2018年08月28日09時25分掲載  無料記事
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司法

家庭裁判所と少年非行に何が起きているのか 家裁調査官が見た40年の変遷ぁ”塒徂垉泙両年法「改正」がすべて

  2000年代の家庭裁判所を一言でいえば、まさしく「少年法改正(改悪)」(以下記述は本来「改正」としなければならないが迂遠なので「」は省略。改憲等も同じ)が開始され、繰り返された時代と言ってよい。しかし、最高裁としては、1999年以降、島田仁郎長官及び竹崎博允長官のもと、裁判所全体として司法制度改革に取り組み、国民の期待を受けて裁判迅速化、計画審理、知的財産高等裁判所の新設を図り、司法制度を支える法曹の在り方として法科大学院新設を含む法曹人口の増加を進め、司法の国民的基盤を確立するために国民の司法参加による裁判員裁判の新設(2004年に裁判員法制定、2009年5月から実施)を行った、そのための奮励努力の10年であったと自画自賛すると思われる。この乖離の意味することは小さくない。即ち、大変遺憾なことではあるが、最高裁として少年司法を軽視することが常態化したと考えられるからである。(伊藤一二三) 
 
 具体的に、少年法改正は、2000年11月に第一次改正(2001年4月施行)、2007年6月に第二次改正(同年11月施行)、2008年6月に第三次改正(2009年1月施行)、2014年4月に第四次改正(同年5月施行)が行われた。 
 第一次改正では、少年審判への検察官関与・裁定合議制が導入され、刑事罰年齢を16歳から14歳に引き下げ、特に被害者を死亡させる等の重大事件については原則的に検察官送致とする(=成人と同じ刑事裁判とする)規定等を導入した。第二次改正では、14歳未満の触法少年にまで警察捜査権が拡大確立化され、14歳未満の触法少年による被害者を死亡させる等の重大事件を原則的に家庭裁判所へ送致すること(=児童相談所による児童自立支援施設等への措置を認めない)、少年院収容年齢を14歳以上から11歳程度まで引き下げること等が導入された。第三次改正では、被害者及び被害者遺族による少年審判傍聴制度の導入、被害者・遺族への少年審判説明制度の新設等がなされ、第四次改正では、刑法上の未成年者への重罰化が図られるとともに、少年審判に検察官が関与できる事件の範囲を拡大(ほぼ全事件について可能化)し、並行的に弁護士による国選付添人制度(第二次改正で新設)を拡大した。 
 
 第一次改正については、1997(平成9)年から法曹三者により意見交換がなされ、最高裁は(現場への説明や情報開示は一切なく)従前の少年法改正不要の立場を転換し、前記した家裁における裁判官単独の少年審判への疑念と不安から、少年審判に積極的に検察官関与を求める姿勢へと変化した。しかし、この法曹三者の意見交換を経た法制審答申に基づく少年法改正案は、検察官という国家権力を少年審判に関与させることは少年法の基本である健全育成理念に反するという強く広大な反対運動(反対請願署名65万筆など)に直面し、一度は国会で廃案となったのである。しかし、その直後、被害者遺族による少年法及び家庭裁判所批判の声を受け、議員立法の形で重大事件の原則検察官送致規定が入った改正案が提出され、強行採決によって成立に至った。 
 
 これ以後、最高裁は、少年法改正論議について、「立法府の問題である」といった少年審判実務に責任を負う立場としては無責任な逃げ腰姿勢となり、一切コメントしなくなった。と同時に、家裁現場では「保護的措置」という表現が回避されるようになり、「教育的措置」と表記されるようになった。 
 
▽実態と乖離したマスコミの少年犯罪「凶悪化」報道 
 第二次改正は、少年法では少年犯罪(少年非行を少年犯罪と言い換える事態が常態化していた)のうち(14歳未満なので犯罪とはいえない)触法行為に対する警察捜査権について十分な条文規定が無い等の批判がなされ、14歳未満の触法少年についても警察捜査権が明記され、14歳未満であっても少年院収容ができるように厳罰化された。第三次改正は、被害者遺族団体の強い要請を受ける形で、刑事裁判における被害者遺族の意見表明権と被告人への質問権の導入がなされ、同時に、少年審判でも傍聴、意見表明権が新設され、傍聴しない場合でも少年審判についての説明を受けられる制度が新設された。 
 
 総じて言えば、少年法改正は、実態として少年非行の増加も凶悪化も無いにも関わらず、虚報と言える凶悪非行少年像を一部マスコミが描き出し、それが全体的なバッシング思潮となって法改正に至るという流れであり、形式的には常に被害者及び被害者遺族の声を受けてという理由であったが、「凶悪非行少年が増えている、それには厳罰が必要だ」という誤った社会的な信憑形成は根深いものがあった。そして、第一次改正から終始一貫していることは、少年司法における検察官権限の拡大であり、少年審判の刑事裁判化及び厳罰化であった。実際、第二次改正で規定された14歳未満の少年院収容は、現実には一件も生じていない。冷静に見れば、空理空論の、不要不急の法改正であったと言って過言でない。 
 
