2017年07月01日01時17分掲載  無料記事
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反戦・平和

韓国・朝鮮人元BC級戦犯者「同進会」を応援する会通信 No.32−�◆複横娃隠掲�6月3日発行)

【62年の歩みを映像とトークでたどる 
 韓国・朝鮮人BC級戦犯者「同進会」62年のあゆみ】 
――4月1日集会の報告―― 
 
 同進会結成の記念日である4月1日に、その集会を神保町の岩波セミナールームで行いました。51名が参加。 
 1955年4月1日、韓国・朝鮮人元BC級戦犯者ら約70名が同進会を結成した当時、まだ15名が巣鴨刑務所に拘禁され、残る50数名のほとんどは身寄りのない日本で生活苦のただなかにありました。 
 日本政府に対し、“早期釈放・日本人戦犯との差別的待遇撤廃”、“出所後の生活保障”、“遺骨送還・国家補償”を求め、以来62年が経過。多くが他界し、現在ご存命の当事者は3名(連絡がとれているのは李鶴来会長、大原元〔崔元溶〕さんの2名)のみです。 
 
 韓国・朝鮮人BC級戦犯者については、早くは岡本愛彦さん(『私は貝になりたい』〔フランキー堺主演〕の制作者)が、1969年に『ある告発 24年目の戦犯』(日本テレビ)という番組をつくっています。その後も日韓を含め、多くのディレクターがこの問題を取り上げニュースや番組を作成しています。 
 
 応援する会世話人の田口裕史さん(1991年提訴の条理裁判を支える会の事務局長、『戦後世代の戦争責任』著者)が、当事者の証言、運動の経過を中心に、11作品をダイジェスト、約60分にまとめてくれたものを、この日、上映しました(作品概要は後掲のとおり)。 
 朝鮮出身ながら日本の戦犯とされた不条理、日雇い労働など日々の暮らし、タクシー会社同進交通の設立、刑死者の遺骨送還運動、国家補償を求めた裁判闘争、韓国遺族との交流、立法運動など、長きにわたる闘争を概観。まだ40代の若き頃から年老いるまで、多くの当事者が不条理を訴え続けてきたことがよくわかる映像でした。 
 
 後半冒頭、現在92歳となった李鶴来同進会会長があいさつ。 
「今日は、62年前、同進会を結成した大変意義のある日。長きに亘り日本政府に要請を続けているが、今なお不条理が続いている」 
「日韓議連での超党派の取り組みがなされ、昨年(2016年)11月には日韓・韓日合同総会でこの問題について共同声明が出された。大変期待している。長年の懸案を、今通常国会でぜひ解決いただくよう強く訴える」と述べました。 
 
 朴来洪さん(パク・ネホン、同進会二世)は、26年前に亡くなった父・朴昌浩(パク・チャンホ)氏の姿を映像に見て、さまざまな思いがよぎったとのこと。かつて民団青年会をやっていた時代の知人から最近連絡があり、在日大韓人厚生会(現在は善隣厚生会)の資料にスガモ・プリズン戦犯のことが出ていたとのことで、「まだまだ知らない歴史がある、父親たちの足跡を残していきたい」と語られました。 
 
 続いて、内海愛子さんの司会で、参加者からも発言をいただきました。 
 内海さんは、同進会結成の前の、出所拒否闘争や人身保護法に基づく釈放請求運動、また今井知文さん(耳鼻咽喉科の開業医)、元村容三さん(在日で保護司)など支援者の存在などについて解説。 
 次に『第18田無住宅の夏』(NHK、1976年)、『チョウ・ムンサンの遺書』(NHK、1991年)の制作者である桜井均さんに発言をお願いしました。1965年、日韓条約締結の時は、桜井さんはちょうど大学1年生だったとのこと。初めてデモにも参加。「完全かつ最終的に解決」という文言は非常に冷たく、人々の頭越しに物事が進んでいった。その後NHKに入り、韓国・朝鮮人BC級戦犯を取材。連合国は植民地支配を裁かなかった。朝鮮人も「日本人」として裁き、日本は過去の清算を国家として行っていない。いわば朝鮮人戦犯を「加害」の側に置き去りにした。2015年12月の慰安婦問題の合意も、個人の頭越しに国家間で行った。今日の映像は、そういう編集になっているからでもあるが、一人ひとりの顔が見える、支援している人の顔も見える。国家のそうしたフレームと闘っているということがわかる、と述べました。 
 
