冒頭で述べたように、準備行為を処罰条件とした。しかし、預金を下ろしたり、メールを送っても準備と言われかねない。十分に限定されたと見ることはできない。合意の成立だけで犯罪の成立を認めた当初の政府案は、あまりにも犯罪構成要件が広汎かつ不明確であって、刑法の人権保障機能を破壊しかねず、条約に「悪のり」したものであっただけで、新法案による修正は当然のことをしただけであるといわざるをえない。 
 
■共謀(合意)の対象となる犯罪としての「重大な犯罪」を限定したら 
 
  旧政府案では、条約の規定通り、「重大な犯罪」を「長期4年以上(の懲役又は禁固)」の犯罪としていた。対象犯罪が我が国では619(当時 現時点では676)に上った。民主党修正案では、「長期5年超」の犯罪に限定することとし、対象犯罪を約300(当時)に止めた。「新法案」では、この点は完全に政府案に逆戻りしている。2007年にまとめられた自民党の小委員会案ではいくつかの案を例示しているが、そのうちの一つの案では約140にまで絞り込んでいた。条約は、処罰の対象となる犯罪が刑罰の重さのみで規定されており,法定刑の幅の広い我が国の刑法体系にこれを形式的に当てはめたため、対象犯罪が多数に及んだ。公明党との協議で対象犯罪は半減されるとの報道もある(1月17日毎日新聞)。しかし、それでも自民党の小委員会案にすら及ばない。 
 
■1925年治安維持法制定時には濫用のおそれのない完璧な法案と宣伝された 
 
  今でこそ、治安維持法は稀代の悪法とされる。しかし、法制定の時には濫用の危険性のない完璧な法案と政府によって説明・宣伝された。このことは、共謀罪法案についての、現在の政府の説明の真偽を測る上で、重要な事実である。治安維持法は、国体の変革(天皇制を廃止し共和制にすること)と私有財産制度を否定すること(社会主義や共産主義が念頭に置かれている)を目的とする結社を取り締まることを目的とした法律である。 
  1925年法では、「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」が主要な内容であった。 
 
  ここで確認しておかなければならないことは、治安維持法は、天皇制と私有財産制を守ることを保護法益とし、これらに悪影響を与える組織団体を結成したり、これに加入することを犯罪としたことである。議会に提案された法案は、「国体若ハ政体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」とされていた。 
  政府は、「私有財産制度を否認する」は先行して国会に提案され、野党やメディアの反対によって廃案となった「過激社会運動取締法案」の定められていた「社会の根本組織の変革」よりはるかに狭く、「国体若ハ政体ヲ変革シ」は「安寧秩序紊乱」よりはるかに狭い、と説明した。 
また、「過激社会運動取締法案」には言論表現の自由を侵害する危険のある宣伝罪が盛り込まれていたが、これらの取締は、新聞紙法、出版法、治安警察法に譲り、結社の取締りに重点を絞ったと説明された。 
  さらに、過激社会運動取締法案と異なり、すべての犯罪は「目的罪」であり、「国体若ハ政体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ」為される行為に処罰を限定するので、警察の権限濫用は大幅に抑えることができると説明されたのである 。過激社会運動取締法案があまりにも広汎で限定を欠いていたことが、相対的に新たな治安維持法が限定されたもののように、見える効果を生んだのである。 
 
  議事録から、抜き出してみる。 
 
  「朝憲紊乱の中、国体と政体を根本から変革する、一応是だけを朝憲紊乱の中から抜きましたから、歩合で云いますと一二分の歩合の外ありませぬ。七八分は除外して新聞紙法、出版法以下の法律に依って、取締らなければならぬことになるのであります。 
  次に安寧秩序の問題であります。安寧秩序と申しますれば、申上げるまでもなく現今の法律関係、明文にありまする総ての法律関係、正に以上に法律の解釈から来た所の秩序問題にも這入る、洵に広いものです、それでありますから共俊之を移し来ったならば突に危険である、唯々備に私有財産の根本を破壊すると云うだけを持って来ましたから、安寧秩序は本当の一部です、単に一部です、一部持って来ただけです。」 
 
  と、こんな具合である 。 
 
  1924年、第二次護憲運動に伴って成立した護憲三派による第一次加藤高明内閣は、普通選挙を実現したほか、日ソ間の国交を樹立した。ソビエトと国交を結ぶ一方で、共産主義運動が国内に波及することを防ごうとする意図が立法の背景にあったと説明される。最近、中澤俊輔氏による「治安維持法 なぜ政党政治は「悪法」を生んだか」(12年 中公新書)が発刊された。この本には「稀代の悪法は民主主義が生み、育てた」という刺激的な帯が付されている。しかし、1925年の法提案時に、同書が正しく指摘するように、すでに「言論表現集会結社の自由を侵害する。合法的な改革まで不可能にする。穏健な社会主義や社会民主主義まで拡大適用されかねない」などの正当な批判がなされていたのであり(同書52−53頁)、治安維持法を民主主義が生み出したという見方は、警察・内務省と司法省などの治安機関などの働きかけと、前記のような議会に対する説得工作を過小評価しており、正確性を欠く評価といわざるを得ない。つまり、当時の議会の大勢は、司法省と内務省の練りに練った法案にだまされたのだと評価することが正しい歴史総括であるように思われる。 
 
