2017年01月30日13時43分掲載  無料記事
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リチャード・フロリダ著 「グレート・リセット」  アメリカの都市再生論 大不況の時代の中でこそ次代への飛躍が行われてきた・・・ ”The Great Reset " written by Richard Florida

   アメリカの刺激的な都市再生論である。2008年のリーマンショックで大不況に陥ったアメリカだが、過去の1930年代の大不況の時代でも、1870年代の大不況の時代でも、実はこういう時にこそ、社会を変える大きな変革が行われ、次代を作ってきた、というのだ。つまり、大不況になると人々は何とかしようともがき、ある人たちは都市を移動することによって産業の重心も変わり、都市も変わっていく・・・今回のリセットは30年代の大恐慌の時よりはるかに大きな変化となる可能性があるという。本書は7年前の2010年に書かれたから、その後、本書で萌芽を描いていた社会現象はどうなったのだろうか。 
 
  リチャード・フロリダ氏はトロント大学の教授だが、アメリカ出身者であり、扱われているものもカナダではなく、米国の産業であり、都市である。そして、本書の中で時代を変えていくであろう、現在進行中の重要な変化のトレンドをいくつか紹介している。 
 
・若者たちの車の所有に対する憧れがなくなりつつある 
 鉄道などの公共交通機関に対する要求が増えている 
 収入の減少や排ガスへの抵抗感も背景にある 
 
・都市間を結ぶ高速鉄道路線が将来のインフラ投資として 
 必要となっている。都市と都市が高速鉄道で結ばれれば 
 たとえば東海岸のボストン、ニューヨーク、フィラデルフィアといった周辺都市群が広域の1つの都市圏を形成し、そこにクリエイティブな様々な人々が集積され、新たな産業やビジネスが発展する可能性がある。こうしたクリエイティブな広域都市圏がどれだけ生まれるかが今後の鍵を握る。 
  現実を見れば、<都市が衰退し、インターネットで遠隔地域に人が分散される>というような傾向はない、とフロリダ氏は言っている。むしろ東京のように都市間にも住宅が建てられ、周辺まで人々が集まって来る可能性があるとしている。通勤時間で60分から90分くらいの鉄道圏が大きな都市圏として注目されてくるだろうという。 
 
・ラストベルトの製造業のような古い第二次産業から、サービス業へとシフトが行われている。サービス産業はこれまで比較的、生産性が低く、製造業に比べて付加価値が少なかったが、しかし、一部のサービス企業が顧客の需要に答える形で創造性を高めている。それらの企業は社員にも行き届いた社会保障を与えるなど、夢が持てる企業が生まれてきている。 
 
・これまで金融業への比重が高すぎ、そこにエリートの頭脳が 
 集中しすぎた。社会全体を考えれば金融は産業の仲介役、推進役に過ぎず、ここに頭脳が集中するということは諸産業に頭脳が欠乏することに他ならない。今後はこのような傾向を変える必要がある。 
 
・今、形成されつつある都市群の中で大学が複数ある学園都市の重要性が高まっている。高等教育を受けた人の割合が高い都市ほど失業率が低くなる傾向がある。 
 
・リーマンショックの引き金となった持ち家に対する憧れが 
 急速に失われつつあり、賃貸住宅へシフトしつつある 
 賃貸住宅の方が柔軟に時代に即した「移動」を可能にする 
 
・一家に一台、一人一台といった所有形態から、シェアに 
 トレンドが移りつつある。モノを買ってため込む、という 
 生活が過去のものになりつつある。車もシェアすることが 
 トレンドになりつつある 
 
などなど。 
 
  フロリダ教授のテキストにはアメリカの様々な都市論の主要な論者や、ジャーナリズムに登場した発言などが多数盛り込まれており、象牙の塔の産物ではない、現実に即したメッセージの印象がある。彼の講演ビデオによると、Atlantic誌の編集にも携わってきたようだ。これが彼のテキストにあるジャーナリズム的な感覚の理由だろう。私なりに面白いと思った彼のメッセージをまとめてみると次のようになる。 
 
 
・新しい活力を生み出すためには 
 新しい人々との出会いと協力が欠かせない。 
 
・これから大切なのはクリエイティビティであり、 
 そのためには高等教育が大切である 
 
・所有する時代、大量消費する時代から、 
 経験を共有する時代へと波が変わりつつある 
 
・空洞化しにくいサービス産業での付加価値を高めることが 
 今後の1つのポイントである 
 
・時代と産業がリセットする際、都市も変化し、人々も都市間 
 を移動してまったく新しい都市が形成されていく。 
 現在はより広域の都市圏が生まれつつあり、そこに鉄道が 
 欠かせない。1つの都市における住宅も、自家用車でなくて 
 は通えないようなバラバラなものではなく、中心にコンパクトに集中する方が利便性が高い。車での通勤は鉄道での通勤よりもストレスが大きく無駄が大きい。 
 
 本書は2010年で、オバマ政権が始まった頃に書かれたもの。それから7年がたって教授の見解や見通しはどうなったのだろうか、それが知りたい。 
 
  オバマ政権は工場空洞化をとどめようとし、旧来型の製造業の復活こそ中流層の拡大を可能にするという経済政策だった。しかし、昨年の大統領選挙では中西部から東部にかけてのいわゆるラストベルトというかつての製造業の中心地では白人労働者たちのオバマ民主党政権に対する視線には厳しいものがあった。アメリカの製造業は復活するのか、それとも空洞化は避けられないのか。そしてサービス産業はどこまで進化しうるのか。また、トランプ政権になってインフラ整備がカギとなりそうだが、アメリカの都市はどう変わりつつあるのか、などなどフロリダ教授が問題提起した事柄に対する興味は尽きない。 
 
 
※「空間的回避」(spatial fix)という言葉が本書のキーワードの1つとなっている。本書によると、空間的回避とは1970年代に地理学者デイビッド・ハーヴェイが提唱した概念。経済危機の解決にはテクノロジーだけではなく、不動産開発や経済地理などの新たな資本主義的な地理が必要になるという。 
 
ウィキペディア「(空間的回避)= 有界化された各個の領域それぞれのなかで経済・社会関係が進展してゆくと、そのなかで矛盾が累積することがある。領域の境界に一定の透過性がありながら、同時に領域は一定の閉鎖的空間を維持し、独自のマクロ経済や社会が構成されている場合に、この矛盾が領域内で爆発するのを先送りするため、矛盾の要素を他の領域に送り出して、一時的に矛盾を弱めることができる。 
  この空間的社会過程を、空間的回避(spatial fix)と呼ぶ。過剰生産恐慌を避けるために、過剰資本を国外に送り出すのは、その典型的な例である。19世紀には、大西洋の両岸でこの空間的回避が繰り返され、英米の景気循環は対照的な波動を示したとハーヴェイは指摘している。しかし、それは矛盾の根本的解決ではなく、単なる一時的回避に過ぎない。このため、やがて先送りできなくなった時、矛盾はいっそう強く暴発する。」 
 
 
村上良太 
 
 
■Richard Florida The Rise of the Creative Class 
https://www.youtube.com/watch?v=gMTIySW1vRw 
 
■Richard Florida - Creative Cities Summit 2.0 Keynote Part 1 
https://www.youtube.com/watch?v=EnMtod8iKQg 
 
■Richard Florida - Creative Cities Summit 2.0 Keynote Part 2 
https://www.youtube.com/watch?v=Bd0v3TfZj-8 


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