2019年04月08日21時55分掲載  無料記事
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コラム

黄色いベストの背中のメッセージ集が出版されました "Plein le dos "( いっぱいの背中)

  最近、パリに住んでいるフランス人の知人から届いたのが"Plein le dos "( いっぱいの背中)というタイトルの黄色い冊子です。gilets jaunes(黄色いベスト)という話題の反マクロン政治運動の参加者たちがめいめい思いを記したベストの背中のメッセージを集めたものなのです。日刊ベリタでも背中のメッセージについては何度か紹介しました。パリのルイーズ・ムーランさんによる写真などででです。実はこの"Plein le dos "( いっぱいの背中)もムーランさんが発案者です。運動の記録となりますし、どんな思いの人が参加していたかを知る手掛かりになりえます。ちなみに副題には、「民衆の1つの記憶のために。軽蔑に抗う街路」とあります。 
 
 いろんなメッセージがあります。少し挙げてみます。 
 
 
 ・ Ils ont la police, on a la peau dure. 
 
(彼らには警察がある。私たちは堅い皮膚がある) 
 
 ・ LOVE PLANET 
 
  (地球 ラブ) 
 
 ・J'ai 14 ans, Macron,tu pourris mon avenir 
 
(僕は14歳だ。 マクロン、あんたは僕の未来を腐らせる) 
 
 ・J' veux du soleil! 
 
(太陽が欲しい!) 
 
 様々な文言をデモの参加者は1つ選んで、自分の黄色いベストの背中に描きこみます。 
 
  "Plein le dos "( いっぱいの背中)を見ていると、僕が思い出す一人の作家がいます。「砂の女」や「箱男」などを書いた安部公房です。安部公房は人間のアイデンティティの問題を生涯描き続けた作家です。その原点は満州で過ごした少年時代と青年時代にあり、彼はそこで大日本帝国の崩壊を経験しました。その時、彼は国家というものが崩壊し、国境線が崩れた瞬間に立ち会ったのです。国と言うものは何より手堅いものに思えるけれど、それは貨幣が幻想であるのと同じくらい幻想であって、国家が崩壊するときと言うものはある。そうなるとパスポートも用を足さなくなる。会社だって倒産すると名刺も紙屑である。では、人間に最後に残されるアイデンティティとは何なのか?そのことを書き続けた安部公房が晩年にたどりついたのが「声」というものでした。1つの声が聞こえてきて、その声を信じるかどうか。それに尽きる、と。 
 
  人が所属する企業とか、国籍のある国家とか、そういう外在するものではなく、一人一人が持つ固有の声こそ、人間に最後に残された自由の証であり、その人の存在の証である、と。以前、哲学者のパトリス・マニグリエ氏が革命論で触れていたように、「黄色いベスト」には様々な所属単位を持つ人々が関わっているけれど、そうした1つ1つが互いにわからないくらい溶け合った時、大きな変化が起きるのではないか、と。それをマニグリエ氏はヘゲモニーと言う概念を使って語っていました。今送られてきた"Plein le dos "( いっぱいの背中)という冊子を眺めていると、そんなことが頭に浮かんできました。この冊子の副題にある「軽蔑に抗う」ということも、同じことを意味しているものと思います。人間を様々な階層や所属企業や立場に分断するものに抗う、ということだと思います。 
 
 
村上良太 


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