2017年07月17日13時27分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201707171327171

コラム

国際化の時代に「都民ファースト」

  今年の都議会選挙を制覇した「都民ファーストの会」というネーミングはフランス語に訳せば確実に極右政党「国民戦線」の系譜に属することになるだろう。この言葉が東京都民にアピールしたのはなぜだろうか。都民ファーストは何に対して都民を優先するかと言えば日本では既得権を持つ支配層に対して有権者である都民の利益を優先する、という意味合いだと思う。しかし、一つ間違えると、都民=日本人ファーストという意味に受け取られる可能性もある。日本の国の首都だから都民ファーストで何が悪いのか、と思う人は少なくないだろう。 
 
  フランスの国民戦線の思想と戦略もまったく同じである。ただ、国民戦線には1972年の結党以来の長い歴史があり、結党以前にも極右運動の歴史を持った参加者たちの歴史があり、それは1950年代のアルジェリア独立戦争まで遡る。名誉党首のジャン=マリ・ルペン氏はアルジェリア戦争に自ら兵士として参加し、フランスの報道ではアルジェリアの独立運動家に拷問を行っていたとされる。そんな国民戦線は2011年に二代目の党首となった三女のマリーヌ・ルペン氏になって、父親の時代より言葉に気を付け、ソフトになろうと努力してきた。ただ、あからさまなムスリム排斥の言葉は避け、遠回しな言葉を使っているものの、排斥の思想自身は決して変わったとは言えない。「フランス文化を愛さない人々はフランスを去れ」というのが二代目のメッセージであり、そのフランス文化はカトリックと結びついているが、イスラム教やその文化ではない。つまり、言葉は変わっても異文化は受け付けない、と言っているのである。 
 
  都民ファーストという言葉はこの国民戦線に似ているのである。都民に置き換えれば「都民戦線」となるだろう。そして、将来は国政に進出して「国民ファースト」になる可能性もある。日本会議のメンバーである小池百合子前代表や大日本帝国憲法の復活を祈願した野田数代表には極右的思想が見られる。「都民ファースト」というネーミングには明らかに昨年、米大統領選で排外主義のドラルド・トランプ氏が掲げた「アメリカファースト」の影響があるに違いない。これはアメリカ人優先という意味である。しかし、そのトランプ氏は就任から半年もたつと支持率が最低に向かって落ちつつある。大統領職から解任せよ、という声まで本当に上がり始めている。ヒラリー・クリントン候補が嫌いだからトランプ候補に投票したという人々が多かったのだろうし、共和党予備選では保守本流を嫌って改革を訴えるトランプ候補に投票したという人が多かっただろう。ところが、トランプ候補にフェアな社会と福祉的な政策を期待した人々は当てが外れたようだ。 
 
  フランスでは国民戦線は今年、大統領を生むのではないか、と一時は考えられたが、ふたを開けてみると大差で人種の平等と多様な文化の共存を訴えるマクロン氏に敗れた。国民戦線は躍進してきたが、まだまだフランス人の中には極右政党に国の政治を任せるわけにはいかないという思いの人々が多い。だから二回目の決選投票に国民戦線が出てくると、結束して対立候補に票を投じる傾向がある。そのことが2002年のジャン=マリ・ルペン対ジャック・シラクの大統領選の決選投票に似た展開を今年も生んだと言えるだろう。マクロン氏が新自由主義と言う理由で左派の中には決選投票で棄権した人々も多かったが、積極的に好きでなくとも国民戦線を勝たせることはできないと最後の最後に棄権せずマクロン氏に投票した、と語る人々も多かった。 
 
  この傾向はパリに特に強かった。パリでの国民戦線の得票率は10%だった。全国平均では国民戦線のマリーヌ・ルペン候補の得票率は30%以上である。支持者の多い地域では50%近くの得票率があった。だからパリの投票傾向は他の都市とは明らかに一線を画していた。 
 
  パリには世界中から観光客が集まる。世界の人々に愛されるためには排他的な思想の都市であってはならないだろう。もし「パリジャン優先党」という政党がパリの議会の過半数を占め、移民や外国人を排斥し、フランス人優先の国民教育を始めたらそれはナチ占領時代を彷彿とさせてしまう。占領時代のパリではユダヤ系の人々を逮捕してアウシュビッツ収容所に送っていた。公務員たちは職務として組織的にそれを行っていたのである。ユダヤ系の人々がフランスの国民であってもナチの人種差別主義のもとで国民を人種で分断し、ナチの大量殺人の手助けをしていた。そのようなパリはもはや人々に愛されることはないだろう。ただ、フランス人は愛国心が非常に強い。先祖が起こした革命の歴史にも誇りを持っている。それでも、自国民優先の極右思想と国を愛する愛国精神とを区別する人々が多いのだ。 
 
 
村上良太 
 
 
■パトリック・モディアノ著「ドラ・ブリュデール」(邦訳タイトル「1941年。パリの尋ね人」) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201602180848024 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。