2017年06月26日21時31分掲載  無料記事
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教育

教育勅語を暗唱させるな   根本行雄

 学校法人「森友学園」が運営する幼稚園で、園児に教育勅語を暗唱させていたことが発端となり、国会で議論になっていた。政府は3月31日の閣議で、教育勅語を学校教育で使用しないよう求める質問主意書に対し「憲法や教育基本法に反しない形で教材として用いることまでは否定されない」とする答弁書を決定した。一方で教育勅語について「教育の唯一の根本とするような指導は不適切だ」とも明記した。教育関連の17学会代表らは6月16日、教育勅語を「憲法や教育基本法に反しないような形で教材として用いることまでは否定されない」とした政府の答弁を批判し、「普遍的価値を含むものとして肯定的に扱う余地は全くない」とする共同声明を出した。 
 
 
 
 学校法人「森友学園」が運営する幼稚園で、園児に教育勅語を暗唱させているというニュースを知ったとき、その時代錯誤に驚いた。文章の意味を理解しない子どもたちに暗唱を強制するのは軍国主義教育を想起させる。教育勅語の内容が儒教的な道徳と、家族的な国家観にもつづく忠君愛国主義であり、民主主義を否定し、生命を軽視する思想であることを理解していないのだろう。 
 
 安倍晋三政権の周辺には「教育勅語」肯定論を唱える人が多い。 
 教育勅語については、森友学園の人びとだけでなく、稲田朋美防衛相も「教育勅語の核は取り戻すべきだ」(3月8日、参院予算委員会)と評価しているし、安倍首相自身も官房長官だった2006年6月2日の答弁で「戦後の諸改革の中で神格化して扱うことが禁止された」と述べる一方で、「『夫婦は温かい家庭を築き……』など大変素晴らしい理念が書いてある」(衆院教育基本法特別委)と褒めているし、閣僚の多くが関わる保守団体「日本会議」の小堀桂一郎副会長は「教育勅語を復活すべきだ」(月刊誌「正論」03年11月号)と述べている。 
 
 
 
 □ 教育勅語についての政府の答弁書 
 
 毎日新聞(2017年4月1日)にて、次のように伝えている。 
 
 政府は3月31日の閣議で、教育勅語を学校教育で使用しないよう求める質問主意書に対し「憲法や教育基本法に反しない形で教材として用いることまでは否定されない」とする答弁書を決定した。一方で教育勅語について「教育の唯一の根本とするような指導は不適切だ」とも明記した。 
 
 質問主意書は民進党の初鹿明博衆院議員が、1948年に衆院は教育勅語の排除を、参院は失効をそれぞれ決議したことを踏まえ提出した。 
 
 初鹿氏は、稲田朋美防衛相が教育勅語に一定の評価を示した国会答弁は排除決議に反すると指摘。これに対し、答弁書は「政治家個人の見解であり、政府として答える立場にない」と回答するにとどめた。 
 
 
 
 □ 教育勅語とはどのようなものか 
 
 教育勅語とは、明治天皇が「臣民」である国民に守るべき徳目を説いたという内容の文章である。1890年10月30日に発布された。315文字の文章である。 
 公式文書においては「教育ニ関スル勅語」と表現するが、一般的には「教育勅語」と表現されている。1890年10月30日に、宮中において、明治天皇が山県有朋内閣総理大臣と芳川顕正文部大臣に対して与えた勅語、と言う体裁を採っている。ただし、実際には井上毅、元田永孚らが起草したものである。 
 教育勅語の内容は、儒教的な道徳と、家族的な国家観にもつづく忠君愛国主義であり、教育の根本は皇祖皇宗の遺訓であるとされている。 
 
<原文> 
 
朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ外薀諒ジ史鰌薀忘.紡献梗た談栄稱譽帽Д坊残錺僕Д防徂愾袁促景友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン 
斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ 
 
