2019年04月21日18時43分掲載  無料記事
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国際

メキシコ、新政権の改革は進むか 『ラ・ホルナダ』社説から

 以下にメキシコの新聞「ラ・ホルナダ」の本年3月12日の社説を翻訳する。この時点で昨年12月1日からの新政権はほとんどすべての石油スタンド経営者を巻き込む石油横流しマフィアとの戦いの一段落を国民の圧倒的な支持の下で終えている(この政策実行期、政権支持率は一時80%を超えた)。また、この社説の後、3月14日にはメキシコ大統領制の一画期となる大統領、知事、首長、諸議員に対するリコール制が下院で採択され、続いて政職者の職務特権の撤廃も制度化され、現在まで何人かの刑事犯政治家が逮捕されている。( Noe Yamahata)) 
 
 今後の展開に期待されるが、メキシコ人の大半は、政治家たち自身も含めて、現在も、今までのメキシコの支配政党だったPRIの作った政治のイメージ のなかにおり、不信と後戻りの懸念は絶えない。また治安対策はここでは深く触れられていないが、大統領の国内治安部隊への軍の使用策をめぐって、彼の選挙参謀であったタティアナ・クロティエルは強く反対を表明していた。日本の左翼を含めた組織との違いを見るべきだろう。そういう意味で、このラ・ホルナダの社説は、100日目の大統領の報告を踏まえて適切な展望を示している。 
 これは「資料」そのものとして、ここに記録の意味を持って発表しておきたい。原文はインターネットで参照できる。解説に類する文面は極力抑えたが、翻訳についてのご意見は謙虚に承りたい。 
 
社説:Editorial , LA JORNADA, , 2019/03/12. 
 
 アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(AMLO)を首班とする政府は、3月11日に最初の100日目を迎えた。この初期の段階で収支評価を下すことは、どんな6年大統領制任期(Sexenio)の場合でも時期尚早にして危険なことだ。しかも、今回の場合、この企ては二重に困難なものだ。なぜならメキシコ現代史において次の点で前例のないことだからだ。まず、メキシコ人民の記憶するところ、他のいかなる大統領も、斯くも疑いを挟む余地なき民主主義的正統性をもって職務についたことはない。そして、最近の40年間近く、斯くも強固な議会からの後ろ押しを利用できる他の大統領もいなかった。メキシコ革命以後のすべての時代を通して、他のいかなる大統領も、斯くも広範な政治的、経済的、社会変革のプログラムを、現国家首班(現大統領)のように、提出したものはいなかった。 
 
 続いて、昨年12月1日に開始された政府活動から指摘されるべきもっとも顕著な諸点は、まず、根深い政治的伝統の組織整理、不動のものと思われてきた諸機構の取り壊しである。例えば、大統領付軍参謀本部、国家公安諜報センター(CISEN)、大統領府にまつわる権威的象徴の廃却、すなわち大統領官邸であったロス・ピノス邸の使用、すべての大統領専用飛行機、大統領肖像写真の掲示などが廃止された。 
 
 さらに、この3ヶ月少しの間、非常に目覚しい変革が行われた。例えば、福祉政策に向けた公的支出先の見直し、公機関における汚職に対する正面からの戦いの開始、節約政策の効率的な活動の実施、過去36年間を支配した公的セクター不要政策の終焉、および、国営燃料会社救済開始、教育の民営化政策やテクノクラット化政策からの復帰、治安および移民のパラダイム変換、同時にメキシコ外交の伝統的原則への回帰などが、最近の大掛かりな騒動(石油横流しマフィアとの戦い・訳者によるレポート予定)の下でも進んでいた。 
 
 かように多大な実績を上げてはいるが、それらはまだ「(メキシコにおける)第4の変革」と呼ばれているものの具体的目的ではないし、その変革は、もっと多くの時間を要することは明らかだ。例えば、農地の現実的再活性化、公的健康システムの再構築、参加型民主主義の定着化、エネルギーや食糧生産主権の回復、および国民生活の安全化などがあり、ロペス・オブラドール任期6年プログラムは開始されたばかりなのだ。 
 
 さしあたり、この6年大統領制開始の時期は、避けがたい明暗によって性格づけられる。今回も、その多様な諸目標を実施するに当たり、うまくいった事項も、エラー事項も増え続けた。そして、しばしば、多大な社会的支持を受けている政策の実施場面で起きていることが、失敗として言葉に上げられ、場合によっては政府批判への材料を提供してきた。これらは、現政府の過失によるものではなかったので、(旧支配政党を含む)野党側は、現在メキシコ国家の長で、3回も大統領候補であった人物に対してでっち上げてきた以前からの同じ誹謗を繰り返し画策し続けるだろう。 
 
