2019年03月21日15時14分掲載  無料記事
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農と食

家族農業論栄えて、百姓が消えていく  大野和興

 埼玉県秩父市と隣の秩父郡横瀬町の境界線上にある小さい山の上に住んでいます。自宅から歩いて数分のところに小さなリンゴ園があります。ていねいに土を作り、消毒を極力抑え、おいしいリンゴを作り続けてきた園主は80歳代半ばになるのですが、朝通りかかり雑談していたら、突然リンゴは今年限りをやめるといいます。体が弱り、やれなくなったというのです。 
 
 園主はこのリンゴ園で子供を三人育て、専業百姓として生きてきました。数年前妻を亡くし、めっきり弱りましたが、それでもがんばっておいしいリンゴを作り続けていました。毎年楽しみにしている人も多い。今年最後になるかもしれないリンゴが赤い実をつけていました。 
 それから半年、雪をかぶったリンゴ園はすっかり荒れてしまいました。人の手が入らなくなったら、田畑も果樹園もあれよあれよという間にこうなってしまうのだなぁ、とリンゴ園の前を通るたびにさみしくなります。 
 
 集落の畑を借り、もう十数年、秩父雑穀自由学校(西沢江美子代表)を何年もやってきています。キビやアワ、ヒエ、地の大豆、そばなどと並んで鴻巣25号という小麦を作っています。戦前、埼玉県鴻巣市にあった農水省鴻巣農業試験場が海軍の軍艦のパン用ということで要請され育成したパン用小麦で、幻の小麦といわれていたものです。横瀬町の百姓八木原章夫さんが種を探し出し、復活しました。その種を分けてもらい、雑穀学校でもここ5年、作り続けています。 
 
 その八木原さんがこの春、「もう麦づくりがしんどくなったのでやめる」と言い出しました。八木原さんがやめると、貴重なコムギが途絶えてしまいます。どう受け継ぐか頭をひねっているところです。今年はなんとか、ぼくらの雑穀学校と、農作業を手伝っている地域の特別支援学校農業班の畑に播きました。一部野ウサギに食われたりもしましたが、順調に育っています。 
 
 八木原さんは根っからの百姓で、詩を書く一方で罠をしかけてシカやイノシシ、熊まで獲り、時々血の滴ようなシカ肉をわが家にもってきてくれます。話はめっぽうおもしろく、百姓仕事から種、山のけもの、詩や小説、地元の歴史まで何でもこいの人です。話始めると、半日は覚悟しなければなりません。 
 秩父から上州にかけての山間地で作られていた「借金なし」というおいしくてよく取れる地大豆をよみがえらせた人でもあります。地域の種は八木原さんのような百姓によって守られて来た。その百姓が消えようとしているのです。 
 
 「家族農業の10年」というのが国連の提唱で始まったらしいですね。「よかった」「よかった」という合唱が聞こえてきます。言っているのは、主に町の人です。まあ、悪いことではないことは確かなのでしょうが、この列島に住むものにとって、具体的に何がよかったのか、と考えると、よくわからないところがあります。 
 
 「家族農業」とは具体的にどういうものかがまずわからない。文字通りに解釈すると、家族で力を合わせてやる農業、ということなのでしょうが、「家族農業」というときの「家族」とはどういうものかもよくわからない。グローバル化のもとでむらの共同性は崩され、人と人との分断は極限に達し、人さえいなくなったむらが続出しています。家族は最後の共同体をいわれていますが、いまや殺人は家族・親族間が一番多いのではないか。「家族」が「共同体」であるとすれば、それは「憎しみの共同体」になっているのです。農家だけはそうではない、なんて考えられません。だったら後継者問題など起こるはずもありません。 
 
 日本国家はこれからの農業は人工頭脳を駆使したスマート農業だということで、農業技術予算をほとんどそこにつぎ込んでいます。田畑では自動運転のトラクターやコンバイン、田植え機、それにドローンのモーター音だけが響き、たまに人がいると、遠い国から来てもらった外国人労働者だったということに数年のうちに確実にしたい意向です。 
 それなりに根強いと思われている有機農業も、これまでのように只働きしてくれる研修生がいなくなって、滅亡の道をたどっています。残るには会社経営のビジネスとしての有機農業だけでしょう。 
 
 こんな中でどうやって家族農業を作るのか、誰か教えてください。このままでは「国連文書」を神棚に挙げ、柏手を打って朝晩拝むだけになりそうです。この列島で家族農業を確かで長続きするものにするためには、その技術的基礎、経営的基礎、市場的基礎、政策的基礎を明らかにして、それを作り上げる主体と仕組みと道筋を提起する作業が欠かせません。「技術的基礎は」と問われ、「それはアグロエコロジーです」とカタカナでいわれても、わかるのは一握りの外国通知的エリートだけだと思います。ぼくもわからない。 


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