▽「健全育成」から「再犯防止」へ 
 こうした少年法改正に対応して、家裁少年部の現場は、少年法改正のたびに調査・審判実務の変更を求められた。現場として一番苦慮したのは、被害者及び被害者遺族への接遇の問題である。少年・保護者以外の新たな調査対象として、被害者及び被害者遺族から申し出がなくても、重大事件やそれと同等の被害重大な事件について、どの範囲でどの程度まで調査を行うべきかが問題となった。被害者及び被害者遺族が、少年の保護育成理念と背反する意見・感情を抱くことは当然であり、その両者(少年側と被害者側)の声をどのように聴取し、少年の保護育成のための調査・審判に生かすかが課題であった。 
 
 結論から言えば、この課題は今なお未解決であるように思われる。第一次改正以後、最高裁事務総局家庭局では、原則検察官送致事件の検察官送致率がどの程度かについて毎年統計を示し、あからさまな言表は無いものの、送致率が70%を切ったのは家裁が甘い保護処分をしていると言われて問題ではないか、といった隠れた判断や圧力が職場に浸透するようになっていた。そして、徐々にではあるが、「法改正が進んだ以上、少年の保護育成には限度がある」といった考え方が中間管理職以上で広がり、少年法の基本理念が「健全育成」から「再犯防止」にすり替わったかのような表記が家裁少年部に横溢するようになった。 
 
 また、家事部を含む家裁全体としては、司法制度改革の一環として、1999年の民法改正により2000年4月から成年後見制度が新たに開始され、2004年4月から人事訴訟法が施行され、従前は地方裁判所で行われていた離婚訴訟等を家庭裁判所に管轄移管することとなり、その対応に追われていた。現場では「少年事件の時代は終わった、これからは家事事件だ」などという声が強まった。付言すれば、最高裁は、少年事件繁忙期には一切、家裁調査官の増員を認めなかったが、成年後見制度の新設に合わせ、毎年5人ずつ5年間、合計25人の家裁調査官の増員を認めた。少なくとも2040年頃まで続く後期高齢化社会について予想される、今後の成年後見事件(後見人選任及び後見監督事件)の増加数に対しては全く焼け石に水の増員ではあるが、筆者が裁判所に入所して以来、初めて最高裁が自ら認めた定員増であった。 
 
 加えて、2004年、家庭裁判所調査官研修所(1957年に設置)が廃止され、書記官研修所と統合され、新たに裁判所職員総合研修所が設立された。当初、家裁調査官の教官らは、書記官研修所部とは別であり、家裁調査官の研修プログラムは従前のものを維持できると説明したが、実態としては、法律科目等の授業プログラムは書記官研修と統合されることが多くなり、家裁調査官にとって必要な人間関係諸科学の外部講師等による授業プログラムが縮小され、何よりも、家裁調査官の独立専門官職としての気概が外形的にも失われることを招来した。筆者が裁判所に入った頃、『(家裁調査官にとって)母なる調研、父なる家庭局』という言葉があったが、父なる家庭局は沈黙して何処に行ってしまったのかわからず(時に現れては暴力を振るう虐待オヤジとなり)、母なるに調査官研修所は既に亡くなってしまい、家裁調査官は孤児になったと言えるかもしれない。 
 
 再び私事になってしまうが、筆者はこの時期も子どもの監護養育が主であり、重度のパーキンソン病で半身不随となった老母の介護も行っていた。裁判所当局の基本異動政策である転居を伴う異動に応じることは全く不可能であり、管理職を断念(なりたくもなかったが)した万年平調査官であった。職場では少年部、家事部とも開示情報の点検等を重視した事件処理マニュアルが整備され、マニュアル無しでは調査できないかのような若い調査官も散見されていた。対照的に事件処理が遅い、特に中堅以上の平調査官は害悪視される雰囲気も漂い始めていた。そんな中、繰り返された少年法改正について個人的には次のようにボンヤリ考えていた。 
 
 統計的に見れば、第四次改正に至るまで調査や審判の実務変更を求められる事件数は多くは無い(例えば、被害者を死亡させてしまう殺人や傷害致死といった事件は、非行総数の0.1%〜0.2%である)。非行総数も減少化し、ようやく観護措置(少年鑑別所に収容措置)した身柄付き事件について、全国的にも1時間程度の審判が実施できるようになってきた(1990年代までは、少年院送致決定を行なう審判でも20分程度しか時間をとれないといったことが繁忙庁では頻繁にあった)。ようやく腰を据えて少年事件に取り組める時代になった以上、新たな被害者及び被害者遺族への接遇・対応にも頑張らねばならない。しかし、統計的には少数の事件であり、最高裁事務総局家庭局は『少年法の健全育成理念に変更は無い』と繰り返しているものの、原則検察官送致規定などは、少年法の基本理念と根本的に対立する概念であって、少年への調査実務を捻じ曲げてしまう危険圧力は高い。 
 
 現場の実務としては一気に厳罰化に傾くことはないにせよ、どこまで頑張れるだろうか。原則検察官送致事件の意見欄について、「特別な事由に該当しない(特別な事情が無い)ので云々」といった形を基本として表記すれば足りるといった参考情報をトクトクとして流している限り、家庭局にも職員総合研修所にも少年調査実務を守る気概は感じられない。しかし、それにしても、第一次改正前後では、職場でも盛んに議論され、反対運動も大きかったが、第二次改正以降は、ほとんど職場で議論も起きず、目立った反対運動も起きなかった。この萎縮、無力感は何なのか? 
(つづく) 


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