2017年11月12日13時44分掲載  無料記事
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コラム

生活を保障する資金を全国民に一律に支給する「ベイシックインカム」の提唱者たち

  生活を保障する資金を全国民に一律に支給する制度を「ベイシックインカム制度」と言う。フランスの社会党から選出されて今年、大統領選に立候補したブノワ・アモンが提案し、注目を集めた。あまりにも現実から遊離しているという批判もあった。ベイシックインカムの制度を導入したら、みんな怠け者になってしまうのではないか、と見る人も少なくない。まるで遅れてきた共産主義だ、と見る人もいる。 
 
  だが、その一方で、生活に必要な資金(食費、住宅費、教育費)を全員に与えるベイシックインカム制度の必要性はこれにより、人間の知的能力を向上させることができるからだ、と説く人々がいる。アメリカで新しい知的挑戦をしている人々がそのアイデアや経験を話す場を提供しているTEDで講演したルトガ―・ブレグマン (Rutger Bregman)もその一人だ。以下のリンクはそのスピーチである。人間は貧乏になると、知的能力が低下してしまう。だから、社会学的に見ればベイシックインカムを導入した方が安上がりにつく、という。ベイシックインカムを導入せず、現状のままにすると犯罪が増加したり生活保護費用が高騰したり、失業対策費が増加したりするなど、よほど高くつくと言う。これは新しく、かつ非常に刺激的な話だ。 
https://www.ted.com/talks/rutger_bregman_poverty_isn_t_a_lack_of_character_it_s_a_lack_of_cash#t-152235 
  ルトガー・ブレグマンはオランダのまだ若い歴史学者だが、彼がこのように考えるようになったきっかけが、イスラエル生まれでアメリカで研究している学者、エルダー・シャフィル(Eldar Shafir)に出会ったことだという。プリンストン大学のシャフィル教授は欠乏がいかに人間の判断力を低下させてしまうか、という研究をしてきた。シャフィル教授もTEDで講演をしているのだが、欠乏状態で絶えざるストレス下にある人間は物事を判断する際に、充足した人々に比べてはるかに悪い決断をする傾向が高いのだと言う。シャフィル教授はこれを大きなカバンを持って必要なものは一通り詰め込んでいる人と、小さなカバンを持って最小限のものしか持ちあわせていない人との比較で語っている。最少限のものしか持っていない人は不測の事態に対応するのが難しいし、常に価格の高いものを買う羽目になりがちだ。要するに長期的な視野で落ち着いて物事が考えられなくなるのだと言う。以下のリンクは2011年にシャフィル教授が行った講演である。欠乏状態にある人々ほど高度で複雑な判断をする必要があるにも関わらず、ダメな判断ばかり行ってしまいがちなのだという。 
https://www.youtube.com/watch?v=gV1ESN8NGh8&t=616s 
  注目すべきことは、いつも充足している人々は頭がいい集団に属しているからで、いつも欠乏している人々は頭が悪い集団に属しているからだ、というような遺伝的な議論をしていないことだ。シャフィル教授はインドのサトウキビ農民を調査して、収穫の前と後で知的能力がどの程度、違うのか、あるいは変わらないかを調べた。すると、収穫後は格段に知的能力が収穫前よりも高かったのだと言う。つまり、収穫後にお金がどっと入って来ると、充足状態になるために余裕ができて知的能力も高まったと言うのである。同じ一人の人間でもお金が充足すると知的能力も高まるのだ、という研究データがあるのだ。だから、シャフィル教授に学んだブレグマンはベイシックインカムは貧困者に提供するベンチャー投資みたいなものだ、という。貧困者に対して貧困とは無縁の人たちが「これをやりなさい」とか「これをあげます」などといろんなことを提示するけれども、そういうのはたいてい活かされない。一番いいのは生活に困らないようにお金を渡すことだ、という。「貧困問題を解決するにはどうしたらいいか、お金をあげればいい」という実にシンプルな方法にそれまで思い至らなかったとブレグマンは振り返る。 
 
  いつも借金に追われ、高い利子に追い詰められていると、短期的なものごとに追われ続けて、次第によい解決策を見いだすことが難しくなっていくのだという。このことは近年、先進国と言われてきた国々で中流階層が減少し、貧困層が増えていることと、政治が貧困になっていることとの関連すら考えさせるものではなかろうか。 
 
  一方、フランス社会党の大統領候補だったブノワ・アモン(Benoit Hamon) の場合は、ロボットが今後、多くの仕事を劇的に消滅させるだろうから、ロボットに課税して、それをベイシックインカムの予算にすればいいと言っていた。実を言えばロボットの進化によって今世紀中に仕事の意味も社会のシステムも大激動する可能性があるらしい。左派の論客も右派の論客もそう語り始めているのだ。逆に言えばそうでもしない限り、人間社会が維持できないくらいまで格差が増大する可能性がどうやら迫ってきているらしいことだ。人口は90億人に近づいているのに人類の仕事の総量が人工知能の発達と各種ロボットの増加で劇的に減っていく可能性があるというのである。ベイシックインカムがなかったら、ものを生産しても買うことのできる人まで絶えてしまう。つまり、過去形で(20世紀の思考回路で)この制度設計を考えていたのでは大きく時代の変化に遅れてしまう、ということのようである。 


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