2018年08月27日11時38分掲載  無料記事
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コラム

最低賃金のアップは、韓国社会を揺るがす大事件なのだ  澤藤統一郎(さわふじとういちろう):弁護士

  昨日(7月15日)から今日の各紙が、韓国の最低賃金アップを報道している。来年(2019年)度の最低賃金額が、時給8350ウオン(約835円)になる模様とのこと。19年1月から全国一律に施行される。その引き上げ率は10.9%。今年に続く二桁台となったことに瞠目せざるを得ない。同国の全国民こぞって歓迎であるはずはないが、なるほど政権が代わるということはこういうことなのだ。 
 
  この最賃引き上げは、文在寅の大統領選出馬に当たっての主要公約の一つだった。2020年には、最低賃金を時給10000ウオンにするというのだ。当時(17年)の最賃が6470ウォン。これを3年で55%引き上げるという公約。 
 
  その後の推移は以下のとおり。 
2017年 6470ウォン 
2018年 7530ウォン(16.4%増) 
2019年 8350ウォン(10.9%増) 予定 
2020年 未定 
 
  もちろん、賃金は労使の交渉で決まるのが本筋である。しかし、労使の交渉に任せておくだけでは、交渉力極めて脆弱な最底辺労働者の困窮が避けがたい。そこに労働条件の最低規準を保障する社会政策的な保護の施策が必要となる。それが、労働基準法であり、最低賃金制度である。労働条件の最低規準をどう定めるか。それは、その社会における労働者階層の政治意識の成熟度と政治的力量如何による。 
 
  「ひろばユニオン」(18年5月号)「韓国最賃事情と労組の活動(上)」(金美珍)によると、最賃のアップは、韓国労組全体の取り組みとなっているとのことで、けっして文政権が独走しているのではないという。「18年1月からの最賃(時給7530ウォン)引き上げによって全賃金労働者の18%、約277万人が直接影響を受けると推定される。主に若年層、60歳以上の高齢層、女性、非正規労働者がこれに含まれる。」という。大統領の支持が揺るがないはずだ。 
 
  東京都の現在の最低賃金は、時給958円。17年10月1日に引き上げられているが、引き上げ幅は26円。率にして2.79%である。韓国の最賃引き上げ率は、東京の5倍となるわけだ。かなり無理な引き上げではないか、との思いが先に来る。社会に歪みをもたらしている面も多々あるのでは。もちろん、雇用の機会を狭めているとの批判も免れないだろう。それにしても、底辺の労働者にはこの上ない朗報。 
 
  金美珍記事はこう解説している。 
 
  18年の最賃額はなぜ大幅に引き上げられたのか? 
その背景としてまず、17年に誕生した文在寅(ムン・ジエイン)政権による新たな経済政策パラダイムヘの転換があげられる。当選直後から、文政権は経済不平等の克服を重要な政策課題と提示し、「人が中心となる国民成長の時代を開く」ため「所得主導の成長」を主要経済政策の方向として打ち出した。 
「所得主導の成長」とは、質の良い仕事を提供することで家計の所得と消費を増やし、これが企業の生産と投資の増大、ひいては国家経済の健全な成長につながるという好循環経済のビジョンである。 
 
  文大統領は、選挙期から「2020年最低賃金1万ウォン(約1千円)」を公約として掲げ、政権交代後にも「所得主導の成長」の核心政策として最賃引き上げを強調し、家計所得の増大を試みている。 
 
  なるほど、アベノミクスとは正反対の発想。大企業と富者が儲かるように経済をまわせば、いずれは底辺の労働者にも、おこぼれがまわってくるというトリクルダウン論はとらない。真っ先に、最底辺の労働者の賃金を押し上げることで経済全体の活性化をはかろうというのだ。日韓、まったく逆の実験が進行していることになる。これなら、韓国の民衆は、自分たちの政府、自分たちの政権と考えることができるだろう。日本の大企業が、安倍政権を、自分たちの政府、自分たちの政権と考えている如くに。 
 
  韓国の最大紙「朝鮮日報」日本語版(7月15日23時11分)を引用しておこう。 
 
  「韓国の最低賃金10.9%引き上げへ、事実上1000円超」 
 
  2019年度の韓国の最低賃金が今年より10.9%(820ウォン)高い時給8350ウォン(約829円)に決定された。大多数の勤労者に支給が義務付けられている週休手当も含めると、最低賃金は1万30ウォンとなり、1万ウォンの大台を超える。 
 
  最低賃金委員会は14日未明、雇用者側の委員9人全員が欠席したまま、世宗市で第15回会合を開いた。月給換算では174万5150ウォン(月174時間労働、週休手当含む)で、現在よりも17万1380ウォン上昇する。 
 
  会合には公益委員9人、韓国労働組合総連盟(韓国労総)所属の労働者側委員5人の計14人のみが出席し、公益委員が示した案(8530ウォン)と労働者側が示した案(8680ウォン、15.2%引き上げ)をそれぞれ採決した結果、公益委員案を採択した。公益委員案は8票、勤労者委員案は6票を獲得した。最低賃金委で雇用者側の委員全員が欠席したまま、最低賃金が決定されたのは1991年以来27年ぶりだ。 
 
  最低賃金委によると、今回の引き上げで、来年には韓国の勤労者の4人に1人(25%)に相当する500万5000人の賃金が上昇する。 
 
   文在寅(ムン・ジェイン)政権が発足した昨年時点で6470ウォンだった最低賃金は2年間で29.1%上昇する計算になる。最低賃金委の統計を見ると、最低賃金が6470ウォンだった昨年にも勤労者全体の13.3%は法定最低賃金を受け取れていない。こうした中、最低賃金が2年で29.1%も引き上げられたことで、最低賃金を支払えない企業、結果的に違法状態に追い込まれる事業者が続出しかねないとの指摘もある。 
 
  この最低賃金増額が、韓国の経済社会を揺るがす大問題であることがよく分かる。経済が、政治的強制だけでまわるものではなかろうが、トリクルダウンではなく、ボトムアップをスターターとする実験。この成り行きを見守り、そして学びたいものと思う。 
(2018年7月16日) 
 
澤藤統一郎(さわふじとういちろう):弁護士 
 
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2018.7.16より許可を得て転載 
 
http://article9.jp/wordpress/?p=10744 
 
ちきゅう座から転載 


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