2019年01月17日19時26分掲載
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韓国
韓国労働運動の息吹に触れた4日間(1)〜2018年11月労働者大会参加と日韓連帯・交流報告
【11月9日(金)第1日目】
羽田空港を朝8時半頃に出発して約2時間半、11時頃に金浦空港へ到着した。
空港には、旧知の農楽演奏チーム「トヌム」のリーダーであり仁川労働文化祭組織委員会のイ・チャニョンさんと韓国GMの非正規職労組の前委員長であるイ・ヨンスさんが迎えに来ていた。
早速、車に分乗して仁川市内に向かう。ソウルは天気快晴、紅葉がちょうど見頃で美しい。車窓から眺める風景で特に目につくのは高層のマンション群だ。その数はとても多い。日本の団地とも違い、何とも言えない近未来的な風景だ。
仁川空港経由で到着した仲間を迎えに行った民主労総仁川地域本部前委員長のキム・チャンゴンさんらと仁川市内の食堂で合流した。昼食を取った後、早速、第一番目の訪問地に向かう。
<非正規職から正規職化を勝ち取った「南洞区都市管理公団労組」>
最初に向かったのは、仁川市の7つある区のうちの1つ「南洞区」が100%出資している南洞国民体育センターという区営のスポーツ施設。そこの「民主労総公共運輸労組南洞区都市管理公団支部」組合事務所を訪問した。話をしてくれたのは弱冠36歳、爽やかな顔立ちのナム・キドク事務局長だ。
都市管理公団は区役所や公園、プール、体育館、駐車場などの管理運営を委託されている。20代から60代まで175人のうち100人を組合に組織している。
2009年当時、正規職で所長だった現支部長と正規職のコーチだった現事務局長が中心になり組合を結成。結成のきっかけは、体育センターでの受付の非正規職女性労働者の解雇問題だった。
契約職や短時間勤務職など非正規職が圧倒的に多かったが、団体交渉やストライキなど闘いの中で、ほぼ全員の正規職員化を勝ち取った。
その他、�ヾ靄楜襪龍囘�化、�⊂叉訐�度の確立、��45歳定年を60歳定年に制度化、など数々の待遇改善も勝ち取ってきた。
「なぜそんな成果が勝ち取れたのか?」という質問に、事務局長は「自分たちはサービス業。このスポーツ施設の利用者は4000人もいる。その利用者の信頼を勝ち取ることで理事者側と、理事者の背後にいる政治家をとことん追い詰める。地域の人々の信頼と支援がとても力になった」と話していた。
闘い方もユニークだ。
例えば、反組合的な理事長を任命した保守政治家の自宅を100人で囲んで、全員で何も言わずにジャージャー麺だけを一斉に食べたことがある。相当強い圧力になったはずだ。だからこの組合の行動方針は“ドキュメンタリーではなくアニメーションのように闘おう”というものだ。「重い課題も、軽く取り組もうということだ」と事務局長は楽しそうに語っていた。
優しそうに見える事務局長だが、当局や管理職に向かうと恐ろしい顔で大声を出して悪口を言う。そのために15項目の理由で告訴されたことがあるそうだ。その時、いかつい強面のする支部長が、身代わりになって罰金刑を受けたというエピソードを語っていた。支部長と事務局長の2人は対照的なタイプであるが、とても良いコンビのようだ。
また「組合運動から韓国社会が見える」とも言う。
例えば、日給月給の日雇い労働者、正規職には12万ウォンの給食費が出るが、非正規職には5万ウォンしか出ないとか、会社のピンハネで最低賃金以下の生活を強いられることも。
下請け会社の“契約職”と“請負労働者”、非正規職も“直接雇用”と“間接雇用”があり、直接雇用の中では“無期雇用”と“有期雇用”に分かれるなど細分化されている。
更に、日本でいう“名ばかり社長・個人事業主”に当たる“特殊雇用”といった、労働者と認定されない、即ち労働組合の結成が認められない労働者もいて、韓国では2000万労働人口の半分以上が不安定労働者だ。労組員が増えているのは非正規労働者が圧倒的に多い。
「なぜ、この職場だけは正規職化が上手くいったのか?」という質問に、事務局長は「私も正職員であり支部長も正職員で当時所長でもあった、つまり、正規職が非正規職に呼びかけて闘ったからだ」と答えていた。