 この政権の最も周知されている危惧される兆候としては、この大統領府の(選挙勝利による)権威的なきらめきというか権威主義からもたらされているのだが、自己の路線から外れるすべての選択肢を自動的に棄却する傾向と、どんな市民にも受け入れられるような実のある批判は退け、国家の最高権威(大統領)から来るコメントは受け入れるという傾向が際立っている。貧困、マージナル化、失業状態をなくし、福祉国家を建設するという最高目標を支える適正かつ道義的であるべき経済運営は、遺憾ながら、世界経済、国民経済に現実的な重きを有する国際財政機関や財政審査企業のようなアクターの存在を無視するか、過小評価しているように見える。公共政策を実施する権限を連邦政府に回復させるという合法的意図による、ネオリベラル・モデルを受け継いでいる諸委員会、諸機構、自治的諸組織との無益な対立を起こしている。ネオリベラル・モデルの教育、健康、治安などの権利への国家の憲法上の責任負担終了という政策は、慨嘆すべき誤りを生じさせてきた。特にそれは育児施設や暴力被害女性の避難システムなどの場合顕著に見られる。 
 
 他方、いろいろな現政権チームの成員たちが、互いに声明上の嘆かわしい矛盾衝突を繰り返してきた。これはコミュニケーション局面での、新政府の運営上の問題を印象付ける現象である。このような周囲の状況にあって、大きなパラドクスなのは、大統領自身が毎朝、報道諸機関を前に姿を現わし、社会で展開されている国内施策について透明性と徹底性を突き詰める毎日の努力を実現していることである。それにしても、その努力は必ずしも、政府の活動やモチーフの説明における清廉さや確信へと充分に換言できるものとはなっていない。 
 
 ロペス・オブラドール大統領は、政府活動を3ヶ月ごとに報告すると提起している。つまり、次の6月に、6年大統領制の12分の1を経過した時点で、新たな収支評価を行なう機会を持つだろう。つまり、その時点までに、政権のパノラマがよりはっきりとし、政府運営の困難が減少しているように待つことにしたい。 
 
 
≪解説≫ 
 
 以上が、論説の訳である。最後にCabe esperarという言葉が使われているのだが、そこに現在のメキシコの熟成した用心と期待を前向きに感じ取ることができる。訳者は胃潰瘍を患い、現在は果物の多いベラクルス州の友人宅に滞在している。行楽半分を利用してこの訳を行ない、生硬にして、かなりの不備を残していることをお詫びしたい。 
 
 始めに述べた国内治安部隊については軍の使用は行なうにせよ、最終段階で文官責任者か軍から責任者を取るかについても時間が割かれたが結局、国内の他の治安組織、特に警察組織の信用回復期間を含めて議論され、軍から責任者が選任されている(Revista Proceso, No.2215, 14 de abril de 2019)。国内治安の回復は、当初、選挙期間中AMLOは各麻薬組織などとの交渉を行なうとしていたが、この20数年間、国内暴力は既存組織にとどまらず経済的格差拡大どころか富の一極集中とも言える社会背景とともに蔓延化してきた。特に2006年からのカルデロン大統領期は雑誌プロセソが「死の六年制大統領期」という別冊写真特集を行なったほど残虐な死が闊歩していた(Proceso Edición Especial , EL SEXENIO DE LA MUERTE )。その後、そのカルデロンがどういうわけかハーバード大学で教鞭をとっていた時期には、組織間抗争も山を越えた。MORENAは4月17日、カルデロンに彼の政権期の暴力の氾濫に対し国民に許しを請えと採択している。しかし、2012年以降ペニャ・ニエト政権下では地方軍部や地方警察の暴力事件も目立ってきた。国内治安部隊は、そのような組織暴力への対処としてAMLOの選挙勝利以降に構想された。一般的に強盗や女性に対する犯罪は後を絶たず、この点は警察への不信とともに存在している。この国内治安部隊に対する批判は、アルゼンチンやブラジル、チリのような軍政クーデターの可能性を開きかねないという危惧にも繋がっている。AMLOの政党MORENA国民再生運動が政権と議会の多数を取った時点から、保守派の抵抗が暗にこもってきた以上に、官僚などの生き残り転向や動向忖度なども相次いでいるので軍そのものは中立を保ったまま政権に協力する建前を崩してはいない。一般市民は、基本的には日本の市民ほどには暴力的ではないし、日本人ほどエスノセントリックでもなく、他者の状況に無関心でもない。報道関係者は死をも恐れず取材と執筆と発信に賭けている。この間、連邦次元で武器の自宅所有も保証された。そして、筆者は日本の事情を鑑みて、戦後市民が、憲法を破りながらも国防や治安を国家や自衛隊などの「他者」に委ねて、レジスタンスもできない状態に自分を押し込んでいる事態を改めて確認した。日本憲法は、自分たちの社会を国家に守ってもらいなさいとは言ってない。 
 