 林三鎬(イムサンホ)民団副団長は、BC級戦犯の方々は2006年韓国政府により名誉回復がなされたが、長年「親日派」とレッテルを貼られ辛い思いをされてきた。在日も、韓国の中では「よそ者」であり「親日派」と見られている。しかし、「親日派」「反日派」と白黒つけるのはどうなのか。在日自体がそれらを是正していく努力が必要であり、BC級戦犯と従軍慰安婦の問題は、それらを根本的に考える、在日に突き付けられた課題だ、 と話されました。そして「BC級戦犯者の法案が、今国会で無事通過することを心から願っている」と結びました。 
 
 条理裁判運動をしていた1990年代半ばから関わっている応援する会世話人の岡田泰平さんは、「いま地方にいて十分活動できていないが、いまだ解決していないことを特に李鶴来さんに申し訳なく思う」と述べました。岡田さんほか、若い歴史研究者もこの場に参加くださっていましたが、内海さんからは、「海外にあるBC級戦犯者の裁判記録、あるいは残された書簡等を読み解く仕事はまだまだ残っている。約3000名の朝鮮人捕虜監視員の一人ひとりについてもその具体的な人生を明らかにしたい」と今後の研究に期待するコメントがありました。 
 
 李鶴来さんからも遺骨収集、送還の経緯の説明があり、「中国裁判で刑死した8名、アメリカ裁判の1名は遺骨の所在すら明らかになっていない」と解明すべき課題が述べられました。 
 
 日韓会談文書・全面公開を求める会で事務局次長しておられた李洋秀さんは、1965年ですべて解決したと言っているが、それで終わっていれば一昨年の慰安婦問題の日韓合意も必要ない。日本は、韓国政府が「ゴールポストを動かす」と批判するが、「完全」「最終」「永久」などと言っている日本がそれでは立ち行かずゴールポストを動かしている、と指摘。BC級戦犯問題に関しては、別途協議するとしながら、何ら日韓間で協議が行われていないと述べました。 
 
 有光健さんは、さまざまなジャーナリストが映像として記録してきたことの重みを改めて感じたと言い、特に近年では「韓国・朝鮮人戦犯の悲劇」(NHK、2008年、渡辺考ディレクター)を見た横路孝弘議員(当時衆議院副議長)が李鶴来さんとの面会を希望。河野洋平議長にも紹介くださり、以来法案実現に尽力いただいていることに触れました。また、日韓議連議員を中心とした最近の国会での動きに関する説明がありました。 
 
 発言の最後は、恵泉女学園大学の李泳采さん(イヨンチェ)。入学式を終え、大学院のゼミ生3名と一緒に駆け付けてくださいました。韓国では、国民の広範な抗議行動の結果、朴槿恵大統領が弾劾で罷免されたばかり。5月9日の大統領選挙に向け動き始めました。 
 李泳采さんは、「民主主義のプロセスの中で、大きな罪を犯した大統領を罷免・起訴、新大統領を選出するのは画期的なこと」と述べました。「朴槿恵政権時の慰安婦問題に関する日韓合意にも厳しい目が注がれるだろうが、それは単に“反日”ということではなく、またBC級戦犯が“親日派”と見られていたことに対しても、韓国の民主主義の第二段階では理解が深まっていくだろう」と述べました。 
 李鶴来さんの自伝は、現在韓国で翻訳出版のための作業が進められていますが(李泳采さん監訳)、そうした土壌で理解が進展することへの期待が述べられました。 
 
 同進会の運動の長い歴史とその意義を、短い時間ながら参加者のみなさんと共有でき、立法運動のいまの気運を、今国会で必ず形にしようと強く決意する集会となりました。(文責・大山美佐子) 
 
≪当日資料より 4.1上映 映像で辿る同進会62年のあゆみ(約60分)≫ 
 
(資料映像1)スガモへの移送〜同進会の発足と活動 
『韓国・朝鮮人戦犯の悲劇』(NHK、2008年8月17日、ディレクター渡辺考) 
 アジア各地の戦犯刑務所から東京のスガモ・プリズンに移送された韓国・朝鮮人戦犯たちは、1955年に互助組織「同進会」を結成し、早期釈放、出所後の生活保障、刑死者遺骨の送還、国家補償等をもとめて活動をはじめます。▼証言:李鶴来 
 