その場で配布された資料には「知らなければ分かるまで。出来なければ出来るまで。それでもダメなら、ひっくり返せ!」と労組の行動原理が書いてあった。
事務局長の悩みは、10年前に組合活動を始めた時は29歳で、一番の若手だったが、今でも若手と言われるほど、若い組合員が増えないことだ。
事務局長の話と質疑の最後にキム・チャンゴンさんは「日本の友人の皆さん、なぜ私がこの組合をみなさんに紹介したかったか分かりましたか?」と少し誇らしげに語りかけた。
昨年、キムチャンゴンは、民主労総の三役選挙に立候補した時、非正規職闘争の象徴のような模範的な職場であり、非正規職の正規職化を勝ち取ったこの職場から選挙運動をスタートさせたという。それは非正規職問題が選挙の大きな争点となっていたからだ。
階段の壁には「団結・闘争」と書かれた巨大な垂れ幕が掛かっていた。まるでこの組合の気概を表しているようだ。
<旧三菱軍需工場跡地に「徴用工の像」を建てた仁川労働者の思い>
次に、車で富平公園に向かう。この公園は、日帝植民地時代は三菱の軍需工場があったところで、その向かい側には日本陸軍の兵器廠があったところだ。日本の敗戦後に米軍基地(キャンプマーケット)になったが、その後、大半が返還され、現在は米兵7人しかいないという。現在は基地跡地のダイオキシン汚染が問題になっている。
公園を埋め尽くしている赤と黄色の紅葉が夕陽にまばゆい。公園の中ほどに、2016年に日本軍「慰安婦」問題の象徴として建てられた「平和の少女像」と2017年に強制連行労働者問題を象徴として建てられた「徴用工の像」が並んでいる。
キム・チャンゴンさんが、徴用工像を建てた思いを、
「植民地時代に被害を受けた多くの労働者の問題は、政治的課題というより人権問題だと思う。今も続く労働者の人権問題の解決のために、韓日の良心的な人々が努力してきている。現在、日本政府が取っている態度は間違っている」と語ってくれた
キム・チャンゴンさんの話は昨年も同じ場所で聞いているが、徴用工問題で「個人賠償権は消滅していない」として新日鉄に賠償を求める韓国最高裁判決が宣告された直後なので、この徴用工の労働者像を訪れる意味が一層大きい。日本人に「どうするのか?」と問いかけているように感じた。
仁川は“韓国労働運動の聖地”と聞いたことがある。
日帝植民地時代の軍事工場から始まった労働者の闘いが、キム・チャンゴンさんらの現在の仁川労働運動に脈々と受け継がれている。「徴用工の像」は過酷な日帝植民地支配の象徴であり、労働者の解放闘争のモニュメントなのだ。公園の周囲に高層住宅が立ち並んでいる。今でも、かつての日本陸軍の兵器廠と三菱の軍需工場の広大な跡地一帯が「三菱」の韓国語読みで呼ばれ、日帝植民地支配の傷跡として残されている。
<強欲な外資のリストラと闘う韓国GM労働者の創意と工夫溢れる「共に生きよう共同行動」>」
公園から車に分乗して北へ約2km走ると、韓国GMの富平工場が見えてきた。
長さ1kmはありそうな塀に支援の労組や市民団体・個人の横断幕が隙間なく掲げられている。正門の脇に、韓国GM非正規職労組のテントと、非正規職の闘いを支援するGM正規労働者たちが結成した「共に生きよう共同行動」団体の2つのテントが張られている。
韓国GM非正規職労組のテントに入り、非正規職支会のファン・ホイン支会長の話を聞いた。この長身の若者は、身を屈めるようにして挨拶し、
「景気が悪くなると、真っ先に解雇されるのは非正規職。年末までに100人くらい首を切られるかもしれない。正門前で280日以上座り込みを続けているが、会社は団交に応じようとしない。裁判所からは『非正規職は“不法派遣”だから正社員に登用しろ』と命令が出ているのに、会社は従わない。韓国政府労働部からも『不法派遣だ』と言われている。私たちは、労働者の権利を守るために最後まで闘う」
「このテントを訪れた海外ゲストは初めてです。日本の労働運動に多くを学んでいます」とにこやかに語った。
韓国GM工場前に建つビルに入居する韓国GM現場組織「民主勢力統合推進委員会」(民推委)の事務所に移動し、懇談会を行った。
事務所の壁にハングルと日本語で「資本主義体制で国籍は違うが、韓国と日本労働者、民衆たちの立場は異なることができません。同志たち一人一人の訪韓を心より歓迎します!」と掲げられていた。
