2018年08月26日21時32分掲載  無料記事
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コラム

まさか自慢話じゃないよな  藤澤 豊(ふじさわ ゆたか):ビジネス傭兵

  よく大学にはいったけど、ろくに授業にはでなかったという話を聞く。芸能人やタレントだけならまだしも、名のある大学の教授から、しらっと言われたときは、どういう顔をしたものかと戸惑った。いろいろお聞きして多少は顔見知りという気易さもあって、遠慮気味に「そりゃないでしょう、先生。授業にもでないで教授になんかなれっこないじゃないですか」と言い返した。 
 
  微笑を絶やさない先生で、ニヤっとして、そういうもんなんですよというようなことを言われた。詰め込み教育に苦しめられた高専出には本当のところはわからない。そういうもんだといわれれば、納得がいくいかないにかかわらず、そういうもんなんですかと思うしかない。知識と経験を求めて転職を重ねていたとき、いくつもの会社で知り合った同僚の何人もからも似たような話を聞かされた。そのたびにそういうもんなんだろうなと思う半面、そりゃないだろうという気持ちが消えることはなかった。 
 
  それは聞きようによって、本当は一所懸命か、少なくともそこそこは勉強したんだけど、それを口にしちゃという、普通の人の普通の謙遜に聞こえないこともない。ところが、いくら謙遜だろうと思って聞いても、口調からは、授業にも出ずに……が、古い言い方で言えばスマートにとでもいうのだろう、なにかにつけてうまくやって、ちゃんと卒業して、今はという自慢話?にしか聞こえない。 
 
  日本を代表するといっても過言ではない、東大医学部を卒業した医師でもある左翼知識人の一人が、著書のなかで大学生活の意味を語っていた。いわく、「青春時代の四年間、あるいは六年間を大学に身をおいて、自由に考えていろいろ経験して、社会に巣立っていく準備をする貴重な時間なんだ」確かにそうなんだろうなとは思うが、「はい、そのとおりですよね」って言う気にはなれない。 
 
  ろくに授業もでなかったなという話をする人が入った大学というのが、それなりに名のある大学で、巷で言うFラン大学ではない。そんな自慢話ともつかない話、ただ大学には入ったんだけどと学校名を伏せるようなことはしない。ちゃんと、どこそこ大学に行ったんだけどと、あるいは三田だとか本郷だとか地名から大学をほのめかす嫌らしさまである。遠まわしに、さり気ない言い回しで、もって生まれた「頭の良さ」の証にという魂胆までがすけてみえる。 
 
  授業にも出ずに、たいして勉強しないのなら、行かなければいいじゃないか。安くはない授業料を払って、たとえ私学にしても人様の税金まで使って、授業料に見合った教育を受けることを自ら放棄して、上手に違うことをというのなら、大学なんぞに行かずにもっと上手に違うことに専念すればよかったんじゃないか。その方が、「頭の良さ」を証明する実に合理的な選択肢だと思うんですけどと言いたくなる。 
 
  形だけ入って、うまく関係ないことをやった人が一人が受かって入ることによって、入れない人が一人でる。入れなかった人の方が、よっぽどまじめに勉強したかもしれないじゃないか。その人に失礼じゃないかと考えたことがあるのんだろうか、と厳しい言い方をすれば人間性を疑う。授業にも出ずにという自慢話からは、自分を横において他人に配慮する気持ちが感じられない。 
 
  大学進学率が高くなったとはいえ、半分くらいでしかない。本人の意思ではなく家庭の事情やらなんやらでいけない人たちもいる。学歴社会で職業人として生きていくうえで大学を出ているかいないかがどれほどの違いを生むかぐらいはわかっているだろう。 
  授業にも出ずに大学は出ましたというだけのような上司の下で、出ていないものが額に汗して働いても、大して恵まれるわけではない。そのハンディを背負っている人たちを目の前にして、よくもまあしゃあしゃあと、ろくに授業にも出ずにうまくと自慢話ができるものだとあきれたことがある。 
 
  嫌な気持ちなるのも回を重ねると、それなりに受け流す術が身についてくる。「ええっ、そんなことないでしょう。しっかり勉強してこられたんじゃなですか」と真顔でとってつけた世辞のような返事くらいはできる。後は実力でと思いきるしかない。それにしても日本の大学とはいったいなんなんだろうと、いつまでたってもわからない。法学部をでても、法律のことになんの興味もないだけならまだしも、何とか学部ときいて、いったい何を勉強する学部なのか見当のつきようのない学部すらある。アメリカでいうところのParty collegeに相当するのだろう。ハワイならさしづめ授業に出ないで、サーフィンやって、観光業で身を立てるってもありだろうが、観光なんとか学部なんてのに金払っていくのなら、最初から観光地で起業でも目指したほうがという話にならないか。 
 
  こんなことを言っていると、出ていないものの僻みでしかないと思われるだろうが、テレビでタレントと呼ばれる類の人から、「大学には入ったんですけどね……」を受けて、「えぇっ、それなんとか大学じゃないですか」とヤラセの話で名門大学の名前がでてくると、入れなかった一人の高校生に悪いじゃないかって、思うこともないんだろうなって、また同じことを思いだす。 
 
 
藤澤 豊(ふじさわ ゆたか):ビジネス傭兵 
 
Private homepage “My commonsense” (http://mycommonsense.ninja-web.net/)にアップした拙稿に加筆、編集 
 
ちきゅう座から転載 


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