2018年09月03日17時44分掲載  無料記事
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司法

家庭裁判所と少年非行に何が起きているのか 家裁調査官が見た40年の変遷─ 嶌だけ、金だけ、自分だけ」の安倍政権

  2010年代は、2011年の東日本大震災と福島第一原発事故が何よりも重要事であることは疑いが無い。東日本大震災からの復興を継続することは当然のこととして、日本の原発事業をいかにするのかが問題である。少し遡って、2009年、圧倒的な議席獲得を遂げた民主党は、2012年までの3年間、鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦の政権を築いたが、それぞれ沖縄普天間基地の移転問題、福島第一原発事故への対応、円高経済への対策の失敗によって人気を失った。何よりも、事業仕分けと称する財政切り詰め作業が行政官庁との軋轢を極大化させ、国政が停滞に陥る事態ともなった。そして一転、2012年、アベシンゾウ政権が復活し、現在に至っている。(伊藤一二三) 
 
 筆者は漫談未満の政治評論しかできないし、民主党政権を支持するものでもないが、鳩山由紀夫政権は戦後初めて日米地位協定の見直しに言及し、米国に擦り寄り従属する姿勢を少しでも正そうとした点では評価すべきであり、東日本大震災といった大惨事に対処するには民主党の政権運営の経験が浅過ぎたこと、円高が2012年夏以降に円安に動き日本の株価が上昇したことを野田政権の無能さに帰するのは気の毒なことと考えている(従って、円安を生じさせたことはアベ政権の能力の高さとは全く認めない)。 
 
 少年法改正の視点から言うと、民主党政権のもとでは、少年法改正は止まっていたと認められる(その結果、第四次改正は2014年にずれ込んでいる)。しかし、いずれにせよ、民主党は2016年に民進党となり、2017年、第3代党首であった前原誠二の希望の党への独断暴走により自滅状態となった。 
 
▽長期政権下で戦後社会の総体的劣化が露わに 
 問題は、2012年に成立したアベシンゾウ政権である。 
福島第一原発事故は福島県の5分の1の国土を無人の荒野にしたのであり、その後の鎮静化作業の混乱ぶりは、戦後の原子力の平和利用という国策の推進において、衆知を集めるはずの民主主義など存在していなかったことを露呈させた。しかし、日本の大勢はこの苦しい現実に立ち向かうよりも、そこに開き直ることを選び、それにふさわしい政治指導者としてアベシンゾウが再登場したと言える。矛盾に満ちた現実に対し、手段を問わず現在の支配体制を維持すること、それがアベの使命である。 
 
 アベ政権成立前の2012年4月、自民党は「日本国憲法改正草案(第二次草案)」を決定した(内容は超国家主義の強調に終始しもので、自民党が憲法について全く無知であると言わざるを得ない代物であった)が、前政権時の失敗に懲りたのか、アベは、当初、改憲等を強行には言わず、日銀総裁を黒田東彦に挿げ替え、国債を大量に市場から買戻させつつ超低金利政策を維持させ、併せて株式市場への巨額投資を行わせ、株価を23000円台に復活させて、アベノミクスと自賛する経済復興が成し遂げられたと喧伝した。しかし、国民の実質所得は連続低下を続けており、国債が超低金利であることで一番儲けて(楽して)いるのは、国債償還が安上がりになるアベ政権自身に他ならない。 
 
 以後、2014年に集団的自衛権行使容認の閣議決定を行ない、解釈改憲を先行させ、2015年、先の改憲のための国民投票法の附則を実現する形で、18歳未満に選挙権を与える普通選挙法を改正し、2016年7月の参議院選挙で改憲勢力が衆参両院合わせて3分の2以上となる議席数を確保、2017年11月の衆議院選挙でも引き続き議席数を確保した。2018年5月、成年年齢を20歳から18歳へ引き下げる民法改正を行い(2022年4月実施)、同年7月、IR法(カジノ法)を成立させた。2018年9月の自民党総裁選も楽勝で勝ち抜ける状況であり、現在は、秋の臨時国会において、憲法改正を発議すると言い出している。 
 
 この間、長期政権化したアベ政権のイラク日報問題やモリカケ問題等に対する国会軽視や虚偽答弁は常軌を逸したものがあり、三権分立の破壊が進み、議会制民主主義も破綻しているように思われる。アベを頂点とする支配層のモラルハザードと呼応する形で出現している各種の差別感情の表出という事態は、大衆レベルでの精神的破産の証左かもしれない。支配層と大衆をつなぐ位置にあるマスメディアも、最近、毎日新聞や朝日新聞が頑張りを見せることがあるにせよ、退却に退却を重ねてきた。まさしく、戦後社会の総体的な劣化が露わであり、こうした情勢の中で、平和憲法の存続が困難になっているのだと思われる。 
 
 10年前の政権時にアベが強調していた力強い経済成長を取り戻すことは全くできず、経済成長に代わる新しい豊かさや幸福の在り方を確立することもできないまま、経済格差の拡大と貧困の蔓延による、新たな階級社会が生み出されたと言わざるを得ない。これこそ、経済における失われた20〜30年の結末ではなかったか。また、政治の次元で「戦後を終わらせる」試みのすべてが、対米従属体制の強化へと帰結したことは、平成時代の極度の不毛性を表している。これこそ、政治における失われた20〜30年であると言わざるを得ない。 
 
 2017年に登場したトランプ政権へのアベの尾っぽの振り方、日本にカジノができた時にはトランプ関連のカジノ運営企業を誘致するといった黒い噂が立つほど醜悪なことは無い。「今だけ、金だけ、自分だけ」の政策、政治姿勢にもう少し国民は憤激すべきではないのかと思うが、既に、かの戦時中の大本営発表下のように、国民は意見表明権を奪われた無力感の中にいるのかもしれない。 
 
▽元最高裁長官が「日本会議」会長に 
 こうした政治情勢と裁判所が無縁で清廉潔白であるなら素晴らしいが、実態は異なっている。 
2008年11月〜2014年3月の間、最高裁長官は竹崎博允であったが、彼はもともと矢口洪一長官によって陪審員制度研究のために米国に派遣された体験を持ち、司法制度改革での裁判員制度設立の実務を担当した。その功績から最高裁判事となり、それも一気に最高裁長官へと抜擢された。その後を受け2014年4月〜2018年1月の間は、寺田逸郎が最高裁長官となったが、彼は40年前の寺田治郎長官の息子であり、政治家のみならず最高裁長官にも世襲が起きたと言ってよい。(筆者には、世襲だけをとらえて非難する考えはなく、当然、抜きん出た能力と努力があったと認めるが、世襲は民主主義の根本に反する危険性が高いとは考えている。)そして、彼は、日弁連の推薦を押しのけ、アベシンゾウが推薦した2人の最高裁判事を受け入れている。そして、退官時に記者会見を拒否した初めての最高裁長官となった。 
 
 さらに特筆すべき蛇足であるが、1997年に最高裁長官を退官した三好達は、法曹会会長を経て、2001年〜2015年の間、かの「日本会議」会長となり、現在は名誉会長・靖国神社崇敬者総代となっている。三権分立の長にまで至った者としての見識はいずこにあるのだろうか。(蛇足の蛇足であるが、日本会議は1997年に設立され、2000年代以降、自民党議員の7割以上、多くの財界人、右派知識人が所属している。元々は、1974年に神道・仏教系団体によって設立された「日本を守る会」と、1981年に元最高裁長官であった石田和外らの呼びかけによって財界・学者を中心に結成された「日本を守る国民会議」(元号法制化実現国民会議を改組)の二つが合併したものである。) 
(つづく) 


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