2018年08月31日09時02分掲載  無料記事
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司法

家庭裁判所と少年非行に何がおきているのか 家裁調査官が見た40年の変遷Α“鷙埒瑤盒О事件も減少つづき

  ここで、少年非行の概況についてまとめておきたい。まず統計的には、戦後の少年非行は1964(昭和39)年前後に第一次ピークとなり、年間少年非行総数約110万件となる。戦後のベビーブーム期に誕生した団塊の世代が、14〜19歳になった時期であり、1学年約250万人であった。未だ高校進学率は東京都内でも80%を越えた程度(全国的には50%以下)であり、中卒の少年少女たちが『金の卵』と言われて、京浜・中京・阪神の工業地帯に集団就職してくる時代であった。日本の高度経済成長を底辺で支えたのは、こうした少年少女たちである。その後、少年非行総数は谷間を築き、1983(昭和58)年から1985(昭和60)年にかけて第二次ピークとなり、年間総数約70万件となる。いわゆる団塊ジュニアの世代が、14〜19歳になった時期であり、1学年約200万人であった。この第二次ピークを過ぎてからは、少年非行は減少傾向だけを続け、現在に至っている。(伊藤一二三) 
 
 ここ10年、年間出生数は100万人程度であるが、少年非行総数は年間約20万件から10万件以下へと減少している。即ち、少年非行の母数である少年人口数の減少以上に、少年非行は減少を続けているのである。 
 
 少年非行総数が減っていても、その内容は凶悪化していると考える人もいるかもしれない。しかし、そうした事実は全く無い。 
 
 統計上、最も暗数になりにくい事件は殺人事件数である(例えば万引きといった窃盗行為は、被害店の被害届出の意向、被害弁済等による警察の立件見送り等々の事情により、暗数になりやすい面がある)。この殺人事件数を比較すれば、1964年前後には年間約400件であるが、1983年前後には年間約80件、現在では年間約30件となっている。そして、司法統計での殺人事件数は、殺人未遂事件も含めており、およそ殺人事件数の半数は殺人未遂事件である。 
 
 少年非行での殺人事件の特徴は、その約60%が親族殺(大半は親殺しであるが、祖父母殺しや兄弟殺しも含まれる)であり、約10%が嬰児殺(諸般の事情からの生み捨て)である。約20%が交友関係内での殺人であり、周囲からは仲間(先輩後輩関係も含む)と見られていた関係の中でのイジメなどに起因する殺人である。即ち、全く見も知らない、何の落ち度もない第三者が凶悪な少年非行の被害者となる事件は、ここ10年では、起きても年に数件、場合によっては起こらない年もあるのが実態である。ちなみに成人による第三者への殺人・殺人未遂事件は、少年による事件数の十倍程度起きている。日本の青少年は、世界的に見れば極めて大人しい、不気味なほどに行動化していない青少年であると言って過言ではない。 
 
▽リアルな「居場所」の喪失 
 次に「非行少年の居場所」といった観点からまとめておけば、以下のような実態の質的変化がある。 
 
 1980年代まで、学校は教育の場であるが、同時に現実社会とは別のアジール(社会的規範等と無縁の場)としての意味もあったように思われる。家庭に恵まれず、親から虐待を受けているような不良少年が、学校だけに居場所を感じ、給食を食べに登校するといったことがあった。しかし、1980年代、大規模暴走族集団と同様、学校内にも15名程度の不良集団が存在し、窓ガラス等の器物損壊や対教師暴力、イジメ行為などが頻発し、これに対し学校現場に警察捜査が入ることも増え、並行して学校管理の問題等が重視され、個々の学校教員の裁量が縮小され続けた結果、1990年代後半には、学校には不良少年の居場所が無くなった。次なる不良少年の居場所、溜まり場は、深夜のコンビニ駐車場やカラオケボックスであったが、そこにも「安全安心」のためとして監視カメラや地域の防犯パトロールが導入強化され、2000年代半ばには不良少年が駆逐されるようになる。 
 
 この間、犯罪発生のトポスも質的な変化を遂げている。かつて、覚醒剤を購入するためには、繁華街の奥、普通の人は近づかないような地区にあえて越境して出かけ、ヤクザ組織の関係者と思われる売人に直接接触し購入する以外に方法が無かったが、携帯電話の普及にともなって、1990年代以降、「夢の宅急便」と称される薬物販売が広がるようになり、シンナーから覚醒剤、大麻まで、電話一本で近所のコンビニ駐車場まで売人が届けてくれるといった事態が発生する。非行少年とすると、かつては町の量販店でボンドやシンナーしか買えなかった状況が変わり、気軽に覚醒剤や大麻に接触できるようになった。 
 
 リアルな「居場所」の喪失の裏側で、バーチャルな世界が影響力を強めるようになり、日常と非日常の境界が曖昧化していたと言えなくない。前記したような「おやじ狩り」や「ひったくり」には共犯の存在が必須であるが、2000年代以降、少年たちは特定の友人関係も築けないまま「自室にしか居場所がない」状態になり、その自室でインターネットの世界に耽溺し、インターネットの求人募集のような形で「オレオレ詐欺」の受け子の誘いに応じる(誰が首謀者なのか末端の非行少年には全くわからない)といった事態が起きていた。 
 
▽社会的要因より「認知行動療法」重視 
 しかし、2000年代後半から、家裁調査官の現場では「人間関係諸科学の専門家」といった表記が消え、「調査官は行動科学の専門家」と表記されるようになり、同時に、現場の百家争鳴ではなく、家庭局や職員総合研修所から『BPSに基づく非行メカニズムのわかりやすい説明と非行リスク要因の分析、それへの教育的措置』といった情報提供や研修が強められた。BPSとは、Biology(生物学的)、Psychology(心理学的)、Sociology(社会学的)の略であり、対象をエビデンスに基づいて多方面から捉え、問題点と解決法を段階プログラム的に明らかにし、そのリスク要因の低減化を図るという米国流認知行動療法の考え方である。 
 
 筆者は、認知行動療法を全面的に否定するものではない。しかし、これをマニュアル化し、リスク要因チェックリストを使って、機械的に適用すれば、対象理解や対象への治療方法が判明するといった安直な考え方に陥りやすい危険性には注意が必要だと考えている。優秀な認知行動療法家は、患者との治療関係、即ち、患者の持つ愛着関係(言語化されることが難しい面がある)を見極めながら、治療プログラムを示していく。そこには客観的なエビデンスだけでなく、患者の語り(ナラティブ)に沿った接遇・対応が必須である。 
 
 残念ながら、家裁調査官の調査を全国的・画一的に標準化しようとするあまり、少年や保護者との個別的な面接関係が置き忘れられた形で、中央からの調査方法が流布された面が少なくなかった。そして、筆者が抱いた政治や経済の不毛さに基づく要因への着目などは想定外のこととされていた。(なお、2005年、広島少年院で収容少年に対する法務教官の暴行が特別公務員暴行陵虐罪として刑事事件となり、2009年、有罪が確定し、少年院法改正に繋がった。その事件の首席専門官が認知行動療法の大家であったことと無関係とは思えないが、最高裁事務総局家庭局は、BPSに基づく調査方法は認知行動療法とは無関係であるといった見解を示すようになっている。) 
(つづく) 


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