2018年04月07日11時15分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201804071115516

アフリカ

【西サハラ最新情報】  追悼、ブハリ西サハラ国連代表  平田伊都子

 「アハマド・ブハリ西サハラ国連代表逝去」の報せが、2018年4月3日に国連報道室のリー記者から入ってきました。 亡くなったのは4月3日、スペイン・ビルバオで、死因は癌だそうです。 同じ頃、好戦的なナセル・ブリタ・モロッコ外務大臣が、ワシントンの米国務省とニューヨークの国連詣でをして<モロッコ開戦>のアドバルンを挙げていました。 そんな外交戦争の緒戦に起こったトップ西サハラ国連代表の死、、すんなりと「ご冥福を祈ります」と、言えない気分です。 
 
.蝓宍者が悲報をスクープ: 
「国連で、長年にわたり論戦を闘ってきたアハマド・ブハリが、永遠に口を閉じてしまった」との出だしで、国連報道室のリー記者がアハマド・ブハリの逝去を世界に流した。「4月末のMINURSO(国連西サハラ住民投票監視団)一年再更新を目前にして、住民投票を強く求めてきた論客アハマドを失うことは、誰よりも、自ら住民投票を提案して和平交渉を勧めてきた国連にとって、大きな痛手だ」と、リー記者は言及し、「国連は力に支配されるマフィア下部組織のようなものだ。アハマド・ブハリなき国連は、、より哀れな存在になる。安らかに眠れ、、」と、しめくくった。 
 ステファン国連事務総長報道官がアハマド・ブハリの逝去を発表したのは、4月4日だった。 
 西サハラ難民政府の情報センターSPS(サハラ・プレス・サービス)が、「命日の4月3日から7日間、西サハラ民族は喪に服す」と、ブハリの死を悼んだ。西サハラ民族葬が4月8日に難民キャンプで行われる。 
 
➁ アハマド・ブハリ西サハラ外交闘士: 
 アハマド・ブハリは1952年9月19日、ダハラ漁村(モロッコ占領地・西サハラにある)で生まれた。小学校と中学校を故郷ダハラで終えるとスペインに渡り、テネリフェ大学で法律を学んだ。学生時代からポリサリオ戦線の独立運動に参加し、スペインの学生仲間に西サハラ独立運動の大義を説き支援を募った。1978年から1980年までスペイン・ポリサリオ戦線代表、1980年から1984年までパナマ大使、1985年から1988年までベネズエラ大使を務めた。1992年に国連西サハラ代表となり、厳しいモロッコとの交渉で外交技能を磨いた。 
 そして、国連主導の直接交渉が7年ぶりに再開されるかどうかという正念場を迎えた今、突然、ブハリ西サハラ国連代表は天国へ旅立った。関係者一同、モロッコが手を下したのでは?と疑った、、癌のことなど、殆どの人が知らなかった。死ぬ前日に、国連交渉を嫌い戦争に持ち込もうとフェーク情報を流し続けるモロッコを、「モロッコは、ポリサリオ戦線西サハラ難民軍が停戦協定を破って国連緩衝地帯に侵犯したと主張し、国連に侵犯行為を糾弾せよと、迫っている。が、難民軍は侵犯していない。モロッコのほうこそ、モロッコ・ラリーのコースにこの国連緩衝地帯を故意に加え、2018年1月8日、多数のラリー車に侵犯させた。その時、コースを視察に来た西サハラ国境警備の写真を撮って、それを証拠にフェークの侵犯を作ろうとしている。モロッコ・ラリーは、まさに嘘捏造のために企まれた」と、モロッコを痛烈に批判する声明を出していたからだ。 
 モハマド・ブハリ西サハラ国連代表、享年65才、奥さんと子供5人と、西サハラ難民を残して、旅立った。 
 
モロッコはひたすら戦争へ: 
モロッコはアハマド・ブハリの逝去を、4月6日に至るまで全く伝えていない。 
モロッコは、4月1日のエイプリルフールにモロッコ国会で狼煙を上げ、国連安保理に挑戦の書簡を送り、4月2日、4月3日と国連報道室で戦争予告ともとれる発言を繰り返した。 
 その一方で、ナセル・ブリタ・モロッコ外務大臣は、ワシントンやニューヨークでロビー活動を活発化させ、モロッコの領有権と西サハラ側の侵犯とモロッコ先制攻撃の正当性を主張して回った。そして、4月4日、国連事務総長アントニオ・グテーレスと会い、モロッコ国王モハンマド裟な轍爾凌峠颪鮗蠹呂靴拭4月4日のロイターは、記者会見でブリタが、「もしUNや国際社会が、モロッコの西サハラ側停戦違反糾弾に耳をかさない場合には、モロッコが決着を付ける。あらゆるオプションを用意している」と語ったことを、伝えている。 
 
 筆者はアハマド・ブハリさんに何回も、インタヴューをしています。 
ニューヨークで、ジェームス・ベーカー元米国務長官を待つ難民キャンプのテントで(結局ドタキャンされた)、第13回西サハラ民族大会で、飛行機で、第14回西サハラ民族大会で、、、いつも、ブハリさんは穏やかな笑みを浮かべて、きついことを言ってました。 「To be, or not to be,,(生きるべきか、死ぬべきか)」というシェークスピアの台詞が口癖でしたが、筆者はいつもこの台詞を削ってきました。 ごめんなさい。 
でも、どうしてこの台詞がお好きなんですか? 
 
 
WSJPO 西サハラ政府・日本代表事務所 所長:川名敏之     2018年4月7日 
SJJA(サハラ・ジャパン・ジャーナリスト・アソシエーション)代表:平田伊都子 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。