2018年12月15日10時01分掲載  無料記事
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欧州

マクロン大統領と金融界   マクロン大統領の政権の本質を理解するには本山美彦著「金融権力」が不可欠

  燃料税の値上げへの反対運動から始まり、さらにマクロン大統領の辞任を求めているフランスの「黄色いベスト」ですが、シャンゼリゼの騒乱などばかりが映像として取り上げられる一方で、何が起きているのかその本質はあまり触れられていないのではないでしょうか。つまり、マクロン大統領の政治の本質は何か、ということだと思うのです。 
 
  拙著「立ち上がる夜 <フランス左翼>探検記」(社会評論社)でも触れたのですが、マクロン大統領が生まれた背景はオランド大統領の社会党政権時代に遡ります。フランソワ・オランド大統領は2012年に左派の人々の熱狂的な支持を得て選出されました。前の大統領が新自由主義を進めたサルコジ大統領でしたから、オランド大統領は富裕層に優しく、貧困層に厳しい政治を改革してくれると庶民は思ったのです。しかし、その期待は裏切られました。その最大のカギとなったのは金融界への政策です。 
 
  今でも欧州の最大の問題はリーマンショック以後の金融のあり方です。リーマンショックが起きたのは2008年でしたが、その前年の2007年8月に最初の兆候がフランスのBNPパリバ傘下の金融機関で起きています。不良債権が大量に混じった低所得者向けの住宅ローン債権が金融商品となってアメリカで大量に発行されたのは2000年代の半ばでした。良い債権も悪い債券も混ぜこぜにして大量販売されたことから格付け会社も評価ができなくなり(そのため、高い評価をつけていた)、その挙句、2008年秋に世界で金融恐慌を生んでしまったのは記憶に新しいところです。低所得者向けに大量に発行され、不良債権になる可能性のある住宅ローンは「サブプライムローン」と呼ばれていますが、アメリカの金融界だけでなく、欧州の金融機関もこれに汚染されていました。恐慌がBNPパリバというフランスの大手金融機関グループで最初に起きたことは象徴的です。その後、欧州連合はこうした金融恐慌を生んでしまった反省から投機がしにくいように金融規制を強めようとしますが、金融機関はロビイストを動員して規制をさせないようなプレッシャーをかけ続けています。 
 
  オランド大統領は2012年の大統領選の時、「敵は金融界だ」と有権者に語り、金融界と闘うと約束していました。ところが、オランド大統領は当初からロスチャイルド系金融機関の出身者、エマニュエル・マクロンを経済アドバイザーに招いていたのです。これは有権者から見れば裏切りに外なりませんでした。オランド大統領が当初、導入しようとしていた富裕層への75%に上る累進課税(スーパータックスと呼ばれていた)も、のちに経済大臣になるマクロンが反対して結局、取り下げとなっています。株や不動産投資で大きな利益を得ている富裕層と、短期雇用や不安定な雇用を繰り返す賃労働者との格差は拡大していました。経済大臣に抜擢されたマクロンは労働者の解雇を容易にする労働法の規制緩和を進めていき、その政策は今も継続しています。 
 
  エマニュエル・マクロンは2017年に大統領に選出されるまで一度も国会議員になったことがありません。そのマクロンが一人で新党「共和国前進」を立ち上げ、選挙資金をかき集めたとき、ロンドンの金融街シティからも資金を得たという二コラ・プリセットによるレポートが出版されています。ロンドンのシティに集まる金融機関は英国の金融機関だけでなく、アメリカや日本の金融機関も拠点にしていますから、世界の金融界がマクロンに期待したと言っても過言ではないでしょう。そして、欧州連合もまたフランスの労働法を規制緩和させようとフランス政界に強いプレッシャーをかけたと言われています。 
 
  さて、前置きが長くなりましたが、マクロン大統領が金融界をバックに誕生した大統領であることは言うまでもありません。京大名誉教授で金融倫理を研究してきた本山美彦氏の「金融権力」(岩波新書)は世界の金融が1980年代ころからどう変異してきたかを詳細に記しています。一言でいえば間接金融から直接金融へ変わったと言うことです。さらに言えば、地域のモノづくりを支えて地道に営業していた過去と決別し、世界中どこでも投資して短期間に大きく儲ける投機型の営業に変わっていったのです。リーマンショックはその象徴です。そうした金融は人々を幸せにするのか、という問題提起が「金融権力」にはあります。マクロン大統領の政策は金融界を背景に形成されている以上、アメリカでも日本でも同様の政策が行われているのです。本山氏が「金融権力」を執筆していたころ、まさにその同時期にリーマンショックが起きていました。そして、そのころ、フランスの金融機関が100年に一度の危機に陥っていく状況も本書「金融権力」には反映しています。過去10年のフランスの政治、あるいは欧州の政治はリーマンショックと無縁ではありません。というより、まさにそれが今日に至っても最大のテーマだと言って過言ではないのです。 
 
 
■本山美彦著 「金融権力 〜グローバル経済とリスク・ビジネス〜」 
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