2018年06月22日13時44分掲載  無料記事
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アジア

キリンビールがロヒンギャ迫害のミャンマー軍当局に人道支援名目で寄付 アムネスティが告発

 世界的なビール大手のキリンビールが、ミャンマー軍当局に、暴力の被害者支援の名目で多額の寄付をしていることが、国際人権団体アムネスティの調査で分かった。キリンホールディングスはアムネスティに対し、子会社のミャンマー・ブルワリーが昨年9月1日から10月3日にかけて当局に3回の寄付を行い、寄付額は総額3万米ドル相当になると文書で回答した。「ロヒンギャの人びとに対する民族浄化を行っているまさにその部隊に、寄付をする企業があるとは、信じられない」とアムネスティ国際ニュースは報じている。(大野和興) 
 
 アムネスティ国際ニュースは6月15日、「日本の当局は、世界的なビール大手のキリンビールのミャンマーでの子会社が、ロヒンギャの人びとに対する民族浄化が行われている最中に、軍と当局に献金をしていたことを直ちに調査すべきである」と述べたうえで、その詳細を次のように報じた。 
 
以下、アムネスティ国際ニュースからーー 
 
キリンホールディングスはアムネスティに対し、子会社のミャンマー・ブルワリーが昨年9月1日から10月3日にかけて当局に3回の寄付を行い、寄付額は総額3万米ドル相当になると文書で回答した。 
 
キリンホールディングスによれば、献金は暴力の被害者を支援するため、ということだ。しかし、アムネスティの理解では、第1回目の寄付は、9月1日にミャンマー・ブルワリー社員から軍の総司令官、ミンアウンライン上級大将に手渡された。総司令官が自身のフェイスブックにその様子を撮った動画を投稿していた。首都ネピドーであったこの式典の様子は、テレビでも放映された。 
 
キリンホールディングスの説明では、その時の寄付額は6000ドルだった。ミンアウンライン総司令官は、「寄付の一部は、ラカイン州北部で展開する治安部隊員や州職員に渡るだろう」と述べた。 
 
ロヒンギャの人びとに対する民族浄化を行っているまさにその部隊に、寄付をする企業があるとは、信じられない。寄付が、人道に対する罪を犯している部隊の作戦に使われるおそれがあるだけではない。ミャンマー・ブルワリー社員が、軍幹部が出席する寄付の式典に出たことで、同社がロヒンギャに対する軍の対応を支持すると受け止められかねらないという懸念も生じる。 
 
日本政府は、自国の企業に対し、事業展開する国・地域を問わず、人権侵害に加担させないという責任を負う。当局は、直ちにキリンホールディングス子会社の寄付を調査すべきである。 
 
●キリンのミャンマーでの投資 
 
同社は、2015年にミャンマーのビール最大手、ミャンマー・ブルワリーの株55%を5億6千万米ドルで取得した。残りの株を持つのは、ミャンマー・エコノミック・ホールディングス(UMEHL)で、このコングロマリットを所有するのが、現役の軍人や元軍人である。 
 
昨年8月29日、ミャンマー政府はキリンホールディングスに対し、UMEHLとの別の合弁事業で、マンダレー・ブルワリーの51%の株を430万米ドルで取得することを許可した。キリンホールディングスは、これらの投資により成長途上の同国のビール市場の80%を獲得できると述べている。 
 
キリンホールディングスは世界的なビール大手で、自社ブランド展開の他に、豪州やニュージーランドでは飲料会社ライオンを傘下に持ち、フィリピンではサン・ミゲルビールの48.6%を保有する。 
 
寄付は、軍によるロヒンギャの男女、子どもへの残虐行為を、各国メディアがこぞって報じていた時に、行われた。その時点ですでにロヒンギャ数万人がバングラデシュに逃れていた。 
 
昨年9月11日、国連人権高等弁務官は、「ロヒンギャへの攻撃は、典型的な民族浄化だ」と評した。また、アムネスティが詳しく調査したところ、軍の治安部隊が複数の人道に対する罪を犯していることが明らかになっている。 
 
こうした状況は世界で広く報道されていた。しかしキリンホールディングスは、昨年9月23日と10月3日にも、ラカイン州政府にさらに数回の寄付をしていた(キリンの回答より)。 
 
●公開情報で暴かれた「人道支援」という仮面 
 
キリンホールディングスはこの4月、アムネスティに対し「ラカイン州政府への寄付3件(2件は金銭、1件は物品:米と食用油)は、暴力事態の被害者に対する人道援助の要請に応じて行ったものだ」と文書で説明した。同社は、「寄付は軍に対するものではない」と主張するが、ミンアウンライン総司令官のフェイスブックなどで公開されている情報と矛盾する。 
 
アムネスティのデジタル検証班は、同氏のフェイスブックの動画を分析・検証した。そのうちの1本に、昨年9月1日の公式な式典で、同氏や他の制服を着た軍当局者らが、多数の企業から金品を受け取っている様子が映っていた。 
 
式典の1週間前の8月25日には、ラカイン州で武装集団アラカン・ロヒンギャ救世軍が連続襲撃事件を引き起こし、最近の危機的な事態を生む発端となった。アムネスティや他団体が、軍による殺人、強かん、拷問、焼き討ち、兵糧攻めなど、国際法の人道に対する罪にあたる卑劣な襲撃の様子を世界に伝えた。この作戦により70万2000人以上のロヒンギャの人びとが、バングラデシュへの避難を余儀なくされた。 
 
昨年9月1日、テレビで報じられた演説の中で、ミンアウンライン軍総司令官は、治安部隊の作戦を正当化して、次のように語った。「企業から贈られたのは現金寄付で、国防と治安の職責を背負って身を危険にさらす軍人や州職員、またアラカン・ロヒンギャ救世軍の残酷な襲撃で土地を追われた先住民族に対するものだ」。 
 
