2018年04月18日11時06分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201804181106083

検証・メディア

「イラク日報」問題の深層⊆衛隊派兵は「政治的ポーズ」と政府高官 「人道復興支援」の正体隠しのため取材規制

  これまで「存在しない」とされてきた自衛隊のイラク日報が、なぜ急に開示されることになったのかの経緯は今後の国会論議と報道に待つとして、ひとつだけはっきりしている事実がある。それは、政府が一貫して自衛隊の「人道復興支援」活動の実態を国民の目から隠そうとしてきたことだ。前回見たメディアの取材規制はその表れである。では、「イラクの人びとのための国際貢献」と主張された自衛隊の活動を、メディアをつうじて国民に積極的に広報することを避けた理由は何だったのかが問われる。(永井浩) 
 
 マスコミ各社が「非戦闘地域」のサマワから取材陣を総引き揚げしたあとも現地で取材をつづけた、日本電波ニュースのカメラマン前川光生によれば、「サマワ市内にいるかぎり安全だった」という。 
 前川は、9・11米同時多発テロ以降、アフガン戦争、イラク戦争を最前線で取材してきた。サマワ入りしたのは2003年12月で、フセイン元大統領拘束のニュースを祝して住民が空にむけて撃ちまくるAK47の銃弾が降り注ぐなかでカメラをまわした。その後、翌04年8月まで191日間、サマワに滞在した。05年12月にも再度、サマワで9日間取材した。開戦直後のバグダッドをくわえると通算で一年以上、イラクにかかわった。 
 前川もほかの日本人ジャーナリスト同様、自衛隊の到着を待ちわびるサマワの人びとの歓迎ぶりに初日から驚かされた。わざわざ老人が握手をもとめてくる。町を歩けば、通り過ぎる人すべてが「日本人だ」とささやきあっている。何人かの日本人記者が、「自衛隊歓迎」の英語の横断幕を漢字にしてくれと頼まれた。だが前川は、しだいに、人びとの自衛隊への期待の大きさと自衛隊の復興活動とのギャップに気づき、こころを痛めるようになった。人びとの期待が怒りへと転化するのに時間はかからなかった。 
 しかし、自衛隊への反発が強まったからといって、サマワで取材する日本人ジャーナリストが危険にさらされるような状況になったわけではない。前川は、取材網をひろげるとともに身の猜欷鵜瓩琉嫐もかんがえて、イラク人社会にできるだけ溶け込もうとした。それでトラブルに巻き込まれるようなことはなかった。それどころか、やがて自衛隊宿営地への砲撃が増え始めたころ、親しくなったイラク人から、「自衛隊の宿営地を砲撃するところ見たい?」と誘われ戸惑ったこともある。 
 低所得層に支持者を増やしているシーア派の反米勢力サドル派の事務所を取材したとき、ガジ・アルザルガーニ師は開口一番、「あなた方を事務所内に入れたのは民間人だからだ。自衛隊が来たら入れない」と述べ、日本の支援への不満をならべ立てた。 
 だが、日本人特派員の多くは防衛庁など東京の記者クラブ担当者で占められ、最大の取材対象は自衛隊の活動であるにもかかわらず、それがサマワの人びとにどのように受け止められているのかには関心がなさそうだった。彼らは、地元の事情に疎いうえ積極的にサマワの人びとと接しようともしない。みずからが確認すべき現地の情報より、「日本人へのテロの危険がある」といった、外務省などをつうじた東京からの未確認情報に過敏になっているように、前川には見えた。ホテルの関係者とトラブルを起こし、身の危険を感じたと口にする記者もいた。あやふやな情報に振りまわされているところへファルージャでの日本人の人質事件が起きた。外務省の要請にこたえて、マスコミの記者はいっせいにサマワを後にした。水鳥の羽音に浮足立つ平家の軍勢のように。 
 前川には、外務省から連日、「早く出てくれ。日本人が攻撃を受けるおそれがある」と電話がかかってきた。前川は応じなかったし、東京の電波ニュース本社も彼に帰国を求めなかった。彼は、東京発の狢臻椡槌表瓩伝えないサマワの人びとの声を一部テレビなどに流しつづけた。 
 自衛隊による取材規制はあいかわらずで、そのたびに前川は首をひねった。イラク支援の学校補修の取材をしようとしたところ、イラク暫定政府の教育局からストップがかかった。「民間人には取材させない、撮影は自衛隊だけだ」とのこと。どのような圧力のかけ方をしているのかわからないが、「異常だ」だと彼は感じた。陸自の取材を申し込むと、「民放さんとの間ではイラク取材はしないことになっていますから」と門前払いを食ったこともある。 
