2019年02月16日09時31分掲載  無料記事
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国際

メキシコ:二〇一八年・政権交代前後    山端伸英

 二〇一八年十二月一日に始まったAMLOなるロペス・オブラドール政権は、現時点で三五日を経過したに過ぎないが、ほぼ大きなテーマを出し尽くしたと言える。反PRI/PANネオリベラリズムを掲げた市民運動は、前ペニャ・ニエト政権下での汚職の泥沼によって圧倒的な市民勢力の支持を得て政権を得たわけだが、現在はその市民運動の余力の範囲にあるといえよう。今後、いかなる思想あるいはイデオロギーが政権にまとまったイメージを与え、AMLOのリーダーシップを支えるのかはまだ明確ではない。しかし、昨年の七月初旬のAMLOとMORENAの勝利は、現代世界におけるメキシコの、人民の、市民の、初めてのネオリベラリズムに対する勝利であったことに変わりはない。メキシコは今、ネオリベラリズムの残骸の上をゆっくりと、希望に満ちて歩いている。(本文より) 
 
 
1. 
 二〇〇〇年に、ほぼ七〇年以上独裁を続けた制度的革命党PRIが、当初は改革派の顔をして当選したビセンテ・フォックスの国民行動党PANに敗れた。その後、PANのフェリペ・カルデロンを経て、二〇一二年に再びPRIのエンリケ・ペニャ・ニエトが二〇一八年の十一月三〇日まで六年任期不再選制の大統領をつとめた。フォックスの時代、当初、改革に意欲を見せたフォックスは自党PANの能力不足に業を煮やし次第にPRIとの協力関係に流れていった。そのため、むしろカトリックの右翼的側面を負っているPAN内部の政策的政治的不成熟はPRIとの結託をすでに前提としたフェリペ・カルデロンに受け継がれた。しかし、カルデロンは麻薬組織との連携を持っていたと言われ、その他の対抗組織の動きをも活発化させた。カルデロンの時代は血で血を洗う麻薬組織の抗争時代となった。ペニャ・ニエトは、朝日新聞が日本の価値観で「イケメン大統領」と書いたが、基本的には以前のPRIの選挙手法で大統領になった。評論家のエレナ・ポニアトウスカは「大統領に最もふさわしくない人物」であると、その非知性的な人物像を攻撃した。彼の任期後半には、キンタナロー州、ベラクルス州、チワワ州、タマウリパス州などほとんどのPRI選出知事たちの汚職が新聞の見出しに踊る毎日が始まった。特にベラクルス知事とチワワ知事たちの3億ドル規模の汚職は国政を震撼させたと言える。石油価格を大統領が二倍に値上げしようとしたときは民衆の一部は略奪をもって反応した(2017/01/04)。以上は、大づかみな二〇〇〇年以降の政権の流れである。 
 
 フォックス政権時代、左翼野党の民主革命党PRDからメキシコ市の知事を務めていたアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(Andrés Manuel López Obrador: AMLO)は二〇〇六年の選挙から大統領選を戦った。PRDの腐敗と内部抗争から二〇一一年にAMLOは独自の運動体MORENA(国民再生運動)を、政治的にはほとんど孤立した状態から開始した。二〇一二年の選挙後にも、二〇〇六年に引き続き不正選挙に対する市民側の大規模な街頭行動があったが、この選挙不正に対する度重なる市民側の憤りとともにMORENAは政治体として大きく膨らんだ。同時にMORENAは出発が革命政党であったPRIとよく似た組織形成を経てきたとも言われる。AMLO自身も、PRIが独裁政権与党であった時代からのPRI党員であった。各地の候補者選出過程にはかなりの元PRI党員が選出委員会のイニシアティブをとって有力候補を選んでいた。これが二〇一八年の大統領選挙までのAMLO勢力の概略である。 
 