●合弁会社による寄付 
 
アムネスティが知る限り、ミンアウンライン軍総司令官は、キリンホールディングスが認めた他の寄付についての声明は出していない。 
 
しかし、同氏は9月11日のフェイスブックで、UMEHLとその合弁会社18社が、19,200米ドルを寄付した別の式典についても説明していた。キリンホールディングスからは、この時も寄付をしたのかについての説明はなかった。 
 
ミンアウンライン総司令官によれば、これらの寄付は、ラカイン州で犠牲になる危険がある中、国家の防衛や治安維持任務を解かれた治安隊員や職員、また、アラカン・ロヒンギャ救世軍のテロで住み慣れた土地を追われた人びとのため、そして国境地帯のフェンス建設のためのものだった。 
 
そのわずか数日前、アムネスティとメディアは、軍が国境フェンス沿いに国際的に禁止されている地雷を使っていたことを報じていた。バングラデシュ政府は、ミャンマー当局が地雷を使用したことに対して公式に抗議している。 
 
●記録文書は提供されず 
 
キリンホールディングスによると、「ミャンマー・ブルワリーは、ラカイン州でも他の州でも、軍の作戦を支援する目的で寄付したことは、直接かUMEHL経由かを問わず、一度もない」とのことだった。 
 
また、キリンホールディングスは、「UMEHLとの提携条件に、ミャンマー・ブルワリーが、軍事目的のために資金を拠出することを明確に禁じる条項がある」と述べた。しかし、キリンは、UMEHLがその条項を遵守しているか否か、確認したことを示す証拠は提示しなかった。その点を追求されると、「合意内容は社外秘だ」と述べた。また、両社間の合意書にこの種の寄付について記載されているのかも定かではない。 
 
キリンホールディングスはアムネスティに、「事前にUMEHLから寄付をしたいという説明があり、ラカイン州政府の銀行口座に振り込んだ旨の報告が後にあった」と述べた。だが、その銀行振込を示す証拠は示されず、その資金が最終的にどう使われたのかの説明もなかった。ただ、「寄付の経路を詳しくは検証しなかった」と認めた。 
 
軍ではなく州政府が寄付の受け手であったとしても、依然としてその寄付には、重大な人権上の懸念が残る。州政府こそが、ロヒンギャの人びとに対するアパルトヘイトともいえる状況を作り出し、長年維持してきた張本人なのだ。アパルトヘイトは人道に対する罪である。 
 
軍あるいは州政府への寄付により、ミャンマー・ブルワリーは、長年、差別で苦しめられてきたロヒンギャや他の民族の人びとに対する人権状況を悪化させるリスクを冒したのだ。キリンホールディングスがこれらの寄付が使われた先を説明できないのは、極めて懸念される。 
 
●企業の責任 
 
人権を尊重するという同社の責任は、国連のビジネスと人権に関する指導原則にその要点が明記されている。この国際基準に沿って同社のような企業は、事業展開する場所を問わず、すべての人権を尊重する責任を負う。 
 
その責任を果たすために、企業は、その事業活動が人権侵害を引き起こしたり、人権侵害を助長することがないよう保障しなければならない。企業は、人権を侵害するリスクがあることを前提としたデューディリジェンス分析を行い、人権への潜在的な影響、現実に起きている影響を、特定・評価すべきである。 
 
しかし、キリンホールディングスがアムネスティに提出した文書によると、同社はそのような措置を取らず、その結果として、当局への寄付を通して、またラカイン州での軍の行動を支持するように見える対応をすることで、ミャンマーでの人権侵害を助長するリスクを冒している。 
 
同社は今年2月、キリングループ人権方針を制定した。アムネスティに、ミャンマー・ブルワリーの対応を優先的に検証すると述べた。また、すべての寄付を停止するとも宣言した。 
 
しかし、新方針に基づく内部検証というが、怪しげな寄付から4カ月も経っており、遅きに失するし、あまりに不十分だ。懸念される人権への負の影響は、もうすでに現実のものとなった可能性がある。 
 
今回のキリンホールディングスの対応は、なぜ企業は人権デューディリジェンスを行わなければならないのかを示す格好の事例である。 
 
誤解がないようにしておくが、アムネスティは、企業に対しミャンマーとの関係を断つことを求めているわけではない。また、ミャンマーへの投資に反対しているわけでもない。アムネスティが求めるのは、キリンホールディングスおよび他の企業に対して、責任ある行動をとるとともに、人権侵害リスクの高い事業環境下で侵害を助長するのを避けるためにとっている措置を公開することだ。 
 
また日本には、ミャンマーで事業をする企業が、人権侵害を助長したり引き起こしたりすることがないように保障する責務がある。当局は、ここに挙げた献金を調査し、日系企業に対し、ミャンマーで投資やビジネスを行うにあたり、事前にデューディリジェンスを実施することを義務付けるべきである。 
 
アムネスティとキリンホールディングスとのやり取りの内容は、下記リンクから見ることができる。 
https://app.box.com/s/1zxkmaey5oi3hmy3z133cldtuh7j03y9 
 
≪背景情報≫ 
 
日本政府は2016年、ビジネスと人権に関する国別行動計画(NAP)を策定する計画があることを公式に発表した。人権の促進に向けて企業の行動を規制する取り組みは、もちろん必要であるし、アムネスティは、NAPができるだけ早期にまとまるよう求めている。しかし、日本政府は、NAPが策定中であることを、不正を働く企業への対応が遅れる言い訳にしてはならない。 
 
アムネスティ国際ニュース 
2018年6月15日 


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