(資料映像2)1960年代 同進交通 
『ある告発 24年目の戦犯』(日本テレビ、1969年、ディレクター:岡本愛彦) 
 戦犯仲間とつくったタクシー会社「同進交通」の様子。日韓協定締結(1965年)から四年、同進会の訴えに耳を貸さない日本国政府への憤りが語られます。▼証言:李鶴来 
 
(資料映像3)1970年代 田無住宅 
『第18田無住宅の夏』(NHK、1976年、ディレクター:桜井均) 
 元戦犯者とその家族が多く住んでいた東京・田無市の都営住宅でのインタビュー。▼証言:金完根 
 
(資料映像4)1980年代 日韓条約締結後の停滞と、刑死者の遺骨送還 
『11PMアジアと共に生きる』(日本テレビ、1982年3月1日)▼証言:卞光洙、李鶴来、高在潤 
 
(資料映像5)1980年代 遺骨送還の実現 
『ニュースセンター9時』(NHK、1982年12月) 
 同進会結成以来の長期にわたる政府交渉の末、ようやく刑死者5名の遺骨が送還されることとなりました。しかし、すべての遺骨が送還されたわけではありません。▼証言:卞光洙 
 
(資料映像6)1990年代 韓国に残された家族の苦難・日本政府との交渉 
『チョウ・ムンサンの遺書』(NHK、1991年8月15日、ディレクター桜井均) 
 1991年の対政府交渉。外務省の担当者は、「日韓協定で解決済み」と回答しています。▼証言:朴允商 
 
(資料映像7)1990年代 裁判提訴へ 
『ミッドナイトジャーナル』(NHK、1991年11月11日) 
 同進会の訴えはついに、法廷へ。長年にわたる政府交渉の末の提訴です。▼証言:朴昌浩と家族(妻・ 権正順、長男・朴来洪)、文大福、李善根、金完根 
 
(資料映像8)1990年代 裁判支援 
『忘れられた戦争』(韓国・MBC、1993年3月1日) 
 裁判支援会の会議風景と、裁判傍聴券の抽選が行われている場面。 
 
(資料映像9)1990年代 東京地裁判決 
『テレビ・ニュース』(NHK、MXテレビ、テレビ朝日 1996年9月9日) 
 当時の梶山官房長官は「国側勝訴という言葉を使いたくない。怒りを日本政府にぶつけるのは当然のことと思う」とコメント。ニュースを報じる記者は「迅速な対応が求められている」とコメントしていますが、あれからすでに20年以上の時が過ぎています。 
 
(資料映像10)1990年代 東京高裁判決 
「テレビ・ニュース」(NHK、1998年7月13日) 
 東京地裁判決から高裁判決までの二年間で、原告の朴允商さん、文泰福さんが亡くなっています。 
 
(資料映像11)1990〜2000年代 最高裁判決・韓国での名誉回復・韓国遺族会結成 
『韓国・朝鮮人戦犯の悲劇』(NHK、2008年8月17日、ディレクター渡辺考)▼証言:朴一濬、姜道元 
 
(資料映像12)2000年代 「父の名誉のために」、受け継がれる運動 
『沈黙の遺産』(韓国・Q チャンネル、2008年12月28日) 
 韓国の戦犯者遺族・姜道元さんが、東京で同進会「二世会」のメンバーらと交流したときの映像。▼証言:朴来洪、畠谷吉秋 
 
(資料映像13)2000年代 立法を目指して 
『韓国・朝鮮人戦犯の悲劇』(NHK、2008年8月17日、ディレクター渡辺考) 
 元戦犯者のための法案が提出されたのは、すでに約10年前のこと。いまだに立法は実現していません。立法を目指した活動は、いまも続いています。 
 
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【近刊書籍紹介】 
 
 昨年、李鶴来さんの自伝『韓国人BC級戦犯の訴え』の刊行後、下記の布川玲子さんが、伊藤京子さんと共に請願署名を集め、李鶴来さんを訪ねてこられました。 
 チャンギー刑務所で教誨師をされていた関口亮共さんの資料を整理しておられ、本にまとめるとのこと。 
 以下、近著紹介のご寄稿をいただきました。刊行後、同進会を応援する会でも書籍を取り扱う予定です。一般書店でも購入可能。(応援する会世話人・大山美佐子) 
 
