2018年07月28日12時37分掲載  無料記事
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自著を語る(3)いまこそ「対テロ戦争」の国民的検証を 『「ポスト真実」と対テロ戦争報道──メディアの日米同盟を検証する』 永井 浩

 権力が設定したニュースの枠組みの真偽を多様な情報と現場取材をつうじて確認していくというジャーナリズムの基本精神が疎かにされたもうひとつの典型が、自衛隊の「人道復興支援」報道である。 
 
 今年四月に防衛省が開示した自衛隊のイラク日報に「戦闘」や「銃撃戦」などの文字があったことから、自衛隊派兵地域を「非戦闘地域」としてきた政府の説明との整合性が問われている。だがメディアリテラシーをはたらかせるなら、この問題を報じる新聞、テレビに読者、視聴者は疑問を抱かないであろうか。政府が隠してきた現地の実態をなぜマスコミはこれまで報じてこなかったのか、である。 
 
 陸自本隊の主力部隊第一陣がサマワに到着する二〇〇四年二月前後から、政府が「イラクの人びとのため」と称する人道復興支援を取材するために、マスコミは記者とカメラマンを多数派遣した。現地からは、地元の人びとが自衛隊の活動をいかに期待しているというニュースが報じられた。ところが、四月にファルージャ近郊で日本人ボランティア、市民活動家ら三人が武装勢力によって人質にされたという大ニュースが流れると、政府はサマワ周辺で取材活動をする日本人記者に避難勧告を出し、マスコミ各社はこれに従って国外に退去してしまった。 
 
 この時点で、「非戦闘地域」であるはずのサマワも日本のジャーナリストが撤退しなければならないほど治安が悪化していたのであろうか。もし特派員をいっせいに引き揚げざるをえないような「危険地域」となったと認識するのなら、サマワを非戦闘地域と強弁しつづける政府の主張は事実に反し、イラク特別措置法にもとづいて、戦闘地帯での自衛隊の活動はできないことになる。だが、サマワに特派員を送っていた大手新聞に、「なぜ特派員を引き揚げたのか」「サマワ周辺の深刻な治安状態」について現地取材をふまえた詳細な記事は見当たらない。この点を社論として問題提起しようとする新聞もなかった。 
 
 以後、新聞、テレビは防衛庁による東京での狢臻椡槌表瓩鮨發賣すだけだった。そして、〇六年九月に陸上自衛隊が撤収すると、新聞とテレビは自衛隊の現地での取材を放棄したままだったにもかかわらず、人道復興支援を政府の発表の口移しでいっせいに「成功」と報じた。 
 
 だが今回開示されたイラク日報は、自衛隊宿営地に対する度重なる砲撃や日本以外の有志連合国の部隊と地元武装勢力との衝突など、サマワがけっして政府が強弁するような非戦闘地域ではなかった事実を明らかにした。自衛隊は地元住民のデモ隊から抗議の声も浴びせられている。政府が「イラクの人びとのための人道復興支援」と称し、マスコミが「成功」と評価した自衛隊の活動を、地元の人びとはけっして歓迎していなかったのである。 
 
 そしてその背景には、アラブの人びとの伝統的な親日感情の崩壊があった。イラクをはじめとするこの地域の人びとは、ヒロシマ・ナガサキの廃墟のなかから平和的に経済大国として発展した日本に尊敬の念を抱いていた。こうした親日感情に支えられて、日本の企業はアラブ各国での経済発展に寄与してきた。ところがその日本が、「侵略者米軍の傭兵」として軍隊、すなわち自衛隊を送り込んできたことへの失望と怒りがアラブ世界に強まった。だが日本の政府もマスコミもその事実に気づこうとしなかった。人道復興支援が日米同盟の強化に貢献したことを自画自賛するだけである。 
 
 米国では、議会上院の特別調査委員会と政府調査団が、イラクの大量破壊兵器保持の事実がないことを報告書にまとめた。代表的新聞も誤報を自己検証した。英国でも独立委員会が、ブレア首相(当時)の開戦判断の根拠に不十分な点があったことを明らかにした。メディアも米国のように政府支持一色ではなく、開戦の是非をめぐり国論が二分され、政府の流すイラクの大量破壊兵器情報に懐疑的な報道が目立った。 
 
 いっぽう日本では、小泉首相がどのような情報と判断にもとづいて正義の戦争を支持したのかはいまだに明らかにされず、安倍首相は英国の独立委員会の最終報告書がブレア政権のイラク参戦を失敗と総括したあとも、小泉首相のイラク戦争支持を妥当とする判断を変えていない。それだけでなく、「積極的平和主義」の旗印のもとに、日米の軍事協力の強化にさらに前のめりになろうとしている。主要メディアは、「テロの脅威」と「日米同盟」に呪縛されて吠えることを忘れ、権力のなし崩し的な現状変更のごり押しを追認するだけのように見える。 
 
 民主党政権の首相をつとめた鳩山由紀夫(現・友紀夫)は、イラク戦争へのかかわりが検証されることなく日米同盟の強化が進む現状に強い懸念を表明し、「日露戦争後も大東亜戦争後もそうだったように、徹底した国民的検証を行わずに惰性で進むのが日本の習性になっています」(『脱 大日本主義』(平凡社新書)と指摘しているが、これは政治指導者だけでなくマスコミについても当てはまる言葉といえよう。 
 
 では、メディアはもとより私たち一人ひとりが戦争の真実を追究し、これ以上「平和国家」が坂道を転げ落ちていくのを阻止するにはどうすればよいのか。その可能性と手がかりをどこに求めればよいのかについて関心をおもちの方は、もうひとつの拙著『戦争報道論──平和をめざすメディアリテラシー』(明石書店、2014年)の提言とともに知恵を巡らしていただきたければさいわいである。(了) 
 
明石書店刊、2018年 2800円+税 
ながい ひろし 神田外国語大学名誉教授 元毎日新聞編集委員 本紙主筆 


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