 自衛隊への取材は、おなじサマワの治安を担当するオランダ軍への取材より困難だったという。オランダ軍の宿営地入りは簡単だが、自衛隊の宿営地には入口までに二重三重の厳重なチェックがある。あるとき、地元の子どもたちにサッカーボールを寄贈するから取りに来いという連絡があった。子どもたちは「「風雲!たけし城」にたどり着くように」(前川)やっと入り口までやって来て、一時間待たされたあげくに人道復興支援の品を受け取った。水の供給もおなじような形でおこなわれた。自衛隊は、米軍関係者はもとよりオランダ軍を訪れるオランダの要人や議員まで撮ってはいけないと指示した。 
 陸自のサマワ撤収がせまった06年5月末、読売新聞ロンドン支局の飯塚恵子は英軍の護衛の下にイラク南部を取材し、サマワの自衛隊取材をめざした。陸自取材は日英両国政府と調整のうえ、二日間の日程が組まれた。ところが、取材当日の朝になって「首相官邸の高官」から直接、拒否するとの通告を受けた。高官が衛星電話で飯塚記者に伝えたその理由は「安全確保」のためではなく、「一社だけの単独取材は認められない。他社も断っており、報道各社は横並びでないといけない」というものだった。 
 飯塚はその経緯を詳しく書いた『新聞研究』(06年8月号)への寄稿でこの高官が誰なのかは明らかにしていないが、政府の政策決定過程に事務方責任者としてかかわってきた内閣官房副長官補の柳澤協二は自著『検証 官邸のイラク戦争』(岩波書店)で、帰国した飯塚にこう話したと書いている。「日本は、政治的ポーズのために自衛隊を派遣している。出していること自体が目的であって、国民の支持を動員する必要がない。むしろ、報道が、政府に対する批判の種になることを恐れている」 
 柳澤はこの発言を「私の分析」としているが、このような認識は小泉政権の官邸に広く共有されていたとみてよいだろう。「政治的ポーズ」とは、自衛隊のイラク派兵によって日米同盟最優先の旗幟を鮮明にすることであり、覇権国家米国の後押しで日本の国連安保理常任理事国入りを果たそうという目論見だった。同政権が、国民の強い批判や疑問に対してじゅうぶんに耳を傾けないだけでなく、多くのイラクとアラブ世論を敵に回してまでして推し進めた「人道復興支援」なるものの正体は、こういうことだったのである。その正体を見破られないようにするためには、メディアへの取材規制や取材妨害は当然の措置なのである。 
 飯塚記者は『新聞研究』の報告記事で、彼女が自衛隊取材に「失敗」したという話は多国籍軍の各幹部や各国の記者たちの間に広まり、バスラの英軍基地にもどると質問攻めにあったとして、こんな声を紹介している。 
 英陸軍高官は「部隊はふつう、本国に活動の様子を報道されたいものだ。それが士気高揚につながり、国益にも資する。理解できない」と憤った。この高官は、日本の憲法と自衛隊の海外派遣の微妙な関係なども頭に入っていた。イタリアの大尉は「日本軍は、何か報道されるとまずいことでもしているのか」と半ば冗談に彼女を慰めた。バグダッドから来ていた米星条旗新聞の記者は「単独取材のどこがいけないのか。危険地帯では、すべての新聞、テレビがそろう取材など、そもそも実現しないだろう」と話した。オランダのストラーテン記者は「この事件は記事にした方がいい。国民も怒るはずだ」と勧めた。ハミデュディン報道官は「自衛隊はナゾだらけだ」とうなずいた。 
 飯塚は自衛隊取材は果たせなかったものの、サマワで通訳や英語教師ら地元住民約10人に話を聞いた。一斉に噴出したのは、陸自への不満だった。自衛隊は地元の要望にこたえてくれないないというのだ。陸自の復興支援活動は、イラク政府や地元住民のみならず、米英両政府や諸外国から高い評価を受けていると聞いていた日本人記者は、予想外の厳しい自衛隊批判に「面食らった」という。英軍広報部が意図的に一握りの不満分子を集めたのでは、と一瞬疑ったほどだ。「が、英軍広報も思わぬ展開に戸惑っていた」 
 サマワ住民の批判が妥当なものなのかの検証の必要性を感じながら、彼女はつぎのように記す。「前述の首相官邸高官は『自衛隊の活動については、ホームページで提供している』と主張した。だが、メディアが部隊の現地取材を怠り、チェック機能を果たせなくなれば、現代の『大本営発表』になってしまう」 
 だが東京のマスコミ各社は、飯塚記者への報道圧力に対して一致団結して政府に抗議することはなかった。 
 陸上自衛隊は2年半におよぶ「人道復興支援活動」を終えて、7月中にサマワ撤退を完了することが決まった。メディア各社は撤退部隊の第一陣を取材しようと、隣国クウェートで待ち受けていた。しかし7月7日、到着直前になって防衛庁からの指示により、取材は中止とされた。「安全確保のため」というのが理由だった。 
撤収のためクウェートにむけて陸自部隊の第一陣が英軍ヘリに乗り込む写真が朝日、毎日、日経に載ったが、いずれも「防衛庁提供」のキャプションがついていた。 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。