2. 
 二〇一八年七月一日の総選挙では、不正に固まった政府与党PRI主導の国民選挙委員会INEの発表でもMORENAは有効投票の五〇%近くを獲得して上下院でも過半数以上を占めるに至った。労働党(Partido de Trabajo: PT)と社会交渉党(Partido Encuentro Social: PES)もMORENAと組んでいたのでAMLOは五三%以上の得票を得た。MORENAとの共闘勢力は上院(定員一二八議員)で六九議員を獲得、下院(定員五〇〇議員)で三〇八議員を獲得している。上下院は九月一日から会期を迎えており、AMLOの十二月一日の大統領就任までには既にAMLOの主導するMORENAの政治は一部開始されていた。その間、前大統領ペニャ・ニエトはAMLOの就任前日まで国家財産の鉱山その他の採掘権や開発権を民間及び外国資本に売却する交渉を進めていたと言われる。つまり、PRIの元知事ばかりではなく、前大統領もまた汚職体質を最後まで背負っていた。 
 
3. 
 AMLOは前政権までのPRIとPANの残した巨大な累積負債を背負うことになった。ペニャ・ニエト政権までの十兆ペソを超す負債は、メキシコの経済基盤ではすでに国家破産の域を超えている。 
これに対してAMLOは七月の当選時点で「節制体制」を作ると声明し、それを十二月の就任演説でも繰り返している。まさに日本の国会議員並みの給料だった議員給与を、MORENAはAMLOの大統領就任前、公務員給与に上限を設ける議案を議会に提出し、大幅に削った。大統領経験者が受け取る月額二〇万ペソ以上の年金を廃止した。また、最高裁判事の月給が六〇万ペソ(現在一ドル/一九ペソ相当)というメキシコでは異様な高給が問題となった(国民の半分が六千ペソ以下の給与で喘いでいる)。最高裁側は三権分立法則まで持ち出して現状が妥当だと抵抗した。しかし、市民の抗議行動と議会の採決の前に次の任官以降の給与を三四万七千ペソとすることに落ち着いた(テレビ報道2018/12/24)。 
 
 しかし、二月十三日、議会からの「連邦公務員給与法案」を二ヶ月近く憲法審議保留にしていた最高裁は「判事間での調整」を経て法案差し戻しを行なっている。あくまで行政側の連邦職員の給料は大統領給与を上回らないという指導を拒否する姿勢を示している。 
 
 AMLOが大統領に就任する前、十一月段階で以前最高裁の判事だったディエゴ・バラデス(Diego Valadés)へのインタビューが週刊雑誌「プロセソ」に掲載された(“López Obrador, Sin Proyecto político”, en Revista PROCESO, No.2192, 2018/11/04) 。ディエゴ・バラデスはサリナス政権当時、サパティスタ国民解放軍の蜂起を受けて検察PGR総長に就任した人物で、旧体制となったPRIに近い。当然、彼は議員や最高裁判事の給与削減、および大統領経験者の年金廃止について疑義を述べている。議員の給与削減についてはバラデスは「国会は唯一の市民権力と民主主義の場」と主張している。「行政」の立ち入る権限はないと言いたいわけだが、これは最高裁判事の給与については「立法」側の「司法」への干渉という伏線として語られている。 
 MORENAが司法当局の給与削減に向けてメキシコ憲法第九四条を変えようとしているとして、メキシコ革命以来、最高裁判事たちは独立と安定を保障されてきたのに、その一つを明らかに奪おうとしていると批判した。各給与や年金の削減は確かに、当該の標的以外の各層に影響を与えるものだが、メキシコ社会全体が、メキシコ国立自治大学さえ異常な組織内給料格差社会なのであるから、議会におけるMORENA側の削減・節制体制への努力は「市民権力と民主主義の場」にふさわしいと言える。しかし、バルデスの批判に聞くべきところがあるのは、閣僚予定者を概観して、運動体として多岐にわたる人たちが参加してきたMORENAの弱点である思想的な不統一の問題である。PRIとPAN、さらには最近のPRDの組織的腐敗に反発した人々の連携がMORENAであったが、いざ閣僚の面々を見ると世代的にも五〇代六〇代が多く経歴および思想上の統一性もない。しかも前メキシコ市長で市内バス民営化をめぐって汚職を取りざたされたマルセロ・エブラル(Marcelo Ebrard 外務省)なども入っている。MORENA自体には以前PANの中でも右翼側だと見なされていたマヌエル・エスピノ(Manuel Espino)まで加わっている。バルデスは個人的にはAMLOを評価していると言い、「問題は、彼を取り巻く状況なのだ」と締めくくる。運動家としてはともかく、と言い、大統領としての統率力に疑問を投げかける。そして、政治プロジェクトの太い線が見当たらずバラバラなのではないかと言っている。その印象は、比較的多くの人たちが共有するものでもあるようだ。このインタヴューを雑誌の巻頭に置いた雑誌プロセソも、実質的にはPRI体制の中で形成を遂げているので、それを共有していると言える。 
 