この事務所は、工場正門にテントを張って籠城している「共に生きよう共同行動」や、社会変革労働者党など7〜8グループがカンパを出し合って運営している。小学校の教室よりも一回り大きい事務所だ。
懇談会には、韓国GM組合員でもあるキム・チャンゴンさん、非正規職ファン・ホイン支会長のほかに、10月に来日して交流した韓国GM労組正規職のキム・ジョンハさん(代議員)、チェ・ジェグンさん(民推委総務局長)、イ・ヨンスさん(非正規職支会代議員、前分会長)、4月に来日して交流したアン・キベクさん(民推委議長)らが出席し、途中から、これまで日韓交流で見覚えのある仁川地域の活動家も顔を見せた。
最初に民推委議長のアン・キベクさんから韓国GMの現状について報告を聞いた。また、キム・チャンゴンさんが何点か補足した。報告では、韓国GMとの闘いの先行きについて、次のような厳しい情勢分析を行っていた。
「1997年以降のIMF危機下で経営破綻していた旧大字自動車の大部分を、GMが買収したのが2002年。
二大株主だった韓国産業銀行が、2017年10月に経営牽制装置であった“拒否権”を失ってから本格的なリストラが始まった。3つの工場で3000人の希望退職が募集され、労組員が16000人から11000人に激減した。2017年末には非正規労働者が大量に解雇された。
本年(2018年)5月31日には、群山(クンサン)工場が閉鎖されて1800人が解雇〔希望退職1200名、他工場配転200名、400名は3年間の無給休職(政府と労使が合意し生活維持金を支給)〕され、昌原(チャンウォン)工場と富平工場のみとなった。
『補助金を出さなければ韓国から撤退する』というGMの脅しに屈して、韓国政府も産業銀行も労組に背を向け、8100億ウォンの税金を韓国GMに注ぎ込んだ。本年10月には社長が一人で株主総会を強行し、研究開発部門を法人分離して、12月3日に別法人としてスタートさせようとしている。また、整備部門も削減していくのではないかと言われている。労組潰しと事業部門別の売却や縮小、撤退に向けた動きであり、海外資本に典型的なやり方だ」
「大法院(最高裁)が2013年と2016年の2回も昌原工場での違法派遣を認定し、昌原工場では非正規職の正規職転換問題で、さる5月に昌原の雇用労働部は『774名の非正規職労働者は不法派遣だ』として是正命令を出した。
更に、課徴金を“100万ウォン×1人”の計算で774人分を課した。しかし、会社側はこの命令に従っていない。
労組は、株主総会の無効を申し立て、78.3%の高率でスト権も確立しているが、非正規問題や経営分離に対して労組が消極的であり、無方針に陥っている。その弱点を克服するために、民推委の活動があり、『共に生きよう共同行動』がある。
民主労総は、11月21日にゼネストを宣言しているが、韓国GMでは厳しいと感じている。現場からの盛り上がりがない。文政権下で緊張感が薄れている面がある。民主労総指導部も情勢を甘く見ているのではないか。闘わねばならない課題は、たくさんある」
懇談会は1時間を大幅に超えた。冷徹な情勢分析と熱い議論に触れ、強欲な資本に立ち向かうラジカルな闘争戦術―現場の創意と工夫が溢れた取り組みで、厳しい局面に立ち向かう韓国労働運動の息吹を肌で感じることができた。
最後に全員で記念撮影。懇談会の後は近くの食堂に会場を移し、食事をしながら交流を深めた。そして帰りは、何とソウルの宿舎まで車で送ってきてくれた。「最後まで何という心の籠った歓迎なのであろうか。これにどう応えてよいか」と悩みながら眠りに落ちた。
交流会で聞いたとおり、翌週の月曜日、11月12日から現代・起亜自動車やその他の会社の非正規職労組と共同して非正規職労働者100人が青瓦台前でテント籠城闘争を開始したというニュースをネットで見た。
また、韓国GMの昌原工場の非正規職労組も、昌原の雇用労働部の庁舎に突入し籠城闘争に入ったというニュースも飛び込んできた。
厳しい状況に置かれながらも激しい闘いに立ち上がっている非正規職労働者の闘いに胸を打たれた。(尾沢孝司)
〔韓国労働運動の息吹に触れた4日間(2)につづく〕
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