2017年03月25日00時29分掲載  無料記事
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みる・よむ・きく

ヒマラヤの変わらない祈りにつつまれて  『世界でいちばん美しい村』  笠原眞弓

 報道写真家の石川梵さんは、空撮が得意だ。東日本大震災のとき、いち早く現地入りして、その惨状を空から伝えた。そして人々の話を聞き、寄り添うように撮ってきた。2015年4月、ネパールに大地震があった。彼はその経験を生かそうと、報道が誰も入っていなかった震源地近くの村ラプラックにいち早く入る。 
 
 圧倒的なヒマラヤの尾根をとらえたカメラは、そのまま山肌に刻まれた果てしない段々畑を映し、次第に深い谷の飛び出した岩にロープで宙づりになった数名の人間を捉える。長い縄梯子と竹竿を使って、蜜蜂の巣を採っているのだ。蜂よけに草をいぶしてはいるが、ほかには何の防備もない。祈りがあれば護ってくれるとの言葉が、画面に被る。 
 
 被災した村ラプラックは、その近くにあった。村に入った彼は14歳の少年と出会い、村を案内してもらう。少年の父親は、水牛の放牧で一家を支える。家族に会えない寂しさと仕事の厳しさを語り、兄は両親のために勉強したいと英語の補講をしてもらって、ガイドを目指している。天真爛漫な妹に引きずられるように映し出される映像は、あくまでも優しく美しい。 
 
 いったん引き揚げた彼は、少年と2つの約束をする。一つは、この状態を世界に知らせること、もう一つは、必ず再訪すること。その約束を彼は忠実に果たし、数次に分けて村入りをしている。帰国してすぐに雨季に入った避難テントの床は、むき出しの土。その上を雨水がザアザアと流れていく。これではおちおち寝てもいられない。日本で寄付を募り、まずベッド用の合板を送って、とりあえず村人が横になって眠る場所を確保した。 
 
 訪ねるたびにエベレストは変わらず美しく輝いているのに、人々の生活は復旧したとはいえない。しかし映し出される村人は、控えめだ。ビデオカメラを向けられて、ポーズを取る村人たち。照れる子ども。フッと抱きしめたくなる親しさが醸されていく。 
 
 娘を亡くした悲しみと折り合いがつかない若い夫婦に子どもが授かり、やっと見せる笑顔。無医村の村民のために身を粉にして働いてきた看護師は、被災1週間後に行方不明の連れ合いの死を知る。その葬送は、彼女の嘆きの深さをとらえ、村人のいたわりが滲む。 
 村人の悩みは、政府が進める全村移転問題。崩れた村のある場所は地盤が緩み、危険と判断されて村よりも高いところにある避難キャンプへの移住が提案されている。確かに俯瞰すれば、旧村は、崖にへばりつくようにあり、今回ばかりかその前の崖崩れ跡まで残っている。新しいキャンプ地は、ほぼ平らで、安定しているように見える。だが一筋縄ではいかない。「畑が遠くなる」「今の家から移りたくない」と。そして、何よりも仏教以前の信仰の対象である神の宿る樹をどうするかが、大問題だという。 
 
 彼らにとって“祈り”は重要なことなのだ。祈りの中で日々の営みが行われているように見える。さて、彼らはどのような結論を出していくのだろう。どのように生活を立て直していくのだろう。ヒマラヤは、そんな中でも荘厳な姿を夜のしじまに浮かびあがらせていた。 
 
監督:石川梵 
108分 
3月25日より松竹東京銀座劇場公開後全国展開 


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