  国連越境組織犯罪条約5条との関連では、治安維持法は、経済的な組織犯罪ではなく、政治的な団体を念頭に置いた参加罪であったといえる。ただ、その準備段階の行為を捉えて刑事規制をしようとしている点では、共謀罪と治安維持法には重大な共通点がある。そして、17年通常国会に再提案されようとしている政府新法案は、「あまりにも広汎な処罰範囲を網羅していた03年共謀罪法案を改め、準備行為を処罰条件とし、組織犯罪集団の関与を要件とし、さらに公明党との協議に基づいて対象犯罪を大幅に絞り込んで、濫用を防止することとした」と宣伝されている。このような宣伝方法も、1925年治安維持法と1922年過激社会運動取締法案の関係を彷彿とさせる。国民と国会は、決してこのような耳あたりの良い説明にだまされてはならない。 
 
■治安維持法と共謀罪との共通点と相違点 
 
  治安維持法は、日本共産党、その周辺団体、合法的無産政党から、大本教や創価学会、天理教、キリスト教などの宗教団体、学界、雑誌編集者、企画院のような政府機関にまで、その適用が拡大されていった。その過程をまとめることは別の機会に譲りたいが、治安維持法と共謀罪法案は、団体の構成員を処罰しようとする団体規制法であるという点で共通している。処罰範囲が拡大され、不明確になり、拡大適用すれば、体制に抵抗する団体に対する一網打尽的弾圧を可能にする手段となりうる点も、共通している。共謀罪は、処罰時期の前倒しそのものであるが、治安維持法における目的遂行罪、団体結成準備罪なども、処罰可能時期を早めるものであった。治安維持法は適用範囲が拡大する傾向が顕著であったが、共謀罪法案も、法案の起草時には、立法事実はなく、条約批准のためだけに必要と説明されていた。そして、法案の成立がテロ対策に必要不可欠とされるだけでなく、法案が可決される前から、産経新聞などは共謀罪の捜査のために通信傍受が必要などと言い始めており、適用範囲の拡大が既に始まっている。 
 
   相違点としては、共謀罪は具体的な犯罪の準備が処罰条件とされているが、治安維持法では、団体の結成・準備、目的遂行のための行為全体がすべて処罰対象とされた。しかし、治安維持法は国体変革・私有財産否認という目的限定があったが、共謀罪は、676にも及ぶ犯罪の実行を目的とする団体であればよく、目的面の限定はより希薄である。より拡大解釈の余地が大きいとも言える。 
   いずれにしても、共謀罪法案には、「平成の治安維持法」と呼ぶことのできる、広汎性と強い濫用の危険性が潜在している。このような共謀罪創設法案を成立させ、安倍政権の手に渡すことは、戦争への道を掃き清めるものと言うほかない。 
 
■条約批准のために共謀罪制定は不可欠ではなく、共謀罪法案の提案に反対する 
 
  このように、新法案は条約がもともと予定していた限定条項を盛り込んだだけであり、ほとんど限定とならない。むしろ、与党の修正案の段階からも大幅に逆戻りしている。越境組織犯罪条約については、日本政府は異常なほど律儀に条約の文言を墨守して、国内法化をしようとした。むしろ、一部の法務警察官僚は、批准を機に過去になかったような処罰範囲の拡大の好機ととらえた節がある。もしかすると、アメリカ政府との間で、アメリカ並みの共謀罪を作るという合意があったのかもしれない。 
 
  しかし、世界各国の状況を見る限り、日本の政府案のような極端な立法をした国はほとんど見つけられない。そもそもこの条約は各国の法体系に沿って国内法化されればよいのである。「共謀罪」新設法案は、わが国の刑事法体系の基本原則に矛盾し、基本的人権の保障と深刻な対立を引き起こすおそれが高く、また、導入の根拠とされている「越境組織犯罪防止条約」の批准にも、この導入は不可欠とは言えないとする立場を日弁連は確認してきた。日本の法制では、組織犯罪対策法や暴力団対策法など組織犯罪を未然に防ぐための多様な制度を備えているのであり、国連越境組織犯罪条約の批准にも、この導入は不可欠とは言えないとするのが、日弁連の立場だ(2006年9月14日日弁連意見書)。 
 
   政府が、10年前に成立させられなかった修正案よりも、さらに後退した「新法案」を出してくるならば、私たちはこれに真正面から反対の声を上げ、安倍政権の監視社会化を強め、人々を萎縮させ、民主主義を窒息させる野望を挫かなくてはならない。 
 
弁護士・海渡雄一 
 
 
 
 
■政府による言論封殺を導く「放送法遵守を求める視聴者の会」の広告を憂える その1 海渡雄一(弁護士・秘密保護法対策弁護団) 
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■政府による言論封殺を導く「放送法遵守を求める視聴者の会」の広告を憂える その2 海渡雄一(弁護士・秘密保護法対策弁護団) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201512010032562 
 
■海渡雄一氏の提起 特定秘密保護法廃止に向け、活動を始めよう 弾圧に向け1000人の弁護団をつくる 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201312071449266 


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