2018年07月25日13時05分掲載  無料記事
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自著を語る(2)政府もマスコミも対米依存 『「ポスト真実」と対テロ戦争報道──メディアの日米同盟を検証する』 永井 浩

 日本の対テロ戦争報道の顕著な特徴のひとつは、欧米、とくに米国主流メディアの情報への過度な依存である。 
 
二〇〇一年の「九・一一」同時多発テロを受けて、ブッシュ政権がテロリスト殲滅をめざす戦争を宣言しそれを「正義の戦い」と呼ぶと、同国の主流メディアはこれを支持、新聞とテレビには「愛国報道」があふれた。メディアは、唯一の超大国がなぜイスラム教テロリストの攻撃を受けたのかという自国の世界政策と事件との関連を究明する作業はしなかった。米国は国際テロリスト「アルカイダ」の拠点があるとされるアフガニスタンのタリバン政権を崩壊させると、イラクを次の標的にさだめた。攻撃を正当化するために、米国はフセイン政権の「大量破壊兵器保有」と「テロリスト支援」を主張した。メディアに、政府情報の真偽を確認し、戦争の道義性を問う姿勢はみられなかった。イラク攻撃は、フセイン独裁政権から国民を解放する民主化作戦ともされた。 
 
 小泉純一郎首相はいち早くブッシュ政権の対テロ戦争に支持を表明し、日本の「国際貢献」と「日米同盟の強化」を叫び、自衛隊の海外派兵を進めていった。新聞、テレビも、基本的にはブッシュの正義の戦争とこれを支持する小泉政権に好意的な報道と主張を展開した。一例をあげれば、朝日新聞社説は九・一一をブッシュの口移しで「文明世界」への挑戦ととらえ、テロに対する国際社会の結束への日本の協調を説いた。各紙は、独自に戦争の真実を追究しようとするジャーナリズム精神の発揮を怠り、イラクの大量破壊兵器保持を疑うことなく日本の国際貢献と日米同盟のあり方に議論が集中した。 
 
 だが世界には対テロ戦争への反対と疑問の声も強かった、というよりそれが国際世論の主流だった。イラクへの武力行使を急ぐ米英に対して、国連安保理では国連査察団による大量破壊兵器の有無確認を優先すべきだとする声が大勢を占め、仏、独などの欧州諸国も明確に武力行使に反対した。国連討議と並行して、二〇〇三年二月一五日には、世界六〇か国で一〇〇〇万人の市民が「大義なき戦争」に反対する反戦デモ繰り広げた。 
 
 アラブ世界で圧倒的な信頼を得ているカタールの衛星テレビ局アルジャジーラは、最初から、イラク侵攻の合法性をはっきりと否定し、戦争を「対イラク戦争」、米英軍を「侵略軍」と呼んだ。この侵攻がイラクの民主化実現のための解放戦争だとは、一度たりとも認めなかった。サダム・フセインを米国のマスコミのように「独裁者」とは呼ばず、「大統領」と呼んだ。イラク各地で激化する米軍への攻撃を、ブッシュ政権はサダムの残党、アルカイダ系のテロリストの仕業をみなしたが、アルジャジーラは武装勢力を抵抗勢力と呼んだ。こうした基本姿勢はアルジャジーラ独自のものではなく、アラブ世界の世論の大勢を反映したものであった。彼らから見れば、「正義の戦争」は「不義の戦争」だった。 
 
 米軍はイラクとアフガニスタンで劣化ウラン弾を含むハイテク兵器による大規模爆撃作戦を展開したが、犠牲となったのはテロリストではなく、テロリストとは関係ない一般市民だった。アルジャジーラは、次々に病院に担ぎ込まれる負傷者、凄惨な遺体、患者の阿鼻叫喚を放映したが、米国のテレビや日本のテレビにはそのような戦争の真実はほとんど流されなかった。米国と日本のマスコミは、米英軍の空爆開始まえにバグダッドから撤退してしまっていた。そのいっぽうで日本の新聞とテレビ各社は、イラクに進軍する米軍に従軍記者を派遣した。開戦に反対した仏、独などの欧州メディは空爆下のバグダッドに踏みとどまり、空爆下を逃げまどうイラクの人びとのなかに分け入り、けが人が担ぎ込まれる病院からのレポートをつづけた。 
 
 日本のメディアを支配したのは、攻撃する側の米軍の視点からの情報であり、攻撃されるイラク側の視点、とりわけ人的被害は軽視された。正義の戦争はブッシュ対フセインという枠組みにとじ込められて、その犠牲となる一般市民の肉声はかき消された。 
 
 政府と軍部の情報統制が強固だったアジア太平洋戦中とは異なり、現在の日本は言論・表現の自由を憲法によって保障された民主国家であり、戦争についても新聞、テレビ、雑誌などは国民の「知る権利」にこたえるジャーナリズム活動を展開するのになんの障害もないはずだ。だとすればメディアは、権力者が国民と世界をふたたび誤った方向に導いていかないようにするため、この戦争について国民一人ひとりがきちんとした判断を下すのに不可欠な、多様で多元的な情報・言説の提供につとめなければならない。にもかかわらずマスコミは、米国の政府と主流メディアの情報に多くを依存した猜亳報道瓩砲茲辰董∪亀舛寮鐐茲凌深造帆澗料を示さないまま、国民に対テロ戦争への対応を求めたのである。 
 
 それだけではない。ホワイトハウスが、戦争の大義とされたイラクの大量破壊兵器の保持もテロリスト支援の事実もなかったことを認めたあとも、日本のメディアはそのことを追認報道するだけで、米国の政府と主流メディアの流したフェイク情報に依拠してきた自らの誤報責任を認めようとはしなかった。遅きに失したとはいえ、ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストが、政府のウソをもとに戦争を後押しする報道をつづけたことを反省し、誤った報道の経緯を独自に検証する記事を掲載し、前者の編集長は検証報道後に交代したのとは対照的である。(つづく) 
 
(ながい ひろし 神田外語大学名誉教授 元毎日新聞編集員 本紙主筆) 
 
『「ポスト真実」と対テロ戦争報道──メディアの日米同盟を検証する』(明石書店、二〇一八年) 


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