2019年04月12日21時37分掲載  無料記事
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コラム

再びフランス革命を考える時    村上良太

  昨年「立ち上がる夜 <フランス左翼>探検記」という本を社会評論社から出版しました。これはフランスで2016年3月31日に始まった市民運動「立ち上がる夜」(Nuit Debout)の参加者たちをルポしたものです。彼らの運動はいったんは終息しましたが、やがて形を変えて「黄色いベスト」に受け継がれていきました。この運動をパリや地方都市で取材していた時、何度となく、フランス人たちから「フランス革命」に関する考えを聞かされることになりました。 
 
  実は僕はこの本を書くための取材をするまで「フランス革命」についてはほとんど無知でした。しかし、パリ郊外で出会った一人は代々200年近く続く左翼一家の末裔だという人とか、いろんな形で歴史が生きていることを実感させられたのです。TVにおいても、今の政治家たちをフランス革命の時の登場人物になぞらえるとか、それは左右の党派を超えてフランス革命抜きにフランスの政治を考えることは不可能と言っていいのです。拙著の中でもいろんな男女が「革命」について語っています。それはフランス人の生き方とか思考に深く根差しているもので、あの新自由主義のマクロン氏ですら選挙用に書き上げた本のタイトルが「革命」だったのです。何か事あるごとに起立して合唱するラ・マルセイエーズ自身も血なまぐさい革命歌です。これはどちらかと言えば今日は右派の方が革命歌を歌うのではないでしょうか。 
 
  ですから、「立ち上がる夜」でも「黄色いベスト」でも必ず、「革命」というものが意識に存在するとみて間違いないと思います。ただ、その革命は1789年の王政を倒した時のような血なまぐさいフランス革命である必要はない、ということです。 
 
  振り返ると、ソ連崩壊を契機に、収容所に知識人を投獄するような「ロシア革命」は間違っていたという歴史観が左翼の間でも常識になっていったことで、フランスではとくにソ連共産党と近しかった共産党の影響力が皆無に近いくらいに衰えていきました。そしてロシア革命の手本は1789年のフランス革命だ、という発想から、フランス革命も悲惨な革命だった、とか、フランス革命は幻想だ、と言った革命を冷ややかに見る見方が左翼の間にも蔓延していきました。とくにサルトルがレヴィ・ストロースに論破される形で影響力を失っていったことと、フランス革命を輝かしい歴史と見る史観が衰えていったことは連動していると聞いたことがあります。しかし、「立ち上がる夜」という運動においては、フランス革命をもう一度見直そう、あれはたしかに暴力の問題もあったが、しかし、人々がその時代の状況の中で誠実に生きた歴史であり、幻想などではない、という史観を主張する歴史学者も出てきました。 
 
  柴田三千雄著「フランス革命」(岩波書店)はフランス革命を知るには非常に参考になる傑作だと筆者は思います。この本が面白いのはフランスの著名な歴史家ジョルジュ・ルフェーブルに柴田氏が影響を受けていることです。柴田氏はルフェーブルの革命の史観を紹介していますが、簡単に述べますと、フランス革命は4つの革命がリズムもキープレイヤーも別々に自発的に同時進行したものであるというものです。その4つとは.▲螢好肇ラシー、▲屮襯献腑錺検次↓E垰圓量噂亜↓で戚韻箸いΔ海箸砲覆蠅泙后 
 
  アリストクラシーは単純に「貴族」に限らないと柴田氏は指摘していますが、ざっくり言えば平民とは異なる支配階級でここでは貴族としましょう。貴族、ブルジョワジー、都市の民衆、農民、この4つの階層がそれぞれ、独自の反王政のデモや運動をはじめ、それらがいろんな形で影響しあいながら、運動が大きくなっていった、というわけです。このことを見ると、「立ち上がる夜」が都市の民衆によるムーブメントだとすると、「黄色いベスト」はもう少し各地の広範な市民を巻き込んだ運動であり、「立ち上がる夜」と「黄色いベスト」には2年間の時差があるのですが、フランス革命においてもすぐに革命が始まって終結したわけではなく、いろんな形で互いに影響しあいながら時代が動いていくことになったのです。で、フランス革命においては最も最終的に革命の利益を得ることになったのがブルジョワジーだったために、ブルジョワ革命という面が強調されますが、実際には農民も都市の貧しい大衆も参加していた、ということです。柴田氏はルフェーブルの歴史観について、次のように書いています。 
 
  「このルフェーブルの考え方には、私もたいへん影響をうけておりますが、とくに私にとって重要だと思われる点は、第一に、これはマティエと違って、さらにマティエまでに至るながいフランス革命の研究史と違って、歴史を『下から』つかまえるという見方です。『下から』の歴史ということがこのごろよくいわれますが、これはルフェーブルからきたことです。さっきのマティエを見ればわかるのですが、従来の政治史はとにかく政党からみる、政治集団からみるわけです。あそこであげられているモナルシャン、フゥイヤン派、ジロンド派、山岳派、あるいはバブーフのグループにしても、全部政治グループです。バブーフを除いてはすべて議会の政治グループです。ルフェーブルは、そこから歴史を捉えない。もっと『下から』みる。だから使う資料も違ってくる。国民議会やジャコバン・クラブの議事録などはもちろん無視しないけれど、そのような議事録だけで歴史を書くことはしない。なるべく歴史の末端まで、村なら村の、都市なら都市のできるだけ底辺まで降りていく。そこから上の方をもう一度見直していくという歴史の捉え方です」 
 
  今日、選挙と言えば政治家の名前とか政党の綱領みたいなものしか存在しないかのようですが、ルフェーブルのような視点に立てば民衆が望んでいるものをもっと大切にしてもいいのではないか、と思います。どういう生活がしたいか、どういう町で暮らしたいか、そういった民衆の思いが歴史を変えていくのだとしたら、その声がどう政治に反映されていくのか。政治参加と言うけれど、その声が本当に政党の政策に反映されるのか。反映されるためにはどうしたらいいのか。「立ち上がる夜」というパリで起きた市民運動はまさに、政治家によって代弁されていない自分たちの望む社会はどういうものかを共和国広場に人々が集まって語り合う運動でした。ですから「立ち上がる夜」の中にはフランスの歴史が、革命の歴史が生きていることを感じたのです。 


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