2018年03月12日21時59分掲載  無料記事
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検証・メディア

「北朝鮮は今まで核放棄の約束を反故にしてきた」という幻想  Bark at Illusions

 合衆国のドナルド・トランプ大統領が、非核化の意思を示したキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長との会談の要請を受け入れたことで、朝鮮の核・ミサイル開発問題は解決に向けて大きく動き出した。しかし相変わらず日本のマスメディアは、この問題についての誤った認識に基づいて朝鮮政府の非核化の意思を疑っている。 
 
「北朝鮮は非核化への期待を裏切り続けてきた歴史があり、今回も核開発の時間稼ぎとの見方がいぜん根強い」(朝日18/3/10) 
 
「核放棄を約束してはそれを破り、核・ミサイルの開発を続けてきたのが、これまでの北朝鮮だ。今回も核・ミサイル開発を継続するための時間かせぎではないかと疑われるのも当然だろう。韓国を取り込み、日米との分断を図ろうとしているという懸念もある」(毎日18/3/8) 
 
「北朝鮮、本当にこれまで巧妙に国際社会を欺いてきたわけです」(有馬嘉男NHKニュースウォッチ9 18/3/7) 
 
「これまで北朝鮮はさんざん約束を反故にしてきたわけです」(富川悠太 報道ステーション18/3/6) 
 
 これまで日刊ベリタ(17/10/16、18/2/1) が指摘してきた通り、マスメディアのこのような認識は間違っている。ここでもう一度、朝鮮の核・ミサイル開発を巡る経緯について振り返っておきたい。 
 1990年代初頭、朝鮮の核開発疑惑で米朝の緊張が高まったが、米朝両政府は戦争を回避するため、朝鮮が核兵器の原料となるプルトニウムを生産できる黒鉛炉と建設中の原子炉を廃止すること・その見返りとして合衆国がプルトニウムを抽出しにくい軽水炉2基を提供すること・軽水炉の完成まで合衆国が代替エネルギーとして年間 50万tの重油を供給すること・両国が米朝関係の完全な正常化に向けて行動すること・朝鮮は NPTにとどまり、核査察協定を遵守することなどで合意した(1994年「米朝枠組み合意」)。 
 
 枠組み合意の交渉に関わった元合衆国国務省当局者のレオン・V・シーガル氏によれば、朝鮮側はこの枠組み合意に従って、その後「2003年までいかなる核分裂性物質も作らなかった」(ティム・ショーロックThe Nation 17/9/5、酒井泰幸訳Peace Philosophy Centre 17/9/18)。しかし合衆国側は、議会で多数を占めていた共和党の反対で資金が得られず、民主党の「クリントン政権は他に資金源を探さざるを得なくなり、供給の遅れは著しく、『時には数年』にもなった」。この遅れを枠組み合意の破棄と見なした朝鮮側は、合意に含まれていなかった中長距離ミサイルを発射するという対抗措置を取った(同)。 
 
「1998年に、米国の敵視政策を終わらせるよう説得する必死の試みで、北朝鮮はミサイル計画を交渉のテーブルに乗せることを提案した。クリントンが難色を示すと、北朝鮮政府はテポドンと呼ばれる3段式ロケットを打ち上げ、人工衛星を宇宙に送ろうと試みたが失敗した。これが引き金となって、クリントンは……ミサイル交渉を開始」(同)。2000年、米朝の敵対関係終結を宣言する「米朝共同声明」を発表した。 
 
 2002年、枠組み合意を快く思っていなかった共和党のブッシュ政権は、朝鮮のウラン濃縮計画の存在を理由に枠組み合意を破棄した。重油の供給を停止された朝鮮側は核施設凍結解除を発表し、2003年1月に核拡散防止条約(NPT)から脱退した。合衆国側は十分な証拠を示すことなく朝鮮がウラン濃縮プログラムを進めていると主張したが、「2002年に北朝鮮が実際に本格的なウラン型核兵器計画を持っていたかどうかについて、多くの分析家が疑問を投げ掛け、むしろ本当にあったのはウラン濃縮の実験計画」だったとされる(同)。 
 
 2003年8月、朝鮮の核開発問題解決を目指す6者協議(合衆国・朝鮮・日本・韓国・中国・ロシア)が発足。6者協議は2005年、朝鮮が核開発を放棄すること・朝鮮に対して5者が経済支援やエネルギー支援を行うこと・日米と朝鮮の関係正常化などを盛り込んだ共同声明を発表したが、その直後に合衆国政府が偽ドル流通疑惑やマネーロンダリング(資金洗浄)疑惑を理由に朝鮮に経済制裁を課したため、朝鮮政府は反発して核開発を再開し、翌2006年に最初の核実験を行った。偽ドル流通疑惑は中央情報局(CIA)による捏造事件だったと伝えられている。 
 
 朝鮮が核実験を行った直後にブッシュ政権が朝鮮との直接対話に応じて6者協議が再開され、2005年の共同声明実施のための措置について合意する(2007年)。朝鮮政府はこの合意に従って核実験を停止し、原子炉の運転も停止した。しかし朝鮮の核放棄の検証方法でサンプル採取を求める合衆国政府の要求を朝鮮側は拒否。これに対して合衆国や日本・韓国が合意されていた朝鮮へのエネルギー支援を打ち切ったため、6者協議での合意は事実上破綻した。 
 オバマ政権は対話を拒否して韓国との合同軍事演習を拡大させ、これに対して朝鮮側もミサイル実験や核実験を繰り返して再び朝鮮半島の緊張が高まった。朝鮮政府は、朝鮮戦争を正式に終結させて米朝間で平和協定を結ぶことや、合衆国が朝鮮に対する敵視政策をやめることなどを条件に、核実験の中止やミサイル実験の中止、さらには朝鮮半島の非核化に応じる意向を示してきたが、オバマ政権は一切聞き入れなかった。 
 
 トランプはキム・ジョンウンとの首脳会談について非常に前向きだと伝えられている。ひとまずはトランプ大統領とキム委員長の会談が朝鮮半島の非核化や東アジアの平和と安定につながることを期待したい。しかしこれまでの経緯を振り返るならば、朝鮮の核・ミサイル問題が解決しないのは、控えめに言っても米朝双方に責任があり、約束を反故にしてきたのは、むしろ合衆国政府だとマスメディアは言うべきではないか。 


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