明治二十三年十月三十日 
 
御名御璽 
 
 
<原文にふりがなを付けたもの> 
 
朕(ちん)惟フニ(おもうに)我カ(わが)皇祖皇宗(こうそ こうそう)國ヲ(くにを)肇ムルコト(はじむること)宏遠ニ(こうえんに)ヲ樹ツルコト(たつること)深厚ナリ(しんこうなり) 
我カ(わが)臣民(しんみん)克ク(よく)忠ニ(ちゅうに)克ク(よく)孝ニ(こうに)億兆(おくちょう)心ヲ一ニシテ(しんをいつにして)世世(よよ)厥ノ(その)美ヲ(びを)濟セルハ(なせるは)此レ(これ)我カ國體(こくたい)ノ精華ニシテ外薀諒ジ察覆┐鵑欧鵝頬髻覆泙拭釦薀法覆犬弔法忘.法覆海海法紡献后覆召鵑后法
爾(なんじ)臣民(しんみん)父母ニ孝ニ(ふぼに こうに)兄弟ニ友ニ(けいていに ゆうに)夫婦相和シ(ふうふ あいわし)朋友相信シ(ほうゆう あいしんじ)恭儉己レヲ持シ(きょうけん おのれをじし)博愛衆ニ及ホシ(はくあい しゅうにおよぼし)學ヲ修メ業ヲ習ヒ(がくをおさめ しゅうをならい)以テ智能ヲ啓發シ(もってちのうをけいはつし)器ヲ成就シ(とっきをじょうじゅし)進テ公益ヲ廣メ(すすんでこうえきをひろめ)世務ヲ開キ(せむ/せいむ をひらき)常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ(つねにこっけんをじゅうし こくほうにしたがい)一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ(いったんかんきゅうあれば ぎゆう こうにほうじ)以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ(もって てんじょうむきゅうの こううんをふよくすべし) 
是ノ如キハ(このごときは)獨リ(ひとり)朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス(ちんがちゅうりょうのしんみんたるのみならず)又(また)以テ(もって)爾(なんじ)祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン(そせんのいふうをけんしょうするにたらん) 
 
斯ノ(この)道ハ實ニ(じつに)我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ(いくんにして)子孫臣民ノ倶ニ(ともに)遵守スヘキ(じゅんしゅすべき)所(ところ) 
之ヲ古今ニ通シテ謬ラス(あやまらず)之ヲ中外ニ施シテ悖ラス(もとらず)朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ(けんけんふくよう して)咸(みな)其ヲ(そのとくを)一ニセンコトヲ庶幾フ(こいねがう) 
 
明治二十三年十月三十日 
 
御名御璽(ぎょめい ぎょじ) 
 
 
 
 □ 12の徳目 
 
 教育勅語から12の項目を抜き出して列挙したものが、第二次世界大戦後の日本においては、『12の徳目』と呼ばれている。 
 
 1 父母ニ孝ニ 
 2 兄弟ニ友ニ 
 3 夫婦相和シ 
 4 朋友相信シ 
 5 恭儉己レヲ持シ 
 6 博愛衆ニ及ホシ 
 7 學ヲ修メ業ヲ習ヒ 
 8 以テ智能ヲ啓發シ 
 9 器ヲ成就シ 
 10 進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ 
 11 常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ 
 12 一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ 以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ 
 
 
 試みに、現代語訳をしてみると、次のようになる。 
 
 1 父母に孝行をつくしなさい 
 2 兄弟姉妹仲よくしなさい 
 3 夫婦は互いに睦び合いなさい 
 4 朋友は互いに信義を以て交りなさい 
 5 自己を律し、へりくだって勝手気ままな振る舞いをしない 
 6 人々に対して慈愛を及すようにしなさい 
 7 学問を修め業務に習熟し 
 8 知識才能を涵養しなさい 
 9 善良有為の人物となりなさい 
 10 自ら進んで公共の利益を広め世のためになる仕事をおこしなさい 
 11 常に皇室典範並びに大日本国憲法をはじめ諸々の法令を尊重し遵守しなさい 
 12 万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家のためにつくしなさい。そのようにして天地と共に窮りなき天皇と皇室と国家の繁栄のために力を尽くしなさい 
 
