2019年01月26日16時49分掲載  無料記事
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核・原子力

電力会社を公営化するというのはどうですか  Bark at Illusions

 日立製作所が英国での原発建設計画の凍結を決定し、これで日本政府が計画していた原発輸出案件は全て頓挫したことになる。国内では福島第一原発事以来、原発への反対が根強く、政府は思い通りに原発を再稼働することさえできていない。原発を「ベースロード電源」と位置づける日本政府のエネルギー政策は完全に破綻している。しかしそれでも、日本政府や原発関連企業は依然として原発を推進しようと考えている。もう彼らにエネルギー政策を任せるのはやめて、市民の意見が政策に反映できるようにするために電力会社を公営化したらどうだろう。 
 
 電力会社を公営化すると言うと、これまでプライベート企業が電力を担ってきた資本主義社会の日本では唐突に感じられるかもしれない。しかし昨年の水道法改定で水道事業へのプライベート企業の促進が図られた時、市民生活にとって重要なインフラの運営をプライベート企業に委ねることに対して少なからぬ反発や警戒の声が聞かれた。電力だって私たちの生活に欠かせない重要なインフラだ。しかもエネルギーの開発費や原発を市民に受け入れさせるためのPR(=プロパガンダ)費用、それに福島原発事故を起こした東京電力の支援や事故処理のための費用も税金や電気料金を通して私たち市民が支払っている。金だけ出しておいて、エネルギー政策について私たちの意見が反映されないというのは間違っている。私たちは自分たちの意見をエネルギー政策に反映させるために、電力会社の公営化を求めるべきではないだろうか。 
 
 脱原発の世論をエネルギー政策に反映させるために、現行のシステムで利益を得ている企業やその代弁者の政府を説得しようとしても無駄だろう。経団連の中西宏明会長(日立製作所会長)は年初の報道各社とのインタビューで原発政策について、「国民が反対するものはつくれない。全員が反対するものをエネルギー業者や日立といったベンダー(設備納入業者)が無理につくることは民主国家ではない」(東京19/1/5)という見解を示しながらも、その後の会見では 
 
「原発の再稼働が進まないことも直近の課題であり、積極的に推進するべきである。安全性の議論が尽くされていても、地元の理解が得られない状況に立ち至っている。その説得は電力会社だけでできるものではなく、広く議論することが必要になっている。それにもかかわらず、原子力について真正面からの議論が足りていない。仮に原子力をベースロード電源として使わない場合、長期的に見て、何が人類のエネルギー源になるのか、冷静に考えてみるべきだ。再生可能エネルギーだけで賄うことは到底不可能である。原子力技術を人類のために有効に使うべきである。」(経団連 WEBサイト 19/1/15) 
 
と述べて、原発推進の世論を創り出すための議論を促している。市民がどんなに反対しようとも、彼らにとって政策を決めるのは常に自分たち大企業や政府であり、「説得」され「理解」しなければならないのは私たち市民の方なのだ。 
 
 中西会長は原発についての議論が不足していると言うけれど、今さら原発について何を議論しようと言うのだろう。チェルノブイリ原発事故や福島原発事故を経験した人類にとって、原発がエネルギーの選択肢になり得ないということは、もはや論じるまでもないことだ。それは福島原発事故後に起きたこと──終わりの見えない原発事故処理・広範囲にわたる放射能汚染・被曝を覚悟で事故処理のために働く人・放射線レベルの高い地域の避難指示を次々に解除して賠償金や支援策を打ち切り、住民を強制的に汚染地域に帰還させる日本政府の対応・放射能汚染地域に半ば強制的に居住させられている人や「自主避難者」と呼ばれて困窮する人・加害者である東京電力を救済するための税金投入・賠償金の支払いを拒む東京電力など──を考えれば、自明なことではないか。 
 
 原発事故から何も学ぶことができない彼らにエネルギー政策を任せるのは、もうやめにしよう。電力会社を公営化しても大企業の代弁者である政府が組織を牛耳るのでは意味がないが、私たち市民の意見が反映される民主的な組織として電力会社が公営化されれば、危険でコストも高く、使用後の始末の仕方さえわからない原子力発電を直ちに中止して、再生可能エネルギー中心のエネルギー政策へ転換することができるだろう。 
 ジャーナリストのナオミ・クラインは、ドイツが再生可能エネルギーへの転換を急速に行うことができたのは、民営化されていた電力会社の公営化を市民の力で成功させたことが背景にあると指摘している(『これがすべてを変える』岩波書店)。彼女によれば、オランダやオーストリアなど再生可能エネルギーへの転換に熱心に取り組んでいる国や、合衆国の中で再生可能エネルギーへの転換に向けて積極的な目標を掲げている都市の電力供給も、公営事業で賄われているそうだ。電力会社を公営化することは、原発中心のエネルギー政策を再生可能エネルギー中心の政策へと転換させるための近道になる。 
 
 巨大な電力会社をどのように公営化するかについては専門家と相談することとして、私たち市民は原発を止めるためにも電力会社の公営化を求めて闘うべきではないか。あるいは、公共交通や通信・放送など全ての公共分野の公営化を求めてもいいかもしれない。資本主義社会において、全ての公共物の公営化を目指す動きというのは、企業や国家が最も恐れることだ。そのような声が無視できないものになれば、仮に電力会社の公営化は無理だとしても、大企業と政府は最悪の事態を避けるために譲歩をして原発を廃止し、再生エネルギー中心のエネルギー政策への転換を図るのではないだろうか。 


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