4. 
 つまり、現在のAMLO体制は基本的には市民運動の延長線上にあるし、AMLO自身がその延長戦を歩もうとしている。今まで大統領官邸だったロス・ピノス邸は一般公開され、大統領の給与も自ら削減し、大統領専用飛行機すべてを売却した。その意味では、現在、二〇一九年一月時点でのAMLOへの信頼は民衆次元では固まりつつある。 
 
 しかし、旧勢力のPRI/PAN や前掲バルデスも批判している経済界との関係では、まだ戦々恐々とした姿勢が見て取れる。メキシコ市北部郊外のテスココ湖跡に建設中の新国際空港をめぐって、AMLOのイニシアティブで彼の大統領就任前に国民投票が行われた。ペニャ・ニエトがメキシコ州知事時代に空港反対農民に対する武力弾圧を行なった建設中の空港だが、国民投票に掛けた選択肢はテスココから北西方面にあるサンタ・ルシア空軍基地の拡張であった。任意の国民投票の選択肢はこの二つしかなく、空港はいらないという選択肢はなかった。結果はサンタ・ルシア空軍基地拡張とトルーカ市空港の整備ということになった。ところが、経済界側は依然、テスココ空港の建設工事をやめていない。 
 また二〇一八年の十二月のクリスマスに、プエブラ州でPANの前知事とその妻の現知事がヘリコプターで墜落事故死した。彼らは汚職と悪政で知られ、妻の当選判定にも旧体制がらみの不正があったとされている(“Fracturado, El Tribunal Electoral”, Revista PROCESO, No.2198, 2018/12/16, Pagina 18)。PAN側はMORENAの仕業だと煽動しているが、ヘリコプター運用メンテは前大統領ペニャ・ニエトの仲間の会社が行なっている。AMLOはアメリカの調査機関に依頼して真相を中立的に解明する手段をとった。 
 
 AMLOは、今まで旧政権PRI/PANの背後で圧力をかけてきた経済界を牽制しながら南部の「マヤ鉄道」や「テワンテペック・メガプロジェクト」などの巨大開発計画、石油精製所建設などで参画を呼び掛けている。資本逃避は金融危機の一九八二年やテキーラ危機の一九九四年ほど広がってはいない。その反面、AMLO政権は、福島と同型同年製の原子炉を持つラグナ・ベルデ原発や石油精製所などで持つメキシコ産業社会の極めて危険な不良メンテナンスの問題と直面していない。現在までのメキシコのメンテナンスの体質は事故や不具合が生じてからの保全なのである。そういう意味ではISO九〇〇一の予防メンテナンスの組織化と運営形式が遵守されなくてはならないし、その管理体制が必要だろう。 
 
5. 
 
