2018年04月19日12時23分掲載  無料記事
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検証・メディア

「イラク日報」問題の深層人道復興支援「成功」のフェイクニュース メディアは今こそ再検証を

  自衛隊のイラク日報をめぐる連日の報道には、重要な点が抜け落ちている。自衛隊が「非戦闘地域」とは言えないような状況に置かれていた事実を指摘しながら、ではなぜ、政府の主張する「イラクの人びとのための人道支援活動」に対して砲撃が相次いだのか、何者が自衛隊への敵対行動を展開したのかという疑問を解明しようという姿勢は見られない。小泉政権が憲法をねじ曲げてまで強行した自衛隊による「国際貢献」とは何だったのかを再検証し、私たちはこの経験から何を学び取るべきかを考えるために、この問題点から焦点をそらしてはならないだろう。(永井浩) 
 
 2006年7月の陸上自衛隊のサマワからの撤収完了を論評する日本の大手紙の社説は、いずれも判で押したようなおなじ表現で始まっている。「なによりも1人の犠牲も出なかったことを素直に喜びたい。イラクの人々を傷つけることもなかった」(朝日、7月20日)、「1人の犠牲者も出さずに任務を終了したことは、国民にとって何よりの朗報である。1発の銃弾も発射しなかったことも評価したい」(毎日、19日)、「小泉首相が言うように、『一発のピストルも撃たず、他人に銃口を向けず』、隊員に一人の犠牲者も出なかった」(読売、19日)と、隊員の無事を喜んでいる。 
 この三紙の評価は、政府の主張とまったく同じである。再度、内閣官房副長官補だった柳澤協二の『検証 官邸のイラク戦争』を引けば、彼は「自衛隊の任務が成功だったかどうかと言えば、私は、迷わず成功だったと考えている」と自賛している。「成功と考える最大の要因は、自衛隊が一発の弾も撃たずに、一人の犠牲者も出さずに任務を終えたことだ」といい、首相談話の直前に小泉首相にそのことを進講したと誇らしげに記している。三紙の社説は、官邸のブリーフィングをそのままコピーしたかのようである。 
 自衛隊員に犠牲者が出なかったことは、もちろん喜ぶべきことである。だが、きびしい環境のなかで汗水たらして奮闘したとされる、自衛隊による人道復興支援活動の成果は何だったのか。朝日の社説は、まず日米関係への貢献を挙げ、「ドイツやフランスなどが背を向ける中での自衛隊派遣は、ブッシュ米政権にとって何よりの支えだった。おかげで日米関係はスムーズになった」と評する。社説は、自衛隊が学校の補修や通訳、宿営地の雑務などでサマワの人びとに仕事と賃金をあたえ、地元の期待に応えようとしたと評価するが、サマワの人びとが自衛隊の活動をどのように見ていたかは検証されない。そして「残念なのは、この間の自衛隊の姿が国民にあまり伝わらなかったことである」とつづく。では、なぜ伝わらなかったのか。「サマワ一帯を含むイラクには邦人退避勧告が出され、メディアの側も十分な報道ができなかった」からだ。政府の報道規制に屈せずジャーナリズム活動を貫こうとしなかったメディアみずからの弱腰は棚上げにされ、政府の報道規制にだけ責任があるかのようである。 
 毎日、読売の社説も多少の違いはあるものの、基本的には同工異曲である。三紙に共通しているのは、国際貢献を「する側」の日本側の視点、それも現場取材を放棄して政府発表のデータだけから自衛隊の活動の「成果」を評していて、貢献を「される側」のイラクの人びとの視点は無視されていることである。 
 今回防衛省が開示したイラク日報でも明らかにされたように、サマワの人びとは自衛隊の活動にさまざまな不満と怒りを募らせていたことがわかる。それが宿営地内外への砲撃やデモにつながったのである。そのような事実は当時、イラクのネットメディアや一部の日本人ジャーナリストで伝えられ、日刊ベリタもアラビア語ニュースから数多くを翻訳配信した。だが日本のマスコミは、「非戦闘地域」から退去し、東京の狢臻椡槌表瓩鰺蠅蠅砲垢襪世韻如現地からの情報を確認することもできなかった。そして人道復興支援は「成功」とするフェイクニュースを流したのである。 
 サマワの人びとが自衛隊に反発したのは、彼らが当初期待した復興支援なるものがいっこうに目に見えるかたちで示されないことへの失望と不満が大きな要因とされるが、それだけではない。底流にあるのは、米軍のイラク侵略に「日本軍」(と彼らは呼ぶ)が加担したことに対する、多くのイラク国民の怒りである。 
