2017年07月14日04時54分掲載  無料記事
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エマニュエル・マクロン著 「革命:これは僕たちのフランスのための闘争だ」(Révolution)

 フランスの新大統領になったエマニュエル・マクロン氏は選挙運動中に己の考えと政策をまとめた「革命:これは僕たちのフランスのための闘争だ」(Revolution : C'est notre combat pour la France )という本を出版した。この本は自分の思想がどのように生まれたのか、学生時代に読んだフランスの古典の類などの回想から始まり、やがて本丸へ。仕事は不安定で収入も少ない「プレカリテ」の象徴であるCDDと呼ばれる短期雇用(有期雇用)からCDIと呼ばれる無期雇用へと労働者をどう転換していけばよいのか。今、始めようとしている労働法改革の基本的思考や今後のフランスが取るべき環境政策や外交政策などを章ごとにまとめている。実を言えば今年の大統領候補者のこうした類のPR本の中では最もわかりやすくまとまった本と言えるだろう。つまり、よくできた本だ。 
 
  マクロン氏の任期中の最大の政策は労働法の改革である。というよりむしろ労働法の解体、と言った方がよいかもしれない。その改革によって戦後のフランスを象徴する労働者の手厚い待遇や権利の保護を緩め、経営者の側の裁量で解雇が楽にできるように改めようというのである。正規雇用を増やすためには解雇をもっと楽にして金もかからないようにしないといけない、という理屈である。勤務条件や賃金、あるいは雇用自体も経済状況で浮き沈みもあるのだから、労働者は硬直した左翼のイデオロギーを捨てて経営者に理解を示すべきだという考えだ。さらには労働組合の権限も大幅に狭める。これはアングロサクソン流のマネージメントを取り入れて、フランス的な社会制度を解体しようという試みである。そして世界の経済の趨勢に沿って、比較優位のなくなった産業分野は早くつぶして、新しい見込みのある分野への労働者の速やかな移動を進める必要があると説く。いかにも金融業界のエリートらしい発想だ。 
 
  法律で労働者と経営者を縛るのでなく、仕事によって様々な事情があるのだから、これからは労使間の企業内交渉で勤務条件や賃金などを取り決めるべきだというのである。その個々の交渉が労働法よりも優先されるべきだというのがマクロン大統領の基本姿勢である。これは一見、当事者同士のためのように響くが、実際には買い手市場の現代では雇用する側の声が絶対的になっていく可能性が高いだろう。だが、驚いたことにフランス人はマクロン氏を大統領に選んだだけでなく、マクロン氏が作った政党の候補者に議会での圧倒的多数を与えたのだった。フランス人が変化を望んでいることは確かである。しかし、この方向でフランス人は本当に幸せになれるのだろうか。日本でも管理職は残業代を請求できないように労働法の改正を進めているが、今、世界でグローバル競争の激化を理由に、労働法解体の波が押し寄せている。キーワードは「競争力の強化」だ。 
 
  今日の7月14日は革命記念日で、フランスでは「7月14日」とそのまま呼び祭日になっている。フランス革命は99%が1%を倒した政治変革だった。しかし、今日では1%が革命を始めたように見える。そして、大衆は圧倒的な支持を示したのだった。マクロン氏は「革命」の中で、フランスのエナルク(ENArque) と呼ばれるフランス国立行政学院(ENA)出身の高級官僚を特権階級であると指摘し、高級官僚の世界にもオープンな競争原理を持ち込むと語っている。行政府の政治家が官僚の指導層の人事を決める制度であり、日本で導入された内閣人事局やアメリカの政治的任用と同じ発想である。 
 
  「革命」の中でマクロン氏は毎週の閣議ごとに各省の官僚幹部職の約300人を指名する制度はすでにフランスには存在するし、大変よい制度だが、実際には機能できていない。これまで政界でもエナルクが多かったために狭い仲間内で利益を分け合ってきただけだと言う。だから今後は官僚の世界だけの昇進制度ではなく、民間人でも能力があれば官僚の幹部職に採用するべきだと言う。しかも、民間の才能を集めるにはもっと高給にしなければいけないとも語っている。これは労働法に限らず全面的な規制緩和のための基本準備と言えるだろう。日本でたとえるなら、財務省の事務次官や局長などのポストに民間から、たとえば三井住友銀行幹部やオリックスグループ幹部、野村證券幹部などが続々と抜擢されるようなイメージであろう。大企業にとってはまさに嬉しい大統領だ。 
 
  マクロン大統領を日本の政治家に例えたら誰に一番近いかと言えば私見では「自民党をぶっ壊す」と言ってスターダムにのし上がった小泉純一郎元首相である。マクロン氏は社会党員ではなかったが、バルス首相の社会党政府に経済大臣として勤め、その1年後には社会党を事実上、ぶっ壊してしまったのである。20世紀のイデオロギーに固執する労組や2大政党の幹部、あるいはエリート大学出身者による特権官僚のピラミッド社会。マクロン氏はこれらの既得権者を廃して、世界に開かれたフランスにすると語ったために大衆が拍手したのだった。かつて小泉首相が既得権益を壊す、と語って新自由主義的改革への支持を得た記憶と重なるのである。だが忘れるべきではないのは今年のフランスの選挙はかつてなく棄権が多かった選挙だったことだ。 
 
 
村上良太 
 
 
■フランス大統領選 先頭に出た男エマニュエル・マクロン氏(元経済相・元金融マン) その経済政策は? 
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