2019年03月27日14時22分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201903271422193

コラム

The Japan Times に竹中平蔵氏が日本の経済成長に高齢者の労働の拡大が欠かせないと寄稿

  The Japan Timesと言えば最近、社主が変わり、編集方針が大きく変わったと報じられたばかりだが、その後、どうなっているのだろうかと新聞を手にしたら、今日、竹中平蔵氏が高齢者の労働の拡大を推進することが大切だ、という論考を寄稿していた。そこでは72歳のcaregiverが東京の養護老人ホームで働いている写真が付されていた。”Elderly workers: Expectations and challenges"がタイトルである。筆者は新自由主義には反対だが、だからといって竹中氏の言論の自由を奪えばいいとは思わない。ただ、The Japan Timesに竹中氏が寄稿したのだとすれば、その論旨を知りたく思ったのだ。 
 
  冒頭で竹中氏は安倍首相が今年1月のダボスの世界経済フォーラムで、過去6年で450万人労働者人口が減少したが、女性と高齢者の労働人口がそれぞれ200万人増加したと語ったことから書き起こしている。ただ、今回の中心テーマは高齢者である。そして竹中氏は日本の高齢者が基本的により長く働きたがっていることを前提に書いている。「内閣府が人々にどのくらいまで働きたいか調査したところ、42%ができるだけ長く働きたいと答えた」。 
 
  竹中氏は日本で続いてきた年功序列制度と終身雇用制度が、高齢者の雇用拡大という今起きている課題と齟齬を起こしていることを指摘し、それらの改革が必要だという。つまり、退職前後で収入が激減することが問題だと言う。だから、もっと生産性に応じた給与体系を企業の基盤にすべし、というのである。さらに、高齢になる前に生産性を高めるための職業訓練を受けるべきであるという。 
 
  筆者はこれを読みながら、次の疑問を抱かざるを得なかった。 
 
 ・できるだけ長く働きたい、という希望は年金が足りないからではないか。社会福祉的な視点が欠落しているのではないか。もちろん仕事に充実感があり、長く働きたい人もいるだろうが年金が足りなくてやむを得ず働かないと生きられない人もいるのではないか、ということである。 
 
 ・生産性の高さ、というのは具体的に何なのか?たとえば写真に出てくる養護老人ホームでの高齢の労働者にとって「生産性の高さ」は具体的に何を指すのか?コンビニの労働者は様々な機能を果たし、ほぼ休みなく働き続けるが、賃金は最低賃金レベルである。生産性が高くとも企業が賃上げするとは限らない。とくに労働組合の基盤の乏しい非正規雇用ではそうである。生産性が高くても賃上げが起きない理由を検討しなくては高齢者の生産性向上などは絵に描いた餅に過ぎない。そもそも生産性の向上というのはある意味で労働が苛酷になっている現象とも言える。それが高齢者の労働とどうつながるのか。 
 
  結局のところ、仕事が面白く肉体的に過酷でなければ人は長期間働き続けたいと思うかもしれない。しかし、低賃金で苛酷な労働であれば1日も早くやめて年金で暮らしたい、というのが本音ではなかろうか。高齢者が肉体を鞭うつように働かざるを得ない国で人は幸福になれないだろう。竹中氏の寄稿には働く人の実情とか思いが欠け経営者的な抽象的な数字があるのみのように感じられる。 
 
  この論は基本的にはかつての新自由主義的な言説と変わらないのではないか。アサール・リンドベック(Assar Lindbeck)とデニス・J・スノワー( Dennis J. Snower)による「雇用と失業をめぐるインサイダーとアウトサイダーの理論」(The Insider -Outsider Theory of Employment and Unemployment)の焼き直しではないか、と思われるのだ。労働市場をもっと規制緩和して正規雇用者の「特権」を解体すれば女性や若者、移民など非正規雇用者の正規雇用化につながるという説である。1980年代のレーガン政権時代に広まった新自由主義の言説の見本ともいえるものだ。一見素晴らしい理論のように見えるがリーマンショック以後のアメリカのリストラでまっさきに解雇されたのは黒人などのマイノリティだったことは記憶に新しい。 
 
  今回、そこに労働市場のマイノリティの要素として新たに「高齢者」が加わった。高齢者の正規雇用化あるいは報酬向上のために正規雇用者の報酬を減らせ、あるいは生産性に応じた賃金体系にせよ、と言うのである。女性、若者、移民、高齢者と言った労働市場におけるマイノリティの権利確保のために、正規雇用者の労働システムを解体せよ、というのだ。しかし、結局、正規雇用の労働システムが解体されれば、正規雇用者になっても非正規雇用者のように解雇も簡単にされることになるかもしれない。経営者にとっての天国とは市場の拡張と縮小に応じて人件費を抑えてフレキシブルに労働者を増減させ得ることにある。これはまさにフランスでマクロン大統領が進めている新自由主義改革であり、「黄色いベスト」が抵抗を続けていることである。 
 
  The Japan Timesが変わったというのは本当のことかもしれないな、と筆者は思わざるを得なかった。竹中氏は第二次安倍政権の知恵袋だった経済学者であり、ここで述べていることはまさに安倍政権の経済政策のアピールであると思われるからである。隠された意図を私なりに翻訳すれば、言葉は悪いが「財源がないから死ぬまで働いてもらう」ということではなかろうか。そして高齢者を突破口に、労働法のさらなる規制緩和を目指す、ということである。そもそも養護老人ホームの労働者の賃金体系は高齢者を雇用するために下げなくてはならないほどの高賃金なのだろうか。いや、この記事の写真に編集者がどのような意味を込めたのかわからないのだが。 
 
 
 
※”Efficiency Wages, Insiders and Outsiders” by John E. Floyd(トロント大学経済学部のジョン・フロイド教授のマクロ経済学のウェブサイト。賃金が硬直する理由を説明する2つの経済モデルの解説。その1つがインサイダーとアウトサイダーの理論である) 
https://www.economics.utoronto.ca/jfloyd/modules/ewio.html 
  失業者が多い原因をインサイダー(正規雇用)とその労働組合による特権と高賃金にあると指摘するのが、アサール・リンドベックらのインサイダーとアウトサイダーの理論である。このサイトでは労働市場の需給グラフを用いて説明している。労働組合が経営者に圧力をかける結果、労働市場の均衡点よりも高い賃金になるため、本来雇用できた一定数の人々が失業状態に置かれると説く。 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。