 イラクをはじめとするアラブ世界は、伝統的に親日的だった。それがアラブと日本の真の相互理解に基づくものであったかどうかは別にして、「親日」にはいくつの背景がある。ひとつは、経済大国としての日本のイメージである。1970年代末以降、イラクの建設プロジェクトを次つぎに請け負って市民生活や産業施設などのインフラを整備していったのは、日本企業だった。それとともに「日本」がブランドとしてイラクの人びとの意識に定着し、日本への信頼感が醸成されていったという。もうひとつは、中東における日本の政治姿勢である。この地域を植民地化した欧州諸国や、戦後、石油利権やパレスチナ問題で軍事介入を深めた米国とは異なり、日本は歴史的にアラブ世界で手を汚していない唯一の先進国とみられていた。先進国でありながら、日本は中東のいかなる国にも武器輸出をしてこなかった。そのような国として、多くの中東諸国の人たちが日本に敬意と好感情をいだいていた。 
 また、米国による広島、長崎への原爆投下の破壊から立ち上がって平和的に国家再建をなしとげた国としての日本のイメージも定着している。 
 だが長年にわたって両国民が築き上げてきた無形の財産が、自衛隊のイラク派兵によってあっという間に崩壊した。信頼していた日本が、アラブとの友好より日米同盟を優先し、「侵略軍の傭兵」に成り下がったとする声がアラブ世界の識者だけでなく民衆レベルにまで拡大した。そのような声は、東京新聞と日刊ベリタなどの一部市民メディア以外ではほとんど伝えられなかったが、アラブでは「反日」は世論となりつつあった。一例だけを、日刊ベリタの記事から紹介する。 
 イラク戦争までイラクの各国駐在大使を歴任した元外交官で、イラクの抵抗勢力の動向に詳しい研究家のサラーフ・アル・モフタールは、「自衛隊のサマワ駐留をどう考えるか」という日刊ベリタの電子メールによるインタビューにつぎのような回答を寄せた(04年9月6日) 
 「われわれはもともと、この軍隊がサマワであろうとどこであろうと、イラクに駐留することに反対している。理由は日本がイラクの植民地化に参加し、イラクに敵対する行為だからだ。それにより、イラクのみならずモーリタニアからオマーンまでアラブ世界全土にわたり、日本にとって将来、深刻な問題を引き起こすことになるだろう。日本は、かつて一度も日本に敵対したことがない(アラブの)民衆に対する武装侵略の片棒を担いでいるのだ。 
 侵略の約三ヶ月前、駐インド日本大使が、当時インド駐在のイラク大使であった私の自宅を訪問して意見を求めた。そのとき、私はイラクに対するいかなる戦争にも日本が参加しないよう警告した。私は、日本が侵略に加担することは、日本をとんでもない落とし穴に陥れることになるから、イラクへのいかなる敵対行為にも参加しないことで、日本政府が自国の利益を擁護し、アラブ全般、とくにイラクとの将来の関係を維持するよう、日本政府を説得することを頼んだ。また、どんな強国によるものであろうとも、イラクに対する侵略は必ず失敗すると力説し、米国とその同調者を打ち破る手段としてゲリラ戦を採用するとも説明した。 
 だが残念ながら、日本は私の忠告に耳を傾けなかった。その結果、日本は現在、イラクで深刻な窮地にはまりこんでしまった。この先はさらに大きな危険が待ちかまえている。 
 私はあのときの日本大使が(私の発言を)覚えていると確信する。現在、彼は日本にいるだろうから、あのときの会談内容について彼に確認してほしい」 
 ファルージャで日本人ボランティアらを拘束して日本の撤退を要求した武装勢力も、サマワで自衛隊に敵対する行動を繰り返した人びともこうした底流でつながっていた。だが日本の政府は、アラブ世界に対する日本の無知を危惧し、日本が窮地に陥らないような選択をすべきだという元イラク外交官の忠告を無視した。アラブの代表的衛星テレビ、アルジャジーラは、イラクの反米武装闘争の担い手を「抵抗勢力」と呼んだが、日本の政府もマスコミも米国政府にしたがって「テロリスト」と呼んだ。 
 イラク日報の開示を受けてメディアでは、自衛隊のイラク派遣の政府決定の経緯をふくめて政府は英国やオランダにならって透明性の高い検証作業に取り組むべきだとの声が聞かれる。4月18日の朝日新聞社説は、「イラク派遣を含め、これまでの自衛隊の海外活動を丁寧に検証し、その教訓の上に安保法を見直す。それこそ、いま政治に求められる責任である」と論じている。そのとおりであるが、検証すべきは政府の政策決定過程だけではない。 
 新聞・テレビがジャーナリズムの基本的責務を放棄し、戦後日本の安全保障政策の根本的転換の現場をきちんと報道せず、イラクの「人道復興支援」を「成功」とするフェイクニュースを発信し、日米同盟への貢献の代償としてアラブの親日感情を失うことに加担することになったのはなぜなのか。メディアにはそれを国民に説明する責任がある。 


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