 AMLO, ロペス・オブラドール大統領は、もともと政権党PRIの党員だったが、1988年に当時の政権党に革命後初めて反旗を翻した国内勢力「国民民主戦線FDN」から地元タバスコ州の知事に立候補して以来、国政を賑わす存在になっている。2000年からメキシコ・シティの知事を勤め、大統領候補としてかなりの大衆の支持を得てきた。2006年に大統領候補となった際、元大統領サリナス・デ・ゴルタリは、「ロペス・オブラドールが大統領になることはメキシコにとって危機である」と表明した。それほど、PRI制度的革命党の汚職と腐敗と欺瞞は地に着いたものとなっていたし、揺らぎのないものと考えられていたわけである。サリナス家は革命期以来の政治階級である。 
 
 それまで、ロペス・オブラドール(AMLO)はタバスコの人間が皆そうであるように口が悪いので有名だった。それで多くの誤解を彼自身が被ってきた。例えばチアパスにある彼が購入した農場は名前を「La chingada ラ・チンガーダ」という。オクタビオ・パスの『孤独の迷宮』を読んだ方には判るだろうが、これは少し普通の神経では自分の農場には付け得ない名前である。こういったタバスコ州の庶民階級の気質が、中央政界では大きなインパクトであったと同時に、テレビの解説者にもなかなか好かれないAMLO現象として今日まで続いている。同時に九〇年代初頭から当時のサリナス大統領が作った銀行預金保護基金(FOBAPROA)の不正摘発などで突出していたので当時の政府与党PRIから『異常な危険人物扱い』をされた。メキシコ・シティの知事任期のさなか、二〇〇四年から道路建設工事に絡めて、公道ではない土地の工事を進めているとして、当時のフォックス政権から横槍が入り、政権側はAMLOの知事特権剥奪を策した。完全なフォックス政権の策謀で、工事当該職員の過失を知事の責任と言い立て、知事の職務特権をはずす理由にしようとした。この策謀は政権側の失敗に終わったが、AMLOは刑事犯に仕立て上げられる一歩手前でもあった。実際、知事任期中には、道路交通の整備などで実績を上げ続け、市民の信任はAMLOに対して高まっていた。反面、旧勢力は大統領選出馬を表明していたAMLOを何としてでも失脚させたかったのである。そして、二〇〇六年から大統領選に出て以降、AMLOの存在は、制度的革命党PRIと国民行動党PANの結託の起動力のように働いた。ベラクルス方面で遊説中にフォックス政権側の介入に対し、ベラクルス地方の地名に絡めて,¡Cállate Chachalaca! (カジャテ・チャチャラカ!「黙れ!おしゃべり鳥!」)と叫んだ。これは、うるさく言いまとう連中に対する抗弁の悪言として一般化してしまった。政治的に保守勢力系のテレビや雑誌、新聞は、AMLOの悪言を吐く場面や憎々しげな表情やしぐさなどを写真やビデオ編集して何回も上映したり、雑誌や新聞の見出しに使った。しかし、二〇一八年の選挙以前から、このような軽妙な(あるいは、軽はずみな)悪言は影を潜めた。慎重に間をおいて話す手法に変っている。 
 
 政党となったMORENA国民再生運動は2017年以降、特に地方でかなりのPRI階級をメキシコ史における『第4の変革』へと組織換えすることに成功し、保守派のPAN国民行動党の地盤の国内北部には、1988年に大統領候補だったマキオ・クロティエルの娘で、フォックス大統領のAMLOに対する策謀時にPANを脱党しAMLOの戦列に加わったタティアナ・クロティエルを参謀に押し立てて、北部のみならず全国を一人ひとりの手を握り、一人ひとりと抱き合って全面踏破したといって過言ではない。左翼には、確固たるリーダーシップと戦略が必要で、国民には普遍的良心(人民主権・憲法)の教育が必要なのだろう。 
 
(2019/04/17, Noé Yamahata) 


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