2019年04月16日16時21分掲載  無料記事
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人権/反差別/司法

レイプを容認する裁判官の論理  根本行雄

 福岡地裁久留米支部で、2019年3月12日に言い渡された準強姦事件で、「女性が抵抗不能の状況にあったとは認められるが、男性がそのことを認識していたとは認めることができない」として無罪の結論を導き出した。名古屋地裁岡崎支部で、3月26日、2017年に愛知県内で抵抗できない状態の実の娘(当時19歳)と性交したとして準強制性交等罪に問われた男性被告に、「被害者が抵抗不能な状態だったと認定することはできない」として無罪判決を言い渡していた。これら2人の裁判官の論理では、「強姦」という暴力行為を容認している。それは正しいと言えるだろうか。同意のない性行為は、すべて性暴力である。 
 
 福岡地裁久留米支部と名古屋地裁岡崎支部の判決を、毎日新聞の記事を使って紹介したい。 
 
 □ 福岡地裁久留米支部 
 
 毎日新聞(2019年3月27日)の記事は次の通りである。 
 
 判決によると、2017年2月夜、福岡市の飲食店でスノーボードサークルの飲み会が開かれ、20代の女性は初めて参加した。「罰ゲーム」でテキーラを数回一気飲みさせられたり、カクテルを数杯飲んだりして、眠り込んだまま嘔吐(おうと)した。 
 
 40代の男性はソファに運ばれて眠り込んでいた初対面の女性と性交したが、女性はその後、別の人物から体を触られた際に「やめて」といって手を振り払い泣き出し、友人と店を出た。女性は翌日夜にサークルのLINEグループを退会した。 
 
 男性は準強姦罪(刑法改正で現在は「準強制性交等罪」に名称変更)で起訴。準強姦罪を定める刑法178条は「人の心神喪失もしくは抗拒不能(抵抗できない状態)に乗じ、または心神を喪失させ、もしくは抗拒不能にさせて、性交等をした者」とし、故意犯(自らの行為の犯罪性を自覚した上で行う犯罪)とされることから、裁判の争点は(1)女性が抵抗できない状態にあったか(2)女性が抵抗できない状態にあったことを男性が認識していたか−−の2点だった。 
 
 西崎健児裁判長は、争点(1)について「嘔吐しながらも眠り込む深い酩酊(めいてい)状態にあり、女性は抵抗できない状態にあった」として弁護側の主張を退けた。 
 
 一方、争点(2)については「女性は目を開けたり、何度か声を発したりすることができ、別の人物から体を触られた際に『やめて』と手を振り払ったことから酩酊から覚めつつあったといえ、外部から見て意識があるかのような状態だった」と指摘。 
 
 その上で「サークルのイベントではわいせつな行為が度々行われていたことが認められ、男性は安易に性的な行動に及ぶことができると考えていた」「女性から明確な拒絶の意思は示されていなかった」ことから、「女性が許容していると誤信してしまうような状況にあった」とし、男性の「抵抗できない状態とは認識していなかった」という主張を否定できないと判断した。 
 
 検察側は26日、「判決の認定に承服しがたい」として控訴した。 
 
 □ 名古屋地裁岡崎支部 
 
 毎日新聞(2019年4月4日)の記事は次の通りである。 
 
 公判で検察側は「中学2年のころから性的虐待を受け続け、専門学校の学費を負担させた負い目から心理的に抵抗できない状態にあった」と主張。弁護側は「同意があり、抵抗可能だった」と反論した。 
 
 鵜飼祐充裁判長は判決理由で性的虐待があったとした上で「性交は意に反するもので、抵抗する意志や意欲を奪われた状態だった」と認定した。 
 
 一方で被害者の置かれた状況や2人の関係から抵抗不能な状態だったかどうか検討。「以前に性交を拒んだ際受けた暴力は恐怖心を抱くようなものではなく、暴力を恐れ、拒めなかったとは認められない」と指摘した。 
 
 また抵抗を続け拒んだり、弟らの協力で回避したりした経験もあったとし「従わざるを得ないような強い支配、従属関係にあったとまでは言い難い」と判断した。 
 
 被告は17年8月に勤務先の会社で、9月にはホテルで抵抗できない状態に乗じ、娘と性交したとして起訴された。 
 
 □ 2つの判決の発想法 
 
 この2つの判決の発想法は「故意」があるかないかである。しかし、このような発想法は法的な正義にかなっているだろうか。 
 
 性暴力を裁くにあたって、「故意」があるかないかという発想法がそもそもまちがっているのだ。「同意のない性行為は暴力である」という前提で考えるべきなのだ。「強姦」という暴力行為は、セクハラやパワハラよりも、もっと悪辣な犯罪行為ではないだろうか。この2つの判決をみる限り、この裁判官の発想法では、男性が『レイプだ』と思っていない限り、罪にならないという結論に至ってしまうことになってしまうだろう。この2人の裁判官の論理は「強姦」という暴力行為を容認している。それは正しいと言えるだろうか。同意のない性行為は、すべて性暴力である。 
 
 このような裁判官の論理がまかり通る限り、性暴力が亡くなることはないだろう。今こそ、人民の正義を、陪審制を実現すべき時である。 


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