2018年09月07日10時12分掲載  無料記事
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司法

家庭裁判所と少年非行に何が起きているのか 家裁調査官が見た40年の変遷 一人ひとりの子どもに寄り添う社会態勢を創り出そう

  筆者は、現在の国民投票法には問題があり過ぎると考えているが、憲法改正といった重大事に関して18歳以上の青少年の意思を確認することは否定しない。また、18歳以上の青少年が普通選挙権を持てることも基本的には否定しない。しかし、民法の成年年齢の引き下げは、現代日本の青少年が強く希望したものではなく、18歳・19歳の青少年を金融消費者等にする(当然、金融関係の被害等が今以上に増加する)だけの、アベ政権が上から目線で作り出した制度だと考えざるを得ず、反対である。まして、少年法は非行少年の健全育成を目的とした特別法であり、日本社会に貢献してきた面が大きい以上、何も改正する必要はないと考えている。飲酒や喫煙の禁止法と同じである。(伊藤一二三) 
 
 自民党議員の多くは、成年年齢18歳、少年法適用年齢18歳は世界基準だといったことを言ってきたが、歴史的事実とは異なっている。第二次世界大戦以後、欧州各国のなかでも、米国の半数近くの州でも、また中南米・アフリカの各国でも、成年年齢を21歳や23歳にした国がある。こうした中、米国の各州で成年年齢を18歳に引き下げたのは、米国の青少年の独立主張もあったが、一番の理由はベトナム戦争であり、徴兵制との関連で未成年者を戦場に送り出せないからである。また、イタリアやブラジルにおいて成年年齢を引き下げたのは、国家財政の破綻やデフォルトがあり、税収を拡大する必要があったからである。成年年齢の引き下げには軍役と税金の問題が関係するというのが歴史から学ぶべきことだと思われる。 
 
 以上、1980年代以降の家庭裁判所及び家庭裁判所調査官の変遷を批判的に辿ってきたが、今なお現場で、少年・保護者や当事者に寄り添って調査・審判を行う家裁調査官や裁判官は存在している。ただ、現実の困難さは増している。かつて家庭裁判所の審判対象は「非行事実」と「要保護性」と言われ、刑事裁判と異なり、司法的機能と教育福祉的機能の両輪が必要であるとされていた。しかし、総じて言えば、家庭裁判所の教育福祉的機能が縮小し、制限され、司法的機能に隷属するかのようになっている。 
 
 近年、家裁調査官の調査方法については、臨床心理分野でも認知行動療法への疑問等が起きていることもあり、前記したBPS調査も強調されなくなりつつあるが、代わりに、「ミクロ分析・マクロ分析」といった用語が多用され、「特に非行事実に関わるミクロ分析が重要」とされている。これは、刑事裁判での司法判断における、狭義の犯情(犯罪の動機に直接結びつく犯情)と通常の犯情(生い立ちや生活事情など)を、経済学用語で言い換えたに過ぎず、少年の将来を含めた人間性全体に関わる「要保護性」とは似て非なるものである。少年司法が「要保護性」の重要性を放棄してしまうのかと残念でならない。 
 
▽児童相談所、家庭裁判所と民間ボランティアのネットワークが急務 
 家庭裁判所での家裁調査官としての実務を通じて、非行少年、心身に疾患を抱え自暴自棄に陥っている少年、非行に至らないまでも経済格差による貧困の中で浮遊し、自分を傷つけるか、他人をイジメ・非難することしかできない少年たちなどを見続けてきた。また、非行少年を抱えた親たちの悲しみや苦しみ、非行から立ち直ろうとする少年たちに関わって様々な自立援助や更生保護を行う民間ボランティアの存在も知った。筆者は一介の庶民に過ぎず、社会的にはごく狭い僅かな実務経験しかないが、現在の日本社会に必要なものについて、最後に考えてみたい。 
 
 ごく普通に考えれば、子どもは家庭で生まれ育ち、学校制度という教育体制を通じて社会適応力を身に付け、長じて企業社会に就職し、成人となって新たな家庭を築く。この家庭と学校と企業社会の三者が円滑な循環を形成していれば、国家と個人生活は比較的安定する。しかし、常に家庭問題や、学校不適応等の問題は起きやすく、そうした問題を抱えた子どもには児童福祉法や少年法による(育て直し等を含む)保護育成のセーフティ・ネットが用意されてきた。しかし、新自由主義・市場経済第一というグローバル経済が浸透した結果、現在の日本では家庭と学校と企業社会の三者が円滑な循環を作り出せなくなっている。 
 
 企業社会には非正規就労が広がり、若者は家庭を築くこともできない。家庭には経済格差が広がり、子どもの貧困率は先進国随一といって過言でない。学校も経済効率や国策課題が優先され、政策的に分別と分断が進み、もともと存在していた学校格差がさらに歪んだ形で拡大している。その結果、家庭での食育等が不十分であったり(場合によれば虐待にも繋がる)、小学校時から不登校になる子ども、引きこもり、薬物やゲームに耽溺する少年が増えている。大人しく真面目に学歴を積んできても、非正規就労に苦しんだり、職場環境等の悪化から転職を繰り返す若年成人も増えている。 
 
 以前に比べて、家庭と学校と企業社会の循環から脱落せざるを得ない子ども・少年・若年成人が増加し、抱える問題、出現する問題が複雑化した結果、児童福祉法や少年法に基づく公的セーフティ・ネットだけでは追いつかなくなっている面があり、この10年、民間ボランティア・NPOによる子ども食堂、学習支援活動、JKビジネスや虐待親からのシェルター等が増え続けている。そうした活動に対し、地方公共団体や各種支援団体が資金提供を行っているが、しかし、その活動資金はとても十分とは言えない。 
 
 様々な問題を抱えた一人ひとりの子ども・少年に対し、掛け声だけでなく、医療、福祉、教育、司法等の専門家や民間ボランティアが個別具体的な救済のためのネットワーク態勢を作れることが急務である。その中心的な役割、様々な社会的機関との連絡調整能力を如何なく発揮すべきなのは、やはり児童相談所や家庭裁判所ではないかと思われる。そのためには、各分野や民間ボランティアへの財政的な援助、児童相談所や家庭裁判所の人的・物的充実のための政策が必須である。そのために必要な予算は、原発を維持したり、リニアモーター鉄道を敷設する予算に比べれば、ごくごく僅かな予算である。 
 
 さらには、虐待親からの緊急避難を要したり、養育監護につかれた親のもとに居づらいといった場合、イジメ等で学校に行けなくなり休息を必要としている場合、日常的・継続的な学習支援が必要な場合、医療的措置を受けるために通院補助等の手助けが必要な場合等、子ども・少年が短期(一時的)に身を寄せることができる、従来の施設よりも気軽に利用できる、『半家庭・半学校』的な新たな社会施設も構想されてよいのではないかと思われる。 
 
 日本社会の将来を担うのは間違いなく子ども・少年であり、上から目線の改革や変革圧力、現在の枠組みを維持するだけの小手先対応、個人責任論による社会的排除ではなく、今すでに広く存在している民間ボランティア等を底辺から支援し、繋ぎ直し、子ども・少年の在り方を支える社会的態勢を創り出す必要があると考える。 
(おわり) 


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