 AMLO政権は、メキシコ南部に現代的な鉄道を建設しようという「マヤ鉄道計画」と、ベニート・フアレスの時代からのメキシコの夢で、二〇年以上も前にセディジョ政権が計画し反古にした「テワンテペック地峡のメガプロジェクト」を、運河はともかく、港湾の近代化及びテワンテペック横断鉄道の再開近代化から開始しようとしている。 
 
 これについては二つの局面で話題になっている。新閣僚の中でも、官僚人事に旧体制からの人材を場所を入れ替えて採用している部署は結構あり、ややもすれば前政権からの不当行為を引きずったまま新政権で役職に就くものもいる。週刊誌PROCESOは、前政権のエネルギー省から現政権の環境省に移籍した、テワンテペック地峡開発と関連して住民投票の恣意的な操作をするなど開発企業側に有利になるように動いていた女性官僚を名指しして避難している。すでにAMLOの推進する石油精製所の建設でも山林地の切り崩しなどで関連許可の取得作業を怠るなどの問題を生じている。この環境省の新女性副長官は「マヤ鉄道」「テワンテペック・メガプロジェクト」「サンタ・ルシア及ぶトルーカ空港」及び石油精製所の建設における環境局面の整備を担当しているのだが、早くも、以前の彼女の不法なやり口を知っている先住民を主体とする住民たちは警戒を新たにしている(“A la Semarnat, una funcionaria acusada de amañar consultas” Revista PROCESO, No. 2198, 2017/12/16)。 
 
 もう一つの局面は、メキシコ各地が地震などで苦しんでいるときは声も上げないサパティスタ国民解放軍(EZLN)が、「マヤ鉄道」のプロジェクトを弾劾し阻止することを表明したことである(Periódico El UNIVERSAL, 2019/01/02. Periódico La JORNADA, 2019/01/02)。ユカタン半島やチアパス州、タバスコ州などでは基幹となる交通機関はバスや自動車で実際物流上の大きな前進というものは今まで見られなかった。EZLNは、AMLOの現政府と立ち向かうことを声明したのだが、以前、マルコスと名乗っていたガレアノ副司令官は、エチェベリア元大統領が設立した「第三世界研究所」のメンバーから出発しており、メキシコ革命の主体であったPRI内部の論理で国民統合を夢見ており、AMLOが当初はPRIから政治生活を始めたにせよ、全く別の政治組織を形成したことに対する理解を持っていない。 
 
6. 結び: 
 要するに、二〇一八年十二月一日に始まったAMLOなるロペス・オブラドール政権は、現時点で三五日を経過したに過ぎないが、ほぼ大きなテーマを出し尽くしたと言える。反PRI/PANネオリベラリズムを掲げた市民運動は、前ペニャ・ニエト政権下での汚職の泥沼によって圧倒的な市民勢力の支持を得て政権を得たわけだが、現在はその市民運動の余力の範囲にあるといえよう。今後、いかなる思想あるいはイデオロギーが政権にまとまったイメージを与え、AMLOのリーダーシップを支えるのかはまだ明確ではない。しかし、彼を支援する多くの知識層は、現在、この政権の動きを逐一観察しているにすぎない。大きなメディアは依然ネオリベラルな論調で政権を冷眼視している風情であるが、その中には「ポピュリズム」「権威主義政治」などの言葉が躍る。むしろ、そのような政治を行なってきたのはPRIやPANであったのである。AMLOは歴史に残る偉大な政治家でありたいと、露骨に抱負を語っている。他方、彼が二〇〇〇年のPRDからの大統領候補クワウテモック・カルデナスと信頼関係を持っていた時代に参加したと自他ともに認めるフリー・メイソンとの関係(ラサロ・カルデナス大統領はフリーメーソンの会員だった)は現在明らかではない。 
一月初旬からの、新政府による石油不正供給組織摘発は、いままでの汚職慣れした市民生活を新たな次元に覚醒させる新政府の運動であった。それは同時に汚職に染まっていた旧体制側の再組織と新体制に対する攻撃を準備しているのだが、その動きは今後の報告に譲る。 
 
 当面、未定型にして未知数の新政権を以上のように手早く語ることはできる。しかし、昨年の七月初旬のAMLOとMORENAの勝利は、現代世界におけるメキシコの、人民の、市民の、初めてのネオリベラリズムに対する勝利であったことに変わりはない。メキシコは今、ネオリベラリズムの残骸の上をゆっくりと、希望に満ちて歩いている。 
 
筆者はメキシコ在住。研究者。 
(編集部:この記事は「ちきゅう座」に掲載したものに新しい動きを書き加え、考察したものです) 


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