■『教誨師関口亮共とBC級戦犯 
 ――シンガポール・チャンギー刑務所 1946−1947』 
 編著者 布川玲子・伊藤京子 
 (2017.7.10発行予定、日本評論社) 
 関口亮共は、2度目の招集により一兵卒として従軍したシンガポールで、終戦を迎えたが、戦犯裁判の開始を受け、そのままチャンギー刑務所で教誨師を務めることとなり、1年近くの間に87名(内朝鮮出身者は、9名)の死刑執行を見送りました。 
 本書は、亮共が住職を務めた天台宗・明長寺の本堂の奥深くに保管されていた遺品の中から、このほど発見されたチャンギー関連の文書を、整理し公開するものです。それらのうち、特にチャンギーから持ち帰った「手記」は、茶色く変質し触れるともろくボロボロ崩れてしまい、判読に苦労しました。ここに写真で示す、元同進会会長で裁判の原告団団長も務められた、文泰福さんからの葉書もありました。このほか本書では、洪起聖さんのチャンギーからの手紙や、同進会支援者の若松斉さん(医師)や阿部宏さん(泰緬鉄道で鉄道隊所属)の手記や書簡も実物の写真を多く入れて紹介しています。 
 このような「Pホール」からの生還者の方々の証言と教誨師亮共との交流から、チャンギー刑務所が、70年の時を超えて甦ってくることを実感します。亮共もそうですが、登場する受刑者の一人一人が、極限状況の中で、人間性の全てを曝しぶつけ、しかし同じ運命を分かつ「戦友」である、このチャンギー刑務所という舞台に胸が苦しく、熱くなります。 
 なお、編著者・伊藤京子は亮共の孫であり、布川玲子は亮共の小学校教師時代の教え子です。 
 また、明長寺の所在地は、川崎市川崎区大師本町で、文泰福さんの葉書末尾に付記されている大原禎萬氏の居所「池上新田中留耕地(現、桜本)」は、寺からほど近いところです。戦前から戦後までしばらくの間、明長寺の本堂では、朝鮮人の方々のご遺骨をお預かりしていました。ちなみに、ハガキの差出人文元哲一さんが文泰福さん、末尾に言及されている大原禎萬さんが�翊�萬さんであることは、李鶴来さんにお教えいただきました。(元・山梨学院大学教授・布川玲子) 
 
■『日本における外国人・民族的マイノリティ白書 2017年』が刊行されました。 
 外国人人権法連絡会が毎年発行しており、戦後補償のほか、ヘイトスピーチ、移住労働者の受入れ、難民保護や外国人管理体制、沖縄やアイヌ差別、マイノリティの子どもたちの権利など、最近のトピックを広範に取り上げています。日本の人権のリアルな状況がこの1冊に。 
 韓国・朝鮮人BC級戦犯者の立法運動については、大山美佐子が執筆しています。 
 A4判 104頁 頒価1,000円 
 ご注文は在日韓国人問題研究所(RAIK)へ 
 Fax:03−3202−4977 
 E−mail:raik@kccj.jp 
 
■李鶴来さん自伝『韓国人元BC級戦犯の訴え』(梨の木舎)も好評発売中です。 
 四六判 254頁 定価1700円+税 
 応援する会でも取り扱い中 
 (特別価格1500円+送料一律200円) 
 振込用紙で直接注文も可。 
 E−mail:BCQ@nifty.com 
 
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【活動日誌】2017年 
 
1月20日 『同進会を応援する会通信』No.32発行、 
      同進会&応援する会合同役員会 
 
4月 1日 映像&トークでたどる韓国・朝鮮人BC級戦犯者 
     「同進会」62年のあゆみ 
     (岩波セミナールーム、51名) 
 
5月17日 韓国・朝鮮人BC級戦犯者問題の 
      今国会での立法解決を求める院内集会 
     (衆議院第一議員会館第 5会議室、70名) 
 
6月 3日 『同進会を応援する会通信』No.33発行 
 
       ★       ★       ★ 
 
〔発行〕 
 韓国・朝鮮人元BC級戦犯者「同進会」を応援する会 
(代表:内海愛子) 
 
◆連絡先 
(住所)162−0823 東京都新宿区神楽河岸1−1 10階 
 東京ボランティア市民活動センター気付 
 メールボックスNo.120 
(E−mail)BCQ@nifty.com または ZXF00410@nifty.com 
(電話) 090‐6548‐7031(大山) 
 
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 「同進会を応援する会」 
 三菱東京UFJ銀行 神保町支店 普通2414414 


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