2017年06月09日19時48分掲載  無料記事
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リヤド・サットゥーフ作 「アラブの未来」  ”L ' ARABE DU FUTUR " de Riad Sattouf

フランス漫画の世界で最近、人気を呼んでいる一人にリヤド・サットーフ(Riad Sattouf)という人がいる。名前から推察いただけるように、アラブ系の人である。と言っても母親はブルターニュ半島出身のフランス人で、父親がシリアからパリに留学に訪れた留学生だったのだ。リヤド・サットゥーフの代表作である「アラブの未来」(L ' ARABE DU FUTUR )は二人の出会いから話を起こしており、その後、教授になった父親の仕事の関係で、まずはリビアに家族で滞在し、その後、父の郷里であるシリアに滞在した頃の話である。父親は息子にアラブの未来を背負って欲しい、と思っていた。それが「アラブの未来」(未来のアラブ)といういささか大上段なタイトルになっているのである。 
 
  この漫画はアラブと言ってもフランス人の血も持つ、フランス在住の漫画家によって描かれたもので、リビアやシリアなどアラビア語圏に属するムスリムの人々の生活が少年の目線で描かれている。だから、半ば外部の目でアラブ世界を見つめながらも、同時にその眼にはアラブ人の意識もあり、それらは分離不能な混然一体となって漫画に凝縮されている。たとえばシリアの少年たちが犬を虐待するショッキングなシーンも田舎の日常風景の1コマとして描かれているのだが、だからと言って単純にシリア人を突き放して描いているのでもない。ブルターニュ半島の母方の祖母の暮らす世界も同様に描かれており、そこには中世同様の家の中に水道も電気もない暮らしをしている老女も出てくる。アラブ世界を見つめる眼差しと変わるところはない。 
 
  ムスリム世界を描いた漫画ではフランス在住のイラン系の女性漫画家マルジャン・サトラピによる「ペルセポリス」があるけれど、この漫画はホメイニ革命に翻弄された家族を描く「ぺルセポリス」のように政治を中心に描いた漫画ではない。むしろ、フェリーニの映画「アマルコルド」のように、少年時代の思い出を抒情的に漫画に描き出したものだ。だから描かれる小さなデテールに味わいがある。 
 
  この漫画「アラブの未来」が世に出たのは2014年の頃のようだが、ということは2011年にアラブの世界を席巻した「アラブの春」の余波が続いている最中であり、すでにリビアではカダフィ政権が崩壊し、シリアでは内戦がますます過酷なものになっている時期である。こうした時代に「アラブの未来」とはいささか皮肉なタイトルでもあるだろうが、そこにはノスタルジーが漂っている。カダフィの革命が描かれ、また汎アラブ主義が描かれているのだ。サットゥーフの父親も汎アラブ主義に薫陶を受けていたようである。アラブの近代化を掲げた汎アラブ主義に人生を賭けた若者たちは無数にいただろう。その未来が今となっては政治腐敗や西欧や湾岸諸国による軍事介入、さらにはイスラム原理主義の台頭で、ずたずたに引き裂かれている。その未来をすでに見てしまった私たちは作者の父親がアラブの未来を素朴に信じて生きる姿に哀しみを感じないではいられない。 
 
※出版社のホームページ 
https://www.allary-editions.fr/publication/larabe-du-futur/ 
 
村上良太 


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