 
 
 □ 教育勅語はどのような役割をはたしたか 
 
 教育勅語は、明治維新以後の大日本帝国において修身・道徳教育の根本規範として捉えられた。さらに、紀元節(2月11日)、天長節(天皇の誕生日)、明治節(11月3日)および1月1日(元日、四方節)の四大節と呼ばれた祝祭日には、学校では儀式が行われ、全校生徒に向けて校長が教育勅語を厳粛に読み上げ、その写本は御真影(天皇・皇后の写真)とともに奉安殿に納められて、丁重に扱われた。また、各学年の修身の教科書の最初のページに掲載されていた。そして、児童・生徒に対しては教育勅語の全文を暗誦することが強制された。特に、1938年(昭和13年)に国家総動員法が制定され施行されると、その軍国主義体制を正当化するために利用された。 
 
 
 
 □ 教育勅語の廃棄処分 
 
 1948年6月19日、衆議院は「これらの詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言する。政府は直ちにこれらの謄本を回収し、排除の措置を完了すべきである」、参議院は「教育勅語等が、あるいは従来の如き効力を今日なお保有するかの疑いを懐く者あるをおもんばかり、われらはとくに、それらが既に効力を失つている事実を明確にするとともに、政府をして教育勅語その他の諸詔勅の謄本をもれなく回収せしめる」ことを決議した。この決議に従って同月25日、文部次官が都道府県知事・高等教育機関の学校長宛に「本省から交付した「教育ニ関スル勅語」等の謄本で貴管下学校等において保管中のものを貴職において取りまとめのうえ〔中略〕至急本省へ返還方処置されたい」と指示した。教育勅語謄本は焼却処分され、公的には存在しないことになった。 
 
 
 
 □ 教育勅語を肯定する人びとの論理 
 
「親孝行や家族愛など良い面もある」などと再評価する保守系の政治家は多い。田中角栄、森喜朗両元首相らは有名だ。 
 
 安倍晋三政権の周辺には「教育勅語」肯定論を唱える人が多い。それは憲法を遵守する義務を怠り、立憲主義を理解せず、解釈改憲を推し進め、9条などの明文改憲を目指している政権を握っている人びとだからだろう。 
 
 教育勅語を肯定し、評価している人びとは「当たり前の道徳であり、いいことが書いてあるではないか」と口をそろえて褒めている。たしかに、教育勅語には「12の徳目」とされるものが書かれており、11番目までは儒教道徳などから見ればごく普通の道徳項目が書かれている。しかし、最後の12番目には〈一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ〉とあり、さらに〈以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ〉と続く。これは「万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家のためにつくしなさい。そのようにして天地と共に窮りなき天皇と皇室と国家の繁栄のために力を尽くしなさい」という意味を表しているものである。文章の構造をみるならば、そこまでの「当たり前のいいことが書いている」という徳目も、「以テ」以下にかかっており、すべての道徳項目が天皇および天皇制を支えるという目的のために存在していることがわかるはずだ。教育勅語とは明治の天皇中心の軍国主義国家を確立し、国民に天皇のために命を投げ出す教育をするためにつくられたスローガンだったのである。 
 「12の徳目」のうち、1から11までの中から、一部の徳目を取り出して、それは高く評価することができるからという理由づけをして、「教育勅語」全体を高く評価するのは非論理的な、欺瞞的な論理である。 
 
 教育勅語の内容は、儒教的な道徳と、家族的な国家観にもとづく忠君愛国主義であり、教育の根本は皇祖皇宗の遺訓であると主張している文章である。天皇中心の軍国主義国家を確立し、国民に天皇のために命を投げ出す教育をするためにつくられたスローガンであり、軍国主義教育に利用されたものである。彼らの論理は、このような歴史的な事実から目をそらすものである。彼らは今だに民主主義を理解することなく、日本国憲法を尊重することなく、遵守することを拒み続けているのだ。かれらは、教育勅語の思想とは民主主義を否定し、生命を軽視する思想であることを理解していないのだろう。 


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