2017年06月11日03時05分掲載  無料記事
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コラム

「『政教分離』原則の憂鬱」の欺瞞 フランスの政教分離原則をムスリムいじめの文脈で常に描くことの愚  

  朝日新聞6月4日付の「日曜に想う」というコラムに「『政教分離』原則の憂鬱」という一文が掲載された。編集委員の大野博人氏によるもので、主旨はパリの大モスクが「フランスにおけるイスラム宣言」を発表し、「すべてのイスラム教徒はフランス共和国の法と価値観を尊重しなければならない」などの宣言を行ったことである。イスラム系移民を問題視する右翼政党・国民戦線などの影響力を考え、やむを得ず発表したもので、そのため各地のイスラム教の信徒は憂鬱な日々を送っているという内容である。 
 
  このような政教分離原則をイスラム教徒いじめの文脈で紹介する言説は日本では珍しくない。というよりも、日本でフランスにおける政教分離を紹介する場合の多くはそうした批判的な描き方なのである。そのことは「憂鬱」という見出しに象徴的に表れている。そして大野氏は政教分離原則が導入されて以後のイスラム教徒の歴史に軽く触れる。しかし、読者として不審に思うのはフランスで政教分離原則が近代に芽生え、20世紀初頭に法的に確立されるまでの歴史的背景をまったく描いていないことである。他者であるイスラム教徒をレスペクトせよ、という見方はよく見受けるが、政教分離原則がどのように作られてきたか、フランス人の歴史や考え方は無視しているのである。 
 
  政教分離原則がなかった場合、何が起きうるのか、と言えば、もし極右政党が政権を握った場合「フランスはカトリックの国家である」と宣言する可能性もあることだ。カトリック国家であるが故に、イスラム教徒には市民権を与えない、あるいは市民権を制限したり、高額の税金を課したり、イスラム教徒は公務員や政治家にはなれない、などの政策が取られるかもしれないことである。現在、イスラム教徒はフランス国家における第二番目の人数を擁する宗教ということだが、第一はカトリックである。だから、政教分離原則がなければ政治が信仰に介入する可能性もある。こうした事態を食い止めるものこそ、憲法で保障された政教分離原則なのである。政教分離原則がイスラム教徒を守っていることをこのコラムは正しく描いていないと私は思う。 
 
  確かに政教分離原則のもとでスカーフの学校での着用などを巡って議論が分かれ、時には過剰な規制を行っている場合もあり得ると思う。しかし、それは各論的な問題であり、たとえその細かい運用に間違いがあったからと言って、政教分離原則の全体が誤っている、ということにはならない。フランスでは近代の入り口にカトリックとプロテスタントの宗教間の長年にわたる血まみれの戦争があったし、宗教裁判というものも中世に存在した。政教分離原則はまずはカトリック勢力からフランスの政治を切り離すことだった。そして、その歴史は現在もカトリック勢力がイスラム教徒の排斥を行うことをさせないための障壁として機能しているのである。憂鬱や我慢と言うなら非ムスリムのフランス人の側にも憂鬱や我慢は存在するだろう。だが、共生とは異なる価値観の人々がともに生きていくことである。憂鬱や我慢はどちらの側にも当然にあるはずなのだ。そして共生にあたって政教分離原則が大切であることは言うまでもない。とはいえ、こう書いたからと言ってフランス社会の中にイスラム教徒への差別が存在しない、などと言いたいのではない。フランスの中に差別は存在しているし、そのことは失業率の格差にも表れていると思う。ただ、そのことと政教分離原則とは別の問題なのである。 
 
  そして、この朝日新聞のコラムに私が抱いた不満のもう一つは日本の政治の状況にまったく触れていないことだ。今、日本では憲法改正を迫る勢力が政権を握っており、閣僚の大半は安倍首相を含めて神道政治連盟に所属している。これは政教分離原則に抵触していると私は思う。昨年のG7でも首脳たちは伊勢神宮の前で記念写真を撮影した。これは政治を利用して神道を権威づけ、神道を普及させる行為ではなかっただろうか。戦前戦中の日本は国家神道であり、戦死したら神の国に行けると教育され多くの人々が戦死した。これも政教分離原則がなかったら、どのような政治が行われ得るかの証左である。こうした歴史に触れず、政教分離原則があたかも移民や少数民族いじめであるかのような印象を与えることは安倍政権におもねっているように私には思えて仕方がない。 
 
 
村上良太 


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