2017年06月15日00時04分掲載  無料記事
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中国

海峡両岸論 第79号(2017年6月6日発行) by岡田 充

【中国が「いずも」の活動を標的に 潮目変わり始めた南シナ海】 
 
 南シナ海の「潮目」が変わり始めた。昨年7月の仲裁裁判所の決定で最高潮に達した中国非難の「大合唱」は鳴りを潜めた。 
 中国は東南アジア諸国連合(ASEAN)と、平和的解決に向けた行動規範の枠組みに合意。 
 米トランプ政権は5月25日、「航行の自由」作戦を政権発足後ようやく再開。マティス米国防長官も6月3日、シンガポールのアジア安全保障会議で「一方的で威圧的な現状変更は容認しない」と、中国をけん制した。しかし、言動がくるくる変わるトランプ政権への東南アジア諸国の視線は安定せず、以前のような迫力はない。 
 一方中国は、海上自衛隊のヘリ空母「いずも」(写真「いずも」海上自衛隊HPから)が、南シナ海で米軍と共同演習や沿岸国へ寄港するなどの行動に神経を尖らせ、対米批判より、日本を標的にした批判が目立っている。 
 
<ASEANと行動規範で合意> 
 
 「米朝チキンゲーム」のニュースに埋もれた重要ニュースは結構ある。 
 まず4月末、マニラで開かれたASEAN首脳会議は、南シナ海の潮目の変化を強く印象付けた。30日に発表された議長声明は、昨年の声明にあった「(中国の)埋め立てや軍事拠点化」を「深刻に懸念」などの文言を削除。それに代わり「中国との協力関係の改善」に言及し、対中姿勢を軟化させたのである。 
 続いて5月18日、中国・貴州省で開かれた中国・ASEAN10カ国高官協議は、紛争の平和的解決に向け法的拘束力を持たせる「行動規範」について枠組み合意した。「法的拘束力」については「今後議論する重要な問題」とされ、協議進展のアピールばかりが目立ったが、前進したのは間違いない。 
 対中関係改善を進めるドゥテルテ・フィリピン大統領は、中国の習近平国家主席と会談した(5月15日)際、習から「(資源開発を)無理に進めるのであれば戦争になる」と警告されたと明らかにした。中国の強硬姿勢を受けて協調路線の転換する発言ではなく、「対中弱腰」を批判する国内世論向けに「強気」を演出したのだろう。北京でやはり15日開幕した「一帯一路」国際会議を前に、フィリピン元下院議長はフィリピン、中国、ベトナムによる共同資源調査を提案した。領土紛争の処理原則として「棚上げ」と「共同開発」を主張してきた北京もこれに異存はないはずだ。 
 中国の対ASEAN戦略を振り返ると、フィリピンへのてこ入れをまず挙げねばならない。ドゥテルテは昨年10月の訪中で、南シナ海紛争の棚上げと引き換えに、巨額の経済支援の約束をとりつけた。彼はASEAN首脳会議で、仲裁裁判所の判断を議題に取り上げないなど外交政策を大きく転換。その結果、ASEANで中国に真っ向から反対する国はもはやなくなった。 
 
<初の航行作戦の意味は?> 
 
 興味深いのは、オバマ政権時代に4波にわたって展開された「航行の自由作戦」の中断である。 
 米紙ニューヨーク・タイムズ(5月3日付)によると、米海軍はトランプ政権の誕生後、計三回にわたって作戦実施の承認を要請したが、国防総省が却下したという。4月に行われた米中首脳会談を受け、トランプが対北朝鮮で北京との協調関係優先のため「自制」したと見ていいだろう。駐米中国大使は、対中強硬姿勢を示すハリス米太平洋軍司令官の更迭を求めたと報道された。 
 ロイター通信によると、トランプ政権初の「航行の自由」作戦は5月24日行われた。米海軍のミサイル駆逐艦「デューイ」(写真Wikipedia)が、中国の実効支配する南沙(英語名スプラトリー)諸島のミスチーフ(中国名・美済)礁から12カイリ(約22キロ)内の海域を航行した。中国外務省は25日、これに「強烈な不満と断固とした反対」を表明。中国軍も米側に「厳正な申し入れ」をして抗議した。 
 米軍が同作戦を最後に実施したのはオバマ政権時代の16年10月21日。中国やベトナムなどが領有権を争う西沙(英語名パラセル)諸島に駆逐艦を派遣した。トランプ政権が中断を経て、作戦実施に踏み切った理由は何か。北朝鮮の「挑発」阻止に「腰が重い」習近平指導部への「圧力狙い」とする見方すら出た。南シナ海問題はトランプ政権にとっては優先課題ではなくなったという意味でもある。 
 ホワイトハウスや米軍部内部に作戦をめぐって意見対立があると伝えるメディアも少なくない。「米軍は中国軍との意志疎通を重視している。『ウォールストリート・ジャーナル』によると、米軍内には、南シナ海問題で中国に屈辱を与えるのを避け、低姿勢を維持して不必要な摩擦を避けるべきだとの主張がある」と報じたのは「多維新聞」(注1)。トランプ政権内では、作戦に関して「米軍がいつ、どのようなやり方で、どのぐらいの頻度で行うか」をめぐり様々な意見があるという。 
 一方、中国内には別の見方もある。南シナ海問題を専門に研究する「南海研究院」の張鋒・兼任教授注2は、作戦実施はトランプ政権の新アジア太平洋戦略を宣言するための「ウォーミングアップ」と見做し、オバマが打ち出した「リバランス政策」に代わる対アジア新戦略を既に策定しているかもしれないと見る。マティス米国防長官がシンガポールのシャングリラ会議で葉表するのと見方もあったが、トランプ政権はロシアゲートや政権内の矛盾噴出で、それどころではないようだ。(続く) 
 
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論文全体の約50%を掲載しています。 
続きは、以下のリンク(『21世紀中国総研』ウェブサイト内)からご覧ください。 
http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_81.html 
 
<執筆者プロフィール> 
岡田 充(おかだ たかし) 
(略歴) 
1972年慶応大学法学部卒業後、共同通信社に入社。 
香港、モスクワ、台北各支局長、編集委員、論説委員を経て2008年から共同通信客員論説委員 
桜美林大非常勤講師、拓殖大客員教授、法政大兼任講師を歴任。 
(主要著作) 
『中国と台湾―対立と共存の両岸関係』(講談社現